第二十一局 真相 二本場『痛み……』
「し、しかし、お笑いだな、おい……」
「あ?」
怒りを隠さないオレの視線を受け、足を竦ませる男達。
それでも虚勢を張る様に、ナンパ男Cは引きつった笑みを浮かべなら口を開いた。
「自分を男嫌いにしたヤツのアネキと、仲良くお出かけとはよ」
「ああっ? アンタ、何言ってんだ?」
ナンパ男Cの言葉に、眉をしかめるオレ。
確かにオレも姉さんも無関係とは言わない。
それでも北原さんの男性恐怖症の原因は、お前らだろ?
男の責任転嫁とも取れる言葉に、オレは更に苛立ちを覚えた。
が、しかし……
「なんだ、知らねえのか? ソイツの男嫌いの原因はテメーの弟、友也が原因なんだよ」
「そうだ。その女はなぁ、あのあと気絶から目ぇ覚まして、自分の顔に浴びた友也の血ぃ見て発狂してな――」
「その後しばらくは、赤いモノ見ただけで発狂するからってよ、一年近くも入院してたんだぜ」
男達が口々にする言葉で、オレの頭の中は真っ白になった。
オレ……? オレのせいなのか……?
オレが北原さんの……男性恐怖症の原因……?
あまりに驚愕の真相に呆然と立ちすくむオレ。
しかし、そんなオレを強引に現実へと引き戻す、掠れた呟きが背後から耳に届く。
「え? 弟って……なに? わ、わたしを助けてくれたのは先生じゃ……」
今までオレの背中に張り付いていた温もりが、スーッと引いて行く。
「だ、だって、先生……右手のキズ……それが弟って……あれ、な、なんで……?」
途切れ途切れの言葉……困惑の呟き……
耳をすまさなければ聞こえない様な震えた声を背後聞きながら、オレは振り返る事も出来ずにいた。
「まっ、赤い色見て発狂すんのは治ったみてぇだけど、そのまま男嫌いになったんだよな? えっ、お嬢さんよ?」
「テメーや友也が余計な事しねぇで、大人しくオレら輪姦されてりゃ良かったんだよ」
そんなオレ達を嘲笑うように、男達は下卑た声で下衆い言葉をオレ達にぶつけて来る。
「………黙れよ」
爪が食い込むほどに強く拳を握り締め、言葉を絞り出す。
が……
「そうそう、テメーの弟の汚え血じゃなくて、オレの射した白いの顔面に浴びてりゃ今頃は、男嫌いどころか、男好きの淫乱女になったのにな」
「いやいや、そりゃねぇって。だってお前、下手くそだし」
「うるせーっ! 早漏のテメーに言われたくねぇってのっ!」
「ギャハハハハーーッ!!」
オレの言葉は男達には届かなかった。
無神経で下品な会話を続ける男達……
オレは大きく息を吸い込んで、左足を力一杯踏み込んだ。
「黙れってんだよっ!!」
「ぐぶッ!?」
正面にいた男の顔面にメリ込む拳。
空手の基礎もクソもない、まるでチンピラのケンカみたいなパンチ。
防御どころか、後先も何も考えていない攻撃……
「テメッ! いきなり何しやがるっ!」
「くっ!?」
スキだらけだったオレの頬に、隣にいた男の拳が飛ぶ。
口の中に広がる鉄の味……
それでもオレは一歩も引く事無く、その男のドテッ腹に蹴りを叩き込んだ。
「ぐぼぉ……」
腹を抑え、膝から崩れ落ちる男。
オレは、口の中に溜まっていた赤い唾を吐き捨てると、残りの男達を睨み付けた。
「テ、テメェ……友也への前歯の借り、テメーに返したって、いいんだぞコラッ!」
「上等だよ……今度はキッチリ、総入れ歯にしてやるよ」
額に汗を浮かべながらも虚勢を張る男達と、ソイツらを怒りを顕にして見据えるオレ。
「おまわりさーん! 急いでっ、早く早くっ!!」
「コッチですわっ! 早くケンカを止めて下さいまし!」
そんなオレ達の間に、遠くから若い女性の声が届く。
「チッ……命拾いしたな、南」
「お前らがな……」
女性の声に、倒れている仲間を起こして立ち去る男達。
「この借りは、キッチリ返してやるからな。おぼえてろよっ!」
キッチリとお約束のセリフを残す、予定調和っぷりを見せる男達の背中を見送ってから、オレは意を決して後ろへと振り返った。
視点の定まっていない様な虚ろな瞳で呆然と立つ、藍色の着物を着た少女――
こんな時、何と言葉を掛ければいいのだろうか?
――いや、そもそもオレに、言葉を掛ける資格があるのだろうか……?
二人の間に、夕暮れ時の冷たい風が吹き抜ける。
「北原さん……」
掛ける言葉が見つからないオレは、時が止まった様に立ちすくむ少女の小さな肩へと、ゆっくり手を伸ばし――
「い、いやっ!」
「!?」
「…………」
「…………」
ゆっくりと伸ばしていたオレの手は、少女の肩に届く事はなかった。
自分へと迫る手を払いのけ、まるで怯える様に身を縮める北原さん……
そして、一瞬だけオレの顔へ目を向けると、逃げる様に踵を返して走り出す。
徐々に小さくなっていく北原さんの背中を呆然と見つめるオレ。
その北原さんの姿が、オレの中で試合の後に突然走り出した時の姿と重なった。
ただ、あの時と決定的な違いは、今のオレには彼女を追いかける資格がないとか言う事だ。
小柄な背中が完全にオレの視界から消えると、オレはベンチへと崩れ落ちる様に腰を下ろした。
「いてぇ……」
天を仰ぎながら、北原さんに払われた手を押さえる。
そう、ソコに残った痛みは、頬の痛みよりも――いや、過去に全国大会で戦った空手の強豪によるどの打撃よりも、ずっと強い痛みを伴っていた。




