第二十二局 機密漏洩 三本場『上流階級の世界』
「拉致ですってぇーっ! それを早く言いなさいっ!!」
「言おうとしていたのを葵さまが――」
「そんな細かい事はどうでもいいのですっ! 早く行きますわよっ!」
言いたい事だけ言って、コチラの話など聞かずに走り出す葵さま。
まったく……やれやれです。
まあ、そんな猪突猛進の葵さまでも、さすがにこの交通量の多い道路を横断しようとは思わないらしい。スカートの裾を巻くり上げ歩道橋の方へと走って行くウチのお嬢様。
それも当然か……
最短ルートを行っていたつばめさんも、交通量の多さに中々反対車線へ横断出来ず足止めを食っている。
しかし、歩道を走っていたワタシ達が歩道橋の階段を登り始めた所で、クラクションを鳴らされながらも強引に車道を横断するつばめさん。
歩道橋の上からでは死角になっていて、下の様子が分からずに歯噛みするワタシ。逸る気持ちを抑えて、葵さまと並び階段を降りて行く。
そして、ようやく辿り着いた先で目にしたのは――
「申し訳ありません。一足及びませんでした」
そう、そこで目にしたのは、走り去る白いワゴン車のテールランプを呆然と見送るつばめさんの姿。
「つばめさん……拐われたのは、やはり忍さまでしたか? でございます」
「はい、それは間違いなく……」
遠目であったので確信は持てなかったけど、やはり忍さまでしたか……
「大変ですわっ! 急いで警察に――」
慌ててスマホと取り出す葵さま。
しかし、ワタシはそれを制するように、その手をそっと抑えた。
「ちょっと、撥麗っ! なにをしますのっ!? 早くしないと手遅れに――」
「イケません、葵さま……でございます」
ワタシは、葵さまの言葉を遮るように首を振った。
「警察を介入させるかは、その家が判断する事、でございます。他家の人間が勝手に介入させていいモノではない、でございますよ」
「そのような事を言っている場合では――」
「いえ、そのような事を言っている場合なのですよ、葵さま」
更に声を上げる葵さま。しかし、今度はつばめさんに、その言葉を遮られる。
「上流階級の世界とはそういうモノ。ここで葵さまが他家の揉め事に首を突っ込めば、白鳥家と北原家の間に要らぬ軋轢を生んでしまいます」
確かにつばめさんの言う通りだ。ワタシはダメ押しとばかりに、そのセリフへ更に言葉を繋げた。
「北原の家は武家の家系。体面を何より大切にしている、でございます。おそらく警察は介入させないでしょう……でございます」
噂で聞いた話では、忍さまが子供の時に暴行未遂事件があったそうだけど、その時にも北原家は警察を介入させていない。
それどころかマスコミにも圧力を掛けて、事態を完全に隠蔽したそうだ。
ワタシ達二人に諭され、不貞腐れたようにスマホを仕舞う葵さま。
その姿からは納得が行かないという気持ちが、有り有りと伝わって来る。
まあ、自分で言っていても、ワタシ達だって納得はしていないのだけど――
「とにかく、わたくしは車のナンバーと併せて北原本家の方へ連絡を入れて、事態を報告致します。まあ、車はおそらく盗難車でしょうけど」
「よろしくお願いする、でございます」
それでも平静を装いつつ、淡々と話を進めていくワタシ達。
状況に応じて清濁併せ呑むのが、大人の女性としての処世術である。
「ああっ、もうっ! やはり納得出来ませんわっ!!」
しかし、大人の女性になり切れてない葵さまは、なかなか濁が飲み込めないご様子。
歩道橋の柱を蹴り飛ばすという、淑女らしからぬ行為でウサを晴らしている。
「こんな時ばかりは、何のしがらみも無く動ける庶民の方が羨ましいですわっ!」
葵さまの言葉に、ワタシは苦笑いを浮かべた。
しがらみは無くとも、何の後ろ盾もなく上流階級のゴタゴタに首を突っ込むなんて危ない事を、好き好んでする人ななど居るわけが――――あれ?
「………………いる」
「えっ?」
「いやがる、でございますっ! こういう時に頼りになるお方が一人だけっ!!」
ワタシは勢いよくスカートを巻く利上げ、ガーターストッキングの中から素早く自分のスマホを取り出した。
「ちょ、ちょっと撥麗ぃーっ! アナタ公衆の面前で、なんてはしたない真似をっ!!」
顔を赤らめ、声を上げる我が主。しかし、今はそんな事に構っている場合ではない。
ワタシは声を上げる葵さまをスルーして、スマホのアドレス帳から最近登録したばかりの名前を呼び出した。
そう、南友子先生という名前を――
 




