第二十局 男性恐怖症 三本場『友也の回想 壱』
「最初に見たのは四年前。場所は大阪中央体育館の全日本学生空手道選手権会場…………あの時、先生が助けてくれた子が、わたしなんです」
そう告げた北原さん。
四年前――確かにオレは、一人の女の子を助けた。
そう、顔も分からず名前も知らない女の子を……
あれは、確か決勝進出が決まった後。応援に来てくれた真琴ちゃんと合流して、近道に体育館の裏口からこっそり侵入した時だ。
半照明の薄暗い廊下を歩いている時、オレはそこで女の子の声を聞き、現場へと駆けつけた。
※※ ※※ ※※
「早く入れっ!」
「シンとユウタは見張りな」
「チッ! 後でちゃんとかわれよ」
走るオレと姉さんの耳に、そんな声が聞こえる。
T字路の先から聞こえる声……そのT字路に到着したオレ達は、陰からその先の様子をうかがった。
「見張りが二人……竹刀と木刀持ちか」
薄暗い廊下、扉の前へ気だるそうに立つ二人組。
おそらく自分でやったと思われる、ムラだらけで下手くそな脱色髪に派手なピアス。
深夜、田舎のコンビニでよく見かける迷惑な奴らの同類。深夜のコンビニバイト経験者としては、一番ムカつく人種だ。
しかし……
「経験者だな、アレは……」
「ああ」
姉さんの見解に同意するオレ。
ちなみに経験者と言っても、アッチ方面の話ではない。いくら姉さんでも、この状況でそんな下ネタはかまさないだろう。
武道、もしくは格闘技経験者――
一見、だらしなく立っているように見えるが、その立ち方は武道経験者特有の綺麗な姿勢だ。
「左の男が持ってる竹刀――結構使い込んであるし、剣道じゃないか?」
「だとすると、構えられると厄介だな……」
確かに竹刀持ちは間合いが広いから、構えられるとやりにくい。まして、中に居る仲間達まで出て来られると、かなり厄介だ。
「じゃあ、不意打ち速攻で行くか?」
「了解」
オレの返事を聞いた姉さんは、T字路の陰から何事もないように出て行った。
「あっれ~、おかしいな……ここ何処だ?」
若干芝居掛かった口調で、辺りを見回しながら男達の方へと進んで行く姉さん。
オレはジャージの前を開けて、空手着を見せつける様に、その後へと続いた。
姉さんの声に、慌ててコチラへ振り向く男達。次いでその視線が後ろを歩くオレに向けられ、男達は同時に眉をしかめた。
当然だろう。今、この体育館で行われているのは、空手の全国大会である。
そこで空手着を着ているという事は、全国クラスの選手という事。ハッタリには持ってこいだ。
「あっ! すみませ~ん。道に迷ったみたいなんですけど、メインアリーナはどっちですか?」
姉さんは道を聞くフリをして、男達へフレンドリーに話しかける。
「この道を真っ直ぐ行って、突き当りを右」
視線を外しながら、ぶっきらぼうに答える男達。
彼らとしても、無用なトラブルは避けたいのだろう。特に、進行形でやましい事をしているのだ。当然の心理である。
「そうですか、ありがとうございます」
姉さんはニッコリ笑って礼を言いながら、先に進んで行く。
男達から『早く行きやがれ』的な視線を受けつつ、その前を通り過ぎようとした瞬間――
「「うぐっ!?」」
オレと姉さんは同時に男達へ振り返ると、左手で相手の口を塞ぎつつ、右の拳を鳩尾にメリ込ませた。
これで気絶してくれるのなら良いのだけど、マンガみたいにそう上手く行くものではない。
オレは男の首に腕を回しながら、素早く後ろに周り込んで、喉と頸動脈を思いっ切り締め上げた。いわゆるチョークスリーパーだ。
姉さんはといえば、正面から男の頭を脇に抱える様にして、やはり喉と頸動脈を締め上げている。こちらはフロントチョークスリーパー。
どちらも短時間で相手を気絶させるに最適の技ではある。が、良い子は決して真似をしないように!
まあ、子供の頃は、プロレスごっこで姉さんにこの技でよく気絶させられたものだけど。
そういえば、真琴ちゃんもたまに気絶させられていたなぁ……
昔を思い出し、苦笑いを浮かべると同時に、男の身体からカクンと力か抜けた。
どうやら、問題なく気絶してくれたようだ。
オレ達は、なるべく物音をたてないよう、静かに男達を廊下に寝かせる。
そして、やはり物音をたてないように、ゆっくりと扉のドアノブを回し中の様子を覗き込む。
照明の落とされた薄暗い室内。どうやら用具室のようだ。
顔の識別までは出来ないけど、中に居るのは四人――
正面のマットに寝かされる乱れた着物の少女と、その上に覆いかぶさる男。そしてそれを見守る様に立つ二人の男達……
どうやら少女は後ろ手に縛られ、口をガムテープで塞がれているらしい。
そしてその様子を見たオレは、一気に頭へ血が登った。
「へへへっ、大人しくしてればすぐ終わるからよ」
「ハハッ、オメェ早ぇえもんな!」
「アハハハハハッ!」
「うるせーよっ!」
そして怯える少女を前で、そんな吐き気がするような会話をする男達にオレは頭の中が真っ白になる。
そして――
「おい、待て友――」
姉さんの静止を無視してドアを蹴り開け、オレは中へと飛び込んで行った。




