とんでもない奴に気に入られたようです。
引き続き生温かい目で見ていただけたら幸いです。
(一体、何がどうなってんのよ…)
黒光りする革張りの落ち着かない車に乗せられた私は、チラリと隣に座る男に目を向けた。
(銃を持っていて、危険な人ーーー)
そして、私を「恋人にする」宣言をした男。
綺麗な金髪を後ろへ撫でつけてオールバックにし、深い海のような意志の強い瞳と、美しい顔を、惜しげもなく晒している。
「何だ?」
私の視線に気が付いた男が、形の良い唇で言葉を紡ぐ。
(あぁ、本当に理想のイケメンだわ、この人)
そう、この男はとんでもないイケメンなのだ。それも私好みの。だけどーー
「…貴方、どうしてあの人を殺したの?」
そう、この男は人殺しなのだ。何の躊躇もなく、今もジャケットの裏に持っている銃で、人を撃ち殺したのだ。
私の言葉に、男は一瞬、不思議そうな顔をして、それからにんまりと唇の端をつりあげた。
「やらなければ、やられるだろう?」
「あの人、そんな事しなくても死にそうだったじゃない」
ふらつく足で大通りから逃げてきた男性の最期を思い出して、口に手を当てる。
車に乗せられる前に一瞬、大通りが見えた。明るく、陽気な音楽が流れていた大通りは、見るも無残な姿になっていた。
「仕方ない。彼は俺に殺される運命だったんだ」
ーーそしてお前は、俺と出会う運命だった。
そう言って私の髪を掬い取ると、毛先に唇を寄せた。その唇から逃れるように身を引いて、男を睨みつける。
「触んないで」
「ははっ、お前は気が強いな」
何が楽しいのか、男は声を出して笑うと、ぐっとこちらに身を乗り出してきた。
深く、青い瞳に囚われて、今度は後ろに身を引くことすらできない。
「覚えておけ、フタバ」
「な、何を?」
震えてしまった声を隠すように、私は顔を顰めて男を睨みつけた。それが余程面白かったらしく、男は綺麗な唇から歯を見せて笑い、くすぐるように私の頬へ触れた。
「お前に惚れた男は、ここイタリアを統べる、マフィアのボスだ」
(…いや、だったら何なんだっていうのよ)
「ふーん、あっそ」
と適当に返事をして男の手を叩くと、私は窓枠に頬杖をついた。
(マフィアね、マフィア。イタリアだもの。イタリアンマフィアぐらいいるっての。マフィアマフィ…………、え、マフィア?ちょちょちょちょ、ちょっと待って?)
「……………まふぃあ?」
まふぃあって、あのマフィア?
たらり、と頬に嫌な汗が流れた。
「……………マフィアの、ボス…?」
確かめるように口にしながら隣の男を見上げると、男はにんまりと唇をつりあげた。
「そう、マフィアのボスだ」
は、
「はあぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
ま、、、マフィアのボスゥ!?!?
「そんなに驚くか?」
私の大声に、車が一瞬左右に揺れた。運転手さん、申し訳ない。
「お、驚くわよ……、本当に?」
本当に?と言いながらも、私は変に納得していた。
(確かに、マフィアっぽいわ)
シミひとつない綺麗な白のスーツに、綺麗に磨かれた革靴。職なし金なし彼氏なしの私が見てもわかるレベルで、この男が身に付けているものはどれも一級品だ。
それに、この鋭い目ーーー。
深い海のようなその瞳は、逸らすことを許さないとでもいうように、私を捉えて離さない。
(いやいや、でもマフィアのボスだからって、ビビる事ないわよ!!)
目の前の男がマフィアのボスだろうと何だろうと、私はただの観光客なのだ。この男が何者だろうと、関係ない。第一、それを言われてビビって従うと思われたら癪だ。実際メチャクチャびびってるわけだけど!!
そう自分に言い聞かせて、私は男を正面から見据えた。
「私、貴方がマフィアのボスだからって、怯えたりするほど、可愛くないわよ!!」
今度は震えずに言えた!ちゃんと目も逸らさずに言えた!と、心の中でガッツポーズをしていると、
「本当にお前は面白い!」
男が声を出して、笑い出した。突然の爆笑に、ツボ浅いな!?と思っていると、ひとしきり笑った男が、急に真面目な顔をした。
その顔に、グッと身体が強張る。
「お前はまだ、何もわかっていない」
「…な、にが分かってないっていうわけ?」
ーーー言っている意味がわからない。
(アンタはマフィアのボスだから、言うこと聞けってことでしょ?)
そう考えて、負けじと睨み返すが、薄い笑みを浮かべるこの男にとって、私の精一杯の抵抗など何でもない、些細な事なのだろう。
(ーーー恐い)
このまま目を合わせていたら、きっと恐怖心が見透かされてしまう。
私は逃げるように、再び窓の外へと視線を投げた。
ーーー飲み込まれる。
そう錯覚してしまうほど、この男の目は、深い色味を帯びているのだ。
「フタバ、お前は何も分かっていない」
まるで、子どもにでも言い聞かせるように繰り返す男。そして、身を乗り出して私との距離を詰めると、男は私の耳元へと唇を寄せた。吐息が耳にかかって、びくりと身体を反応させると、男はそれすら楽しむような声音で言った。
「いいか、フタバ。お前はこの俺に、捕まったんだ」
ーーお前はもう、逃げられない。
「にげ、られない…?どうして……」
「そのうち嫌でもわかるさ」
そう囁くと、男はまた革張りの座席に深く腰掛けた。
その横顔には、まだ薄い笑みが残っていた。
イタリアの市街地を抜けて、薄暗い森の中を、既に30分は走り続けている。
マフィアのボス。
(人を簡単に殺してしまう、この男が、マフィアのボスーーーー)
車が停車するまで、私の頭の中にはそのことだけが、ぐるぐると渦巻いていた。