第二十局 男性恐怖症 五本場『傷痕』
公園のベンチに並んで座るオレと北原さん。
日は傾きかけ、空はこれからゆっくりと茜色に染まって行くだろう。
そっか……あの時の子が、北原さんだったのか……
忘れかけていた記憶をムリヤリ引っ張り出して来たオレは、唇を噛み締め、拳を握り締めた。
これから季節は夏へと向う晩春の風が、そんなオレ達の間を静かに吹き抜けて行く。
お互い言葉を発せずに沈黙が流れる。そんな二人の前を子供達が笑いながら楽しそうに走り抜けて行った。
あの時の子が北原さんだと言うのなら、前に姉さんから聞いた話とも辻褄が合う。
『これはあくまでウワサなんだが、彼女が小学校の六年の時に、五人の大学生から集団で暴行されそうになったって話しだ。まあ、暴行自体は未遂で済んだらしいけど……それでも小六の女の子には、ショッキングな出来事だったんだろう。以来彼女は男性恐怖症になったらしい……』
電話越しに姉さんから聞いた話が、昨日の事の様に思い出される。
彼女はさっき、自分を助けたのはオレだと言った。
でも、本当にそうなのか? ホントにオレは、彼女を助けられたのか……?
オレがしたのは、彼女を襲おうとしていた奴らをブチのめしただけ。結果として彼女には、『男性恐怖症』という、重い精神疾患が残ってしまっていた。
「先生――」
流れる沈黙を破り、北原さんが静かに口を開いた。
「な、なに?」
「手のひら……見せて貰ってもいいですか?」
隣に座るオレを見上げながら、悲しげな笑みを浮かべる北原さん。
北原さんの言葉を受け、オレは僅かな戸惑いの後に、握り締めていた右の手のひらをゆっくりと開いた。
「………………」
「………………」
僅かな沈黙……
北原さんはオレの手を取り、その手のひらにそっと指を這わせた。
「申し訳ありません……やはり傷が残っていまいましたよね……」
傷痕に触れながら、今にも消え入りそうな声を出す北原さん。
「気にしないで。この傷は誰のせいでもない……あの時、気を抜いた、わたしのせいなんだから」
そう、コレはオレのせい……オレ自身の甘さが招いた結果だ。
「それに、北原さんの顔に傷が付くよりは、百倍マシだからさ」
「本当に申し訳ありません……北原の問題に、先生を巻き込んでしまって……申し訳ありません……」
俯く様に傷口を見つめ、今にも泣き出しそうな声で謝罪を繰り返す北原さん……
ただ、そんな北原さんの口にした言葉の中に、気になるワードがあった。
北原の問題……?
どういう事だ? あの騒動は、身内のトラブルだったのか?
「ね、ねぇ、北原さん……あの時の男達って、顔見知りだったの?」
単刀直入に、疑問を口にするオレ。そして北原さんは、僅かな躊躇いを見せたあと、ゆっくりと口を開いた。
「いいえ、顔見知りと言う訳ではありませんが、ただ…………元は、ウチの流派の門下生でした」
なっ!?
北原さんの口にした言葉に、思わず息を飲む。
確かに、剣道の経験者だろうという予測はあった。しかし、それが北原流だったなんて……
いや、それ以前にナゼ元門下生が北原さんを――北原十三段の孫娘に、あんな真似を? 元門下生であるなら、北原十三段の影響力も怖さも、よく知っているだろうに……




