第二十局 男性恐怖症 四本場『友也の回想 弐』
突然開かれた扉に驚き、男達の視線が集中する。
「何だっテメ、グッ!?」
一番初めに口を開いた右側の男を、無言で蹴り飛ばす。
顎を下から突き刺すように、真っ直ぐ蹴り上げたオレの蹴り。
男は放物線を描き、背中から落下した。
そして、突然の乱入に驚き呆然としていた左側の男も、仲間がやられた事で我を取り戻したようだ。
「テメッ! イキナリなにしやがるっ!?」
手にしていた木刀を振り上げる男。
頭の中が真っ白になっていたオレは、男のその行動に対して、ほぼ無意識のウチに反応していた。
「ガハ……ブッゴ……」
ガラ空きの脇腹にミドルキックを叩き込み動きを止め、髪の毛を鷲掴みにして頭を引き寄せながら、顔面に向け思い切り膝を突き上げた。
鼻骨の潰れ、前歯の折れる嫌な感触が、道着を通して伝わって来る。
呻き声を上げ膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れる男――
オレは、その男の後頭部を踏みつけながら、女の子に覆いかぶさっていた最後の男へと振り向いた。
今のオレは、どんな顔をしているのだろう……? いや、あの男にはどんな風に見えているのだろうか?
オレはひどく冷静に、そして冷ややかな目で最後に残った男を見下ろした。
「ちっ……」
半分ズリ下がっていたズボンを上げ、立ち上がる男。
暗くて表情までは確認しは出来ないが、その男の後ろで横たわる着物の少女は、胸元は開け、白い太腿も露わになっていた。
くっ……
そのあられもない姿から視線を逸し、オレは男の元へとゆっくり歩み寄った。
額から冷や汗を流し、怯えた目を向ける男。その男が、傍らにあった木刀を取り構えた瞬間――
「――――――!!」
軸足を大きく踏み込んで、渾身の後ろ回し蹴りを放つ。
大きく弧を描いたオレの踵――
バキッ! と大きな音をたて、男の構える木刀をへし折ると、そのまま半開きの口へとネジ込まれた。
男は声を上げる事も出来ず、折れた前歯を吐き出しながら吹き飛ばされる。
そして最初に倒れた男のすぐ近くに倒れる最後の男……口の周りを血に染めて、身体をピクンピクンと痙攣させる男……
オレはそれを確認すると、大きく息をはいた。
視界の片隅では、女の子が上体を起すのが見え――
「っ!?」
いやっ! 上体を起したのは女の子だけじゃない!
「バカッ、油断するなっ! まだ終わってないっ!」
姉さんの怒声にも近い声が飛ぶ。
終わってない――
そう、女の子が上体を起すと同時に、最初に蹴り飛ばした男も上体を起こしていたのだ。
男は近くに落ちていた木刀――オレが今しがたへし折って、半分の長さになった木刀を掴む。
それを見たオレは、咄嗟に身構えるが、しかし……
「死ねや、くそがっ!!」
男は立ち上がる事なく、その木刀を投げつけて来た。
その木刀は、どちらを狙って投げつけられた物なのだろう?
男の視線はオレに向いていたはず。なのに、実際に木刀が飛んだ先には女の子の方だった。
チッ! ノーコンがっ!!
一直線に、女の子の顔目掛けて向かって飛ぶ木刀――
オレは咄嗟に右手を、女の子の方へと突出した。
「ぐっ……」
直後、手のひらに激痛が走る。
折れた木刀。不規則に幾つも突起したその鋭い先端が、オレの手のひらに突き刺さったのだ。
鋭い痛みと共に血が吹き出し、生温かい感触が手の中に広がって行く。
奥歯を噛み締め、傷口を押えながら片膝を着くオレ。
後方にいた姉さんは、そんなオレの横を走り抜け、木刀を投げ付けた男の顔面を溶射なく蹴り飛ばす。そして、倒れた男の鳩尾を思い切り踏みつけ、動かなくなったのを確認して振り返った。
「友也っ!」
「いやぁぁぁぁぁぁーーっ!!」
オレの名を呼び駆け寄る姉さん。そして入り口の方からは、いつの間にかやって来た真琴ちゃんの悲鳴が響く――
そういえば、女の子は大丈夫なのか?
痛みを堪えながら女の子の方へと振り返るオレ。
一度は上体を起したはずの女の子は、飛び散ったオレの血でその綺麗な顔を汚し、再び同じ場所へと横たわっていた。
「その子は大丈夫だ。多分、血を見て気絶したんだろう」
オレの視線に気付いた姉さんは、そう言いながらオレの前に片膝を着く。そしてオレの手を取ると、傷口にハンカチを巻き付けながら真琴ちゃんの方へと振り返った。
「真琴ちゃんは、人を呼んで来てっ! あたしは友也を医務室に連れて行く」
「わ、分かったっ!」
走り出す真琴ちゃんを確認し、血に染まったハンカチに目を落として顔をしかめる姉さん。
「たくっ……友也は、いつもいつも詰めが甘いんだよ」
面目ない……
「医務室行くぞ。立てるか?」
「ああ……」
痛みを堪えながら、姉さんの肩を借りて立ち上がるオレ。
そして医務室で治療を受けたオレは、そのまま医者からドクターストップが掛かり決勝戦を断念。
結果、不戦敗の準優勝となってしまった。
その夜、残念会で酔っ払った美琴さんから朝までお説教されたのは、また別の話…………いや、あの夜の恐怖体験は、思い出さずに封印で。




