第二十三局 交渉 一本場『当ててんのよ』
「なっ………な、ななな……な、なんて美しい姉弟愛なんですのぉぉぉおおぉぉ~~~~っ!!」
古い木造二階建ての安アパートに、白鳥家ご令嬢の甲高い声が響き渡る。
もし隣の浪人生が在宅中であれば、壁ドン間違いなしの大音量であったが、幸い今は留守にしているようだ。
あのあと、ウチのアパートに移動した御一行。
かなり女子率の高くなった名ばかりリビングで、これまでの経緯を説明したオレ。
途中、真琴ちゃんや響華さんに補足を入れてもらいながら、ちょうど解説を終えた所である。
「友也さん――いえっ! 南先生ぃっ!!」
「は、はいっ!!」
オレの正面に座り感涙に瞳を潤ませていた白鳥さんは、もの凄い勢いでテーブル越しに身を乗り出し、オレの手を握った。
「先生のお話を聞いて、わたくしモーレツに感動いたしましたわっ!!」
「そ、それはどうも……」
どこに感動する要素があったのかは、甚だ疑問だけど、喜んでもらえたなら何よりです。
「チョロ……」
「何を仰る真琴さま、でございます。ウチのお嬢様はチョロ可愛いのが魅力なのだ、でございます」
「そこっ! 何をヒソヒソ話しておりますのっ!?」
後ろでヒソヒソと話していた真琴ちゃんと撥麗さんへと振り返る委員長。
「い、いや、白鳥さんは可愛いなぁ~、と」
「はい、まったくその通りだ、でございます」
「ふむ……わたくしを形容するなら、『可愛い』よりも『美しい』という方が的確ですが――――まあ、いいでしょう。お~ほっほっほっほっ!」
そうは言いつつも、まんざらではない御様子。お馴染みの高笑いでふんぞり返るチョロカワ委員長。
確かにチョロいな……
「それより、聞いての通りですわ撥麗。わたくしは、この麗しい姉弟愛に報いる為、南先生に全面協力致します。異論はありませんわねっ?」
主の言葉を受けて、中華メイドさんは一歩前に出ると、背筋を伸ばして胸を張った。
『(はい、葵さま。撥麗も南先生のお話に、いたく感銘を受けた、でございます。葵さまと共に、全面協力しやがる、でございますよ)』
「女ばかりの不毛な職場にようやく現れた男の子――いえ男の娘。そんなオアシス的存在を排除しようとする輩は、撥麗が力ずくで排除する、でございます」
い、いや、ちょっと撥麗さん? 本音と建前が逆になっていませんか?
「そうゆう事なのだけど、つばめ……あなたも協力して貰えない……かしら?」
苦笑いを浮かべるオレの隣では、響華さんが専属メイドのつばめさんに向けて、恐る恐ると言った感じで口を開いている。
対するつばめさんは、スカートの裾を摘み天使の笑顔で頭を下げた。
『(愚問です、お嬢様。響華様の意思がわたくしの意思。お嬢様が決めた事ならば、全力を持ってサポートするのがメイドというモノでございます)』
「お、男の娘……それも童顔美形。それはまさに、乾き切った砂漠の様な職場へ潤いをもたらす存在……その天使の如き存在を脅かす輩は、生き地獄を見せた上で末代まで呪い祟って差し上げましょう」
い、いや、だからね……
「い、いや、だから……二人とも、本音と建前が逆になってますって」
オレの気持ちを代弁する様に、真琴ちゃんからのツッコミが入る。
「これは失礼しました、でございます」
「嬉しさのあまりに、少々舞い上がってしまいました」
揃って優雅に頭を下げるメイドさん’S。
てか、ウチの学校のメイドさんって、こんなのばかりなのか?
「でも、いいんですか、つばめさん? オレの正体を知ったときには、かなり怒っていたように見えましたけど……」
「怒る……? 何故、わたくしが怒らなくてはならないのですか?」
オレの問いに、不思議顔で首を傾げるつばめさん。
いや、何故って……
さっき響華さんに詰め寄った時は、かなり怒っているように見えたのだけど……
「そうですね。もし怒る要素があるのだとしたら――身近にこのような逸材が居るのにもかかわらず、それを見抜けなかった自分自身の未熟さと不甲斐なさに――でしょうか? まったく、腐女子として恥ずかしい限りです……」
あ、ああ~、うん…………
言葉の端々から、薄々そうではないかと思っていましたけど、やはり腐ってらっしゃいましたか……
と、かなり微妙な空気が流れ始めた女子率高めの室内に、場違いなアップテンポのエレクトリカルパレードの音楽が鳴り響く。
一同揃ってキョトンとした表情を浮かべる中、オレはズボンのポケットから携帯を取り出した。
まっ、今時こんな曲を着信音に使ってる奴なんて、そうは居ないだろうからな。
そんな事を思いながら、使い古されたガラケーの背面ディスプレイに表示された名前を見た瞬間、オレは表情を凍り付かせた。
流れるポップな曲調とは対照的に、顔を強張らせ完全に固まってしまったオレ。
そんなオレの背中に張り付き、つばめさんが肩越しに携帯を覗き込んで来る。
清楚なバラの香りと共に、背中に伝わる柔らかな感触――
「ここで、定番のセリフはないのですか?」
「そんな事を言ってる場合ではないでしょ……?」
「確かに……」
冗談めかしたセリフとは対照的に、やはりつばめさんも携帯に目を落とした瞬間に眉を顰め表情を引き締めた。
「ちょっと撥麗。この場合の『定番のセリフ』とは、なんですの?」
「この場合、『む、胸が当たってるんですけど……』『当ててんのよ』というのがお約束なのですが――――――確かにそんな事を言ってる場合じゃねぇ、でございます」
主の問いへ律儀に答えながら、テーブル越しにオレの携帯を覗き込む撥麗さんも、やはり表情を強張らせる。
そう、頬を膨らませた生徒会長と幼馴染みからジト目を向けられているオレの携帯には、こう表示されていたのだ――
『着信 北原忍』と……
ついさっき、携帯の番号を交換したのだ。北原さんの携帯から着信があること自体は不思議ではない。
しかし、問題は誰がかけて来ているのかという事だ。
拉致された北原さんが、自分の意思でかけて来るという事はないだろう。仮に逃げ出せたにせよ、オレにかけて来るという事はない。
オレは彼女を騙し、そして信用を失ったのだから……
ならば、誰が北原さんの携帯からオレの携帯に電話をかけて来たのか……?
簡単だ、そんなの答えは一つしかない。
「まあ、確かに冗談を言っている場合ではありませんが、この電話に出ないという選択肢もありませんよね」
つばめさんは、電話に出るのを躊躇い、固まっていたオレの手から携帯を抜き取った。
「皆様、お静かにお願いします」
そう言って、この場にいる全員を見渡すつばめさん。
そして、全員が頷くのを確認してから、折りたたまれていたガラケーを開き、スピーカー設定で通話を繋げると、それを静にテーブルの上へと置いた。
背中に感じていた柔らかな感触がゆっくり離れ、オレの隣へと移動したつばめさん。
何か話せと促す様にアイコンタクトを送って来る。
オレはその視線に頷くと、一つ深呼吸をしてから、意を決して口を開いた。
「もしもし――」




