第二十二局 機密漏洩 一本場『汚れた大人の遊び』
『中国人を騙すのは中国人……』
中国のインターネット掲示版で、最近よく目にする言葉である。
近年、異常な程の経済成長を見せ、今では国内総生産で日本を抜き世界第二位の経済大国となった中国。
とはいえ、人口が十倍以上違うのだ。総生産で日本を抜いたからといって、まだまだ自慢出来るレベルではない。
それでも、少しずつではあるが国内の経済も良くなり、昨今では庶民でも海外旅行が出来る様になってきた。
最近、よくニュースなどで耳にする『中国人の爆買い』も、その影響である。
しかし、それに伴って中国人をターゲットにした詐欺行為も横行し始めた――
その手口は大きく分けて三つ。
一つ目は旅行業者に騙されるケース。例えば五日間の日程といって、実際には移動に二日かかったり、施設等への入場料が料金に含まれておらず別料金を取られてたりするもの。
二つ目は旅行ガイドに騙されるケース。無資格のガイドが旅行客に買い物をさせ、違法にキックバックを得るもの。
最後が店側に騙されるケース。コレは二つ目のケースとも重複するが、繁華街から外れた偽の免税店で偽ブランド品や市場価格より数倍高い商品を買わされるものである。
そして一番の問題は、この詐欺行為に加担している、旅行業者、ガイド、免税店が、全て同胞であるはずの中国人なのだ。
そんな経緯もあり、中国国内のインターネット掲示版では、先程の言葉よく囁かれるようになった。
『中国人を騙すのは中国人』と……
しかし……しかし…………
しかし、でございますっ!
「日本人だってっ! 日本人だって中国人を騙しやがるで、ございますぅぅぅ~~~っ!!」
ワタシは人目も憚らずに、派手な外装のとある遊興施設の前で慟哭にも似た声を上げた、でございます。
「ナニが赤字覚悟の出血大サービスだ、ごさいますっ! ナニが高設定確定台だ、ございますかっ!! 天バケで単発が三連続する高設定台なんて、兄より優れた弟以上に存在しやがらねぇ、でございますぅぅぅ~~~っ!!」
ちなみにワタシが何を言っているか分からない人は、こんな汚れた大人の遊びなど覚えずに、そのまま真っ当な人生を送って下さい、でございます。
中華――じゃなくて、てゆうか、地の文まで『ございます』を付けると読みにくいので、以後は省かせれ頂きます。ご了承下さい。
「まあまあ。勝つ事もあれば、負ける事もある――それが、ギャンブルと言うものですよ」
今にも血の涙を流しそうなワタシの隣では、メイド服を一分の隙もなく着こなしているつばめさんが、ホクホク顔で福沢諭吉の人数を数えていた。
「ぐぬぬぅ……ご自分は勝ったからといって、でございます……」
「フフフ♪ まあ、夕食は奢りますから、機嫌を治して下さいな」
そう、朝一から並んで打ち始めて、気が付けばもう夕食時。目の前を走る片側二車線の幹線道路には、テールランプの光が幾筋も流れていた。
うぅ……昼食も取らずにずっと座りっぱなしだったので、腰もお尻も、ついでに財布も痛い。
「奢って貰えるのは嬉しいのですが、お仕事の方は大丈夫なのですか? でございます」
そう、仕える家は違えども、ワタシ達は住み込みのメイド。全寮制の学院に通うお嬢様のお世話が仕事である。当然、お嬢様の食事を用意しなければならないはずなのだ。
まあ、ワタシの方のお嬢様は本日、旦那様のお供でパーティーに出席しているので夕食は要らないそうだ。
「大丈夫です。ウチのお嬢様は、真琴さまとお出掛けになっていますから」
「真琴さまと、でございますか?」
「ええ、朝から死神少年と怪盗少年のコスプレをして、出掛けられました」
死神少年と怪盗少年のコスプレ?
確かにあの二人なら、男装も似合いそうだ。もしもワタシがTS好き腐女子なら、鼻血を流して卒倒していたかもしれない。
ちなみにTS好き腐女子とは、Trans Sexual――性転換好きの腐女子。
つまり、女の子キャラを男の子キャラに脳内転換して、BLを楽しむ腐女子の事である。
いや、まあ今はBL関係ないので置くとして、その二人にコスプレしたというのなら目的は――
「先日話されていた、想い人への尾行……それも恋敵との逢引を尾行してる、でございますか?」
「はい、祝賀会になるか残念会になるかは分かりませんが、夕食は真琴さまと済ませて来るでしょう。まあ、残念会だったら、やけ食いをして帰って来るでしょうから、胃薬だけは用意して置きました」
先日、ユリさんのお店へ行く途中の道すがら、響華さまに思い人が出来たと嬉しそうに話していたのを思い出す。
しかし、天下の西園寺家ご令嬢に、そこまでさせる殿方とはどんな人なのだろうか?
そもそも、容姿端麗、頭脳明晰、何より世界屈指の大財閥、西園寺家の一人娘に想われていて、他の女性とデートすると殿方がいるとは……
ワタシは少なからず、その殿方に興味が湧いて来た。機会があれば、一度お目に掛かりたいものだ。
「さて、このような格好で、いつまでもこんな所にいたら目立ってしまいますので移動しましょう。夕食は吉田屋の牛丼でいいですか?」
「福沢諭吉をそれだけ稼いだのにセコいですなぁ、でございます。まあ、撥麗も牛丼は好きなのでいいですけど、でございます」
特に、牛丼やジャンクフードのお店には、とてもお嬢様と一緒には行けませんから、こうゆう機会でもないと食べられませんし。
「では、早速行こう、でございます。確かに、いつまでもこんな所にいて、お嬢様にパチを打っていたのがバレたら大変だ、でござ――」
「ダ~レ~にっ! ナ~ニ~がっ! バレたら、大変ですって?」
突如、背後から聞こえて来た聞き覚えのある声と、身に覚えのある殺気に背筋が凍り付いた。
バ、バカな……
いくら、パチで大負けカマした直後とはいえ、中国拳法無影拳の師範代であるこのワタシが、容易く背後を取られるなんて……




