第二十三局 交渉 二本場『無銭飲食』
『おうっ! 南友子かっ!?』
テーブルに置かれ携帯のスピーカーから流れる、聞き覚えのある声――
公園で北原さんに絡んでいた男達の一人……前歯が六本、差し歯の男の声だ。
オレは差し歯男の問いに、少しだけ言葉を詰まらせる。
しかし、リビングに集まる全員の視線を受け、オレは大きく息を吸い込んでからゆっくりと口を開いた。
「いや、南友也だ」
『はぁっ? 友也だぁ~?』
オレの答えが予想外だったのだろう。訝しげな声を上げる差し歯男――
いや、差し歯男だけじゃない。男の背後からも、どよめきの声が聞こえくる。
『おいっ、南友子はどうした?』
「ああ……姉さんなら街のゴキブリを退治しそこなったって、金も持たずにラーメン屋でヤケ食いしてな、いま無銭飲食で引っ張られてる。会いたいならケーサツ行け」
「ちょっ……み、南先生?」
「いくらなんでも、そんな嘘は……」
オレの作り話に、小声でツッコむ生徒会長とクラス委員長。
が、しかし……
『チッ! あのバカ女……食い逃げすんなら、上手くやれって言っとけっ!』
「ええぇぇ~っ!?」
「信じるんですのぉ~っ!?」
疑う事を知らないチョロい男の言葉に、驚きの声を上げる西園寺家ご令嬢様と白鳥家ご令嬢様――
『ああんっ!? そばに誰か居んのか?』
「あっ? テレビの音だろ――」
チョロ男の問いに答えながら顔を上げると、二人のメイドさんが自分の仕えるお嬢様達の口を手で塞いでいた。
さすがは本物のメイドさん。アキバのなんちゃってメイドと違って、いい仕事をしてくれる。
オレはその様子に苦笑いを浮かべながら大きく息を吸い込むと、再びテーブルの上に置かれた携帯へ視線を落とした。
さて、ここからが本番だ――
『ふんっ! まあいい……んでっ? テメェはアネキから、なんか聞いてるか?』
「ああ、全部聞いてる――お前らの相手は、オレが引き継いだ。以降はオレが窓口だ」
『フッ、なら話は早えぇ。それにオレはアネキよりも、テメェへの借りのがデケェからよ。キッチリ利息付けて返してやんよ』
嬉しそうに話す差し歯男。
まあ、当然か……なんでも、アイツの前歯を折ったのは、オレらしいし。
とはいえ、これで男達のターゲットが姉さんからオレに切り代わった。あとは北原さんを助けるだけだ。
「おいっ……そんな事より、北原さんは無事なんだろうな?」
『ああ、まだナンもしてねぇよ。いま、声を聞かせてやっからよ。おいっ、何か喋れ――』
『……………………』
『喋れってんだよっ!!』
男の怒声と共に『バシッ!』という乾いた音が、電話口に届く。
「やめろっコラッ!!」
『ああ……?』
声を張り上げながら、携帯を睨み付けるオレ。
そんなオレ怒声に、お嬢様達は息を飲み、ビクんっと身を震わせる。
が、しかし、今のオレはそんな事に気を回せる精神状態ではない。
北原さんは男性恐怖症なのだ。その事はコイツらだって知っているし分かっている……いや、コイツらの方が分かっているのだ。
分かった上で、そんな彼女を誘拐し、監禁して取り囲んでいるのだ。
誘拐され、恐怖の対象である男達に囲まれている北原さん……
彼女はいま、どんな思いをしてるのだろうか? それを考えただけで胸が苦しくなり、そして怒りが込み上げて来る。
『へっ! でけぇ口叩くのもその辺にしとけよ。この女をどうするかは、テメェの態度次第なんだからよ』
「なに……?」
『この女、返して欲しかったら、詫び入れに来いや。テメェにきっちりとヤキぶち込んで、ケジメがついたら返してやっからよ』
『まっ、テメェをイタぶって、オレ達が満足したらの話だけどよ』
『ハハハッ! 満足出来なかったら、足んねぇ分は女の方を裸にひん剥いて楽しませて貰うけどな』
電話口に割り込んで、下衆いセリフを吐く男達。
上等だ……オレをフクロにして気が済むなら安いもんだ。
「分かった……落とし前はつける。オレの事は煮るなり焼くなり好きにしろ」
「ちょっ、せんせ、うぐぅ……」
オレのセリフに、思わず声を上げた響華さん。しかし、すぐさまつばめさんに口を塞がれた。
口元を抑えられたまま、心配そうな瞳を向ける響華さん……
オレは『大丈夫だ』という意味を込めて軽く笑顔を見せ、再び携帯へと視線を落とした。
『へっ、いい度胸してるじゃねえか』
「お前に褒められても嬉しくねぇよ――で、どこに行けばいい?」
『供託大橋から河川敷を工業団地の方へ向かえ。一キロも行くと赤い屋根の潰れた工場があるから、そこに来いや』
「分かった、すぐ向かう――それまで北原さんに指一本触れんじゃねぇぞ」
しかし、潰れた工場ねぇ……
この前のトサカくんもそうだけど、潰れたからって、他人の土地を勝手にたまり場にしてんじゃねぇよ。そうゆうトコに秘密基地を作っていいのは、小学生までだぞ。
『三十分で来い。遅れたら、一分ゴトに女の服、一枚ずつ剥いてくわ』
「十五分で行くっ! それまで行儀よく待ってろっ!!」
オレはテーブルの上の携帯を掴み、マイクに向かって怒鳴りつけると、乱暴に通話停止ボタンを押した。




