失業パワーでマフィアを倒す!?
初めての投稿で、至らない点も多いかと思いますが、生温かい目で見て頂ければ嬉しいです。
ーーー目の前の男は、今、何と言った?
広く薄暗い部屋中。いるのは私と、真っ赤な玉座に長い足を組んで座っている男。
金色の髪を後ろになでつけ、楽しそうに弧を描く青い瞳からは、まるで獣のような強さを感じる。キッチリ着こなされた白いスーツの胸元には、真っ赤な薔薇。それが、先ほど見た光景を、嫌でも思い出させる。
「お前にとっても、悪くない話だと思うが」
赤い革張りの玉座から立ち上がり、ゆっくりと高そうな革の靴を鳴らして近づいてくる男。
「なぁ、どうだ?」
目の前で恭しく片膝をつき、貴婦人に求婚するかのような仕草で私の手をとる。
「お前を俺の、マフィアのボスの恋人にしてやる」
そう言って、私の手の甲に口付けようとする男。
そして、唇が触れる瞬間ーー。
「……………じゃないわよ」
「あ?」
「うぬぼれてンじゃないわよ、クソ野郎」
私は男の手を振りほどいて、高々と中指を立てた。
***
「わぁ!きれーい!」
目の前に広がる青い海に目を奪われながら、私は潮風に吹かれて飛んでいきそうになる帽子を抑えて、船を降りた。
この日のために買った白のワンピースが大きくはためいた。
青く清々しい空をぐるりと見渡して、大きく深呼吸をする。
(……あー、最高)
賑やかな音楽に、美味しそうな匂い。
聞き慣れない言語にはしゃぐ気持ちで、胸がいっぱいになる。
(もう帰りたくないわー……)
そう思いながら、私はここへ来た理由を思い出した。
半年前、いきなり勤めていた会社が倒産した。
バイトをしながら就活をして、貯金を切り崩しながら生活していたが、身体的にも精神的にも、段々と苦しくなっていった。
そんな時だった。
ふと、旅行会社のパンフレットが目に入ったのは。
(地中海の旅……)
そのパンフレットを手に取ると、私はその場ですぐに予約をした。
ずっと前、まだ高校生だった頃に見た映画。人生に疲れた主人公が、逃げるように辿り着いたイタリアで、運命の人と出会い、恋に落ちていく映画。
(憧れてたんだよね、イタリア)
もう、夜遅くまでやらなければいけない仕事もない。口煩いお局様も、嫌味ったらしい上司もいない。
(………それならいっその事、この状況を楽しんでしまおう!!)
(ーーって、思って来たんじゃない!)
何、センチメンタルに浸ってるんだ、私のバカ!!
思いっきり頬を両手で叩いて、私は顔を上げた。
(もしかしたら、此処で良い出会いがあるかもしれないじゃない!だったら、暗い顔なんてするもんじゃない!笑顔でいなくちゃ!)
そう自分を叱咤して、私は美しいイタリアの青い海に背を向けて、一歩踏み出した。
「もう食べられない…!」
宿に着くなり、私はベッドの上に倒れこんだ。
(うん、一番高い部屋にした甲斐があったわ)
身体がふんわりとベッドに沈む感覚に満足しながら、私は此処に来るまでに口にした食べ物を思い出していた。
(どれも美味しかったなぁ…)
たくさんの肉や野菜が巻かれていて、かぶり付くとカリッとジューシーな味わいが溢れ出す料理を思い出して、自然と小腹が空いたような気持ちになる。
「やっぱり、来て正解だった!あとは、一緒にバカンスを楽しんでくれるパートナーがいたらなー!」
そう、職もなければ、恋人もいない。
それが今の私なのだ。
(……一週間、思いっきり楽しもう!)
あわよくば、人生を添い遂げる相手も見つけよう……!!
そう決めて、私は早々に三大欲求のひとつ、睡眠欲を充実させるために眠りについた。
***
次の日、街へ繰り出した私は、市場で屋台を見つけては食べてを繰り返して、胃がパンパンになっていた。
一息つこうと、市街地からほど近い所に存在する美術館のベンチに座りながら、私は辺りを見渡した。
賑わう大通りから少し外れた所にあるそこは、静かな雰囲気を出しながらも、多くの芸術家で溢れている。道の端に作品を並べて商売する者や、風景画を描く者まで、様々だ。
(あ、あの絵…)
ふと目に留まった絵画に近づくと、売り子をしていた男性が顔を上げた。真っ白な袖に色とりどりの絵の具を付けていて、それとは対照的な色素の薄い茶色の目が、ニッコリと綺麗に弧を描いた。
(……とんでもないイケメンだわ)
パッと見た感じでは、年下にも見えなくはないが、微笑むと大人の色気のようなものが漂う。ドギマギしながら頭を下げて挨拶すると、男性はキョトンとして「もしかして、日本人?」と言った。
こっちに来てから耳にしなかった母国語に驚きながらも、妙な安心感を覚えていると、男性は嬉しそうに立ち上がり、手を握ってきた。
(やっぱり、外国人はスキンシップ激しい!!!)
そんな事を考えながら赤面してしまう。
「あぁ、驚かせてごめんね!日本人が来るなんてこと、滅多にないから。みんな、有名な美術館に行ってしまうでしょ?」
と肩をすくめて、それこそ少年のようなあどけない表情で微笑んだ。
「僕の絵、気に入ったの?」
「あ、はい。色とりどりで、素敵だなって思って」
私がさっき目に留まった絵の前に屈むと、男性も一緒になって隣にしゃがんだ。
「へぇ、君はこの絵が気に入ったの?」
「というか、目に留まったんです」
カラフルな花が全体に描かれたその絵画。その他にも可愛らしい猫や、橋の風景画。どれを見ても色とりどりで、可愛らしい。
つい、夢中になって眺めていると、絵画が並んでいるその向こう側に、小さく輝くものを見つけた。
「あれは?」
「あぁ、ブローチだよ」
男性は立ち上がり、いくつかのブローチの中から一つ選ぶと、私の胸元にあてがった。
「うん、君にはこれが良いよ。あげる!」
「えぇ!?」
突然の言葉に驚いて顔を上げると、男性の手が頬に伸びてきた。いきなりのことに虚をつかれて固まると、夏場だというのにひどく冷たい掌が、頬に触れた。そして、男性は今まで見せてきたものとは全く違う、妖艶な微笑みを浮かべた。
「君は僕の絵を素敵だと言ってくれたから、良いことを教えてあげるね」
「…良いこと?」
「そう、良いことだよ」
ふんわりと、流れるような動きで距離を詰めてきた男性に、身体が強張る。
私に目線を合わせた男性は、ニッコリと、さっきと同じ妖艶な微笑みを浮かべた。
「早く、ここから離れるんだ」
「……え?」
「忠告はしたよ。さようなら、可愛い人」
そう言うと男性は、ヒラリと身を翻して、大通りの雑踏の中へと消えてしまった。
「……あ、ブローチ…」
男性が行ってしまってから、どれくらい経ったのか。ようやく我に返った私は、プレゼントとして送られたブローチに眼を向けた。
(何だったんだろう、あの人……)
少し、少しだけ恐かった。
ヒンヤリとした掌に、あの笑顔。
胸元の赤い花がデザインされたブローチまでもが、男性の冷たさを感じ取ったかのようにヒンヤリと冷えていた。
それに、先程の男性の言葉。
ーーー早く、ここから離れるんだ。
一体どういう意味なのか。
大通りから外れたこの路地には、今も穏やかな空気が漂っている。その空気を大きく吸って、私は元いたベンチに腰掛けた。
(まあ、まだお腹いっぱいだし、もうちょっとゆっくりしてても平気でしょ)
もしかしたらあの男性、酔ってたのかもしれないし!と変に納得をして、私は軽く目をつむった。
(あー、何だか寝ちゃうそう……)
そう、気が緩んだ時だったーーー。
キャアァァァァァ!!!!
いきなり大通りの方から、女性の叫び声が響きわたった。
(え!?何!?)
咄嗟に目を開けてベンチから立ち上がると、状況を把握しようと辺りを見渡すが、誰も彼もが叫んだり怒鳴ったりしながら、何かから逃げるように走って行ってしまう。
一体何が起きたのかわからず、とにかく一緒に逃げようとする私の脳裏に、最初に目に留まったあの絵が思い出された。
(あの絵、どこに…)
キョロキョロと見渡すと、あの色とりどりの絵が、蹴られて道の端っこに転がっていくのが見えた。
「ちょ、ごめんなさい!」
逃げ惑う人々を避けながら、絵のもとまで行く。
(よかった…!)
額の端に、蹴り飛ばされた時にできたのか、小さな傷はあったが、絵自体に傷は付けられていないようだ。
ホッとして、そのまま絵を抱えて立ち上がった時、ガタイの良い男性に突き飛ばされ、私は尻餅をついてしまった。
(スカートじゃなくてよかったぁ……)
そう思いながら、怒鳴り声を上げる男性に「ごめんなさいね!!」と日本語で返事をして立ち上がろうとすると、ズキンと右足首が痛んだ。
(え、捻挫した!?誰かーー)
助けを求めようと、顔を上げて辺りを見渡すが、既に人っ子ひとりいない。さっきまでの穏やかな空気は一変して、静まり返ってしまった路地には、ヒンヤリとした空気が漂ったいた。
(どうしよう…)
心細くなり、花の絵をギュッと胸に抱きしめると、大通りの方から人影がこっちに向かって歩いてくるのが見えた。酔っているのか足元は覚束ないが、ここで頼らないわけにはいかない。
「あの…!」
思い切って声を掛けた、その時。
パァン!!という乾いた音がして、人影がドサリと倒れこんだ。
「ちょ、ちょっと!」
急にどうしたのか、倒れた人の元へ、足を引きずりながら駆け寄る。
「あの!大丈夫です…か………、ぇ」
真っ黒なスーツを着て、うつ伏せに倒れている男性。その下から、真っ赤な液体が流れ出ている。
「こ、これ……」
男性から流れ出ているそれは、明らかに尋常な量じゃない。
(病院に…!)
そう思ってカバンから携帯を出そうとする。
しかし、それは叶わなかった。
「動くな」
後頭部に当てられた、ヒヤリとしたモノ。
ブワッと嫌な汗が、全身の毛穴を開いて出てきたのがわかる。
「こちらを向け」
ゆっくりと紡がれる日本語に、さっきの男性から感じられた安心感はない。
震える身体をどうにか叱咤して振り向くと、真っ白なスーツを着た男性が、黒光りする銃を向けて立っていた。
太陽の光を受けて輝く金色の髪に、宿から見えた青い海のような瞳。こんな状況でなければ、つい見入ってしまっていただろう程の、美貌の持ち主だった。
「……観光客か?」
男の言葉に頷くと、これはまた気の毒にと言いたげな目を向けられた。
「悪いが、『仕事』を見られたからな。お前には死んでもらわなければならない」
まったく悪いと思っていない、冷酷さすら感じられる目に見つめられて、動けない。
ドッドッドッ、と心臓がうるさい。
男の指が、ゆっくりと引き金に添えられる。
まるでスローモーションのような動きに、目の前が真っ暗になる。
(……あぁ、私の人生、これで終わりなんだ)
思えば、以外と楽しい道のりだった。
かけがえの無い、友人と呼べる存在もいたし、相談できる親友もいた。(ただし失業した際に相談したら、金は貸さねぇと開口一番に言われた)
結婚を夢見た恋人もいた。(ただし失業が決まったらフラれた)
両親だって、いつも優しかった。(ただし失業が決まってからは音信不通)
………あれ?
私の人生、失業してからどん底じゃない…?
まじで??
まじでこのまま、終わるわけ………?
「……ざけ………じゃない」
「あ?」
「…ふざけ………ないわよ」
「あ?」
「ふっっっっざけんじゃないわよ!!!!」
パァン!!!
「ふっざけんじゃないわよ!!!このまま終わって良いわけあるか!!」
ミシミシ……と、引き金が引かれる瞬間に掴んだ銃が軋んで、音をたてる。
「そう簡単に殺されるかっての!!調子乗んな!!」
そう叫んで男を睨みつけると、キョトンとした顔をしていた。
「………お前、名前は」
「真島 双葉!!」
「フタバ………俺はアルド・カーサスだ」
いや、何自己紹介してんの?
「来い、フタバ」
「へ?え、えぇ?」
さっきまでの緊張感は何だったのか。
金髪碧眼のイケメンに急に腕を掴まれ、大通りに連れて行かれる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
男の手を振りほどいて、立ち止まる。
何だ、と首をかしげる男に、それはこっちのセリフだと怒鳴りたくなる。
「何をしている、フタバ。ついて来い」
「いやいや、おかしいでしょ!アンタ、私のこと殺そうとしたじゃない!」
「気が変わった」
「…………へ?」
にんまりと形の良い唇をつり上げる男に、先程とはまた違った冷や汗が流れ出る。
「か、変わったって……」
「あぁ、お前をーーー」
俺の、恋人にする。
(ーー私の人生、やっぱりどん底なのかも)