第二十局 男性恐怖症 二本場『真琴の回想』
お兄ちゃん達が座るベンチ。
そのすぐ後ろにある木の影に隠れ、体育座りで並ぶわたしと響華さま。
ああ、お兄ちゃんも知ってしまうのか……
そう思うとわたしの胸が痛んだ。出来る事なら知らずにいて欲しかった。
そう、あの日の事は……あの四年前の顛末は……
※※ ※※ ※※
「友子さ~ん! お兄ちゃ~んっ!!」
わたしはお母さんの運転する車を降りると、駐車場の入り口で待っていた二人に大きく手を振った。
「やっ、真琴ちゃん。久しぶりだね」
わたし達の所にまでやって来て、笑顔を浮かべるお兄ちゃん。
ホント、お兄ちゃんに会うのは久しぶりだ。
空手着の上にジャージを羽織ったお兄ちゃんは、ちょっとだけ背が大きく……って、アレ? あんま変わってない?
「美琴さんもご無沙汰してます」
「ご無沙汰してます」
続いて運転席から出て来たお母さんに、頭を下げる二人。
「どうやら、決勝には何とか間に合ったようね」
「もうっ! だから新幹線で来ようって言ったのに!」
わたしは頬を膨らませて、お母さんを睨みつけた。
そう、わたし達は、何と関東から大阪まで車でやって来たのだ。
確かに早朝に出発はしたけど、今はもうお昼を回っている。残っている試合は、男女共に決勝戦の一試合だけだ。
「いいのよ。真琴の応援なんて無くても、どうせ優勝するのはトモくんだし。決勝戦と、その後の祝賀会に間に合えば充分」
そうゆう問題じゃ、ないつーのっ!
「ハハハ……ご期待に添えるよう、頑張ります」
お母の言い様に、苦笑いを浮かべるお兄ちゃん。
しかしお母さんは、その言葉に女神の笑顔を浮かべながら、優しく語りかける。
「トモく~ん。そうじゃないでしょぉ~」
「サーッ! 絶対優勝をもぎ取って来るでありますっ! サーッ!!」
直立で敬礼をするお兄ちゃん。しかも、その後ろでは友子さんまでも、引き締まった顔で敬礼をしていた。
相変わらず、お母さんには頭が上がらないようだ。
とゆうか、どうやったらそんな笑顔で鳥肌が立つほどの殺気が出せるのよ。
「わたしはね、トモちゃん。優勝祝賀会の美味しいお酒を飲みに来たの。間違っても残念会の不味いお酒を出さないでね」
「サーッ! 友也には絶対優勝させ、祝賀会では旨い酒を浴びるほど用意するでありますっ! サーッ!」
「よろしい」
ニッコリと微笑んで、再び運転席へ座るお母さん。
「じゃ、わたしは車を置いて来るから、みんなは先に行っていて」
「そんなっ! ここで待ってますよ」
窓の開いた助手席の扉越し、友子さんがお母さんへと声をかける。
「大丈夫よ、子供じゃないんだから。開花大の応援席に行けばいいのよね?」
「は、はい、そうです」
友子さんの返事を確認してすると、お母さんの運転する車は駐車場の中へと入って行った。
「それじゃあ、あたしらも行こうか?」
そう言って、歩き出す友子さん。
でも……
「って! 姉さん、どこ行くんだよ! 入り口はあっちだぞっ!」
お兄ちゃんの言う通り。友子さんは、入り口とは違う方へと進んでいた。
「お前こそ何を言ってる? わざわざグルッと回らなくても、あそこのフェンスを越えて裏口から入ればすぐだろ?」
いや、まあ……うん、友子さんらしい。
歩みを止める事なく、あっけらかんと話す友子さんにわたしは小走りで駆け寄り、その隣へと並んだ。
「いやいや! 裏口ったって、鍵が閉まってるだろ?」
「大丈夫だ。ピッキングの道具は常時持ち歩いている」
な、なぜそんな物を? それも常時って……
「それにフェンスを登るって、オレと姉さんだけならともかく、真琴ちゃんもいるんだからっ!」
マイペースに歩く友子さんの背中越しに、更なる抗議の声を上げるお兄ちゃん。
てゆうか、ピッキングにはツッコまないんだね?
「真琴ちゃんなら、あの程度のフェンス乗り越えるくらい問題ないって――ねっ」
わたしの方にも顔を向け、ウィンクをする友子さん。
はてさて、どう答えよう?
確かにあの程度のフェンスは問題ない。しかし、それではお兄ちゃんに、お転婆な娘だと思われないかな?
やはり女の子は、おしとやかな方が……
「着地で上手くヨロけなよ」
答えに迷っていたわたしに顔を寄せ、そっと耳打ちをする友子さん。
そして、その一言で全てを理解したわたしは、お兄ちゃんの方へと振り返り――
「うん、大丈夫っ! あの程度のフェンス問題ないよっ! むしろ今は、無性にフェンスを飛び越えたい気分だからっ!!」
「そ、そう……ま、真琴ちゃんがいいなら、いいんだけど……」
若干引き気味のお兄ちゃん。しかしわたしは、このあとの事に頭が一杯になり、それどころではない。
わたしは気合いを入れるべく、拳を握った。
そして目の前に迫りくるフェンス――と、言っても、高さ二メートル弱。
わたしだって伊達に子供の頃、友子さんやお兄ちゃんに引っ張り回されていたわけではない。手前にはブロックが積まれた花壇もあるし、そこに足を掛ければ簡単に登れそうだ。
もっとも、お兄ちゃんと友子さんは、花壇など使わずにヒョイっと登ってしまったけど。
先に飛び越えたお兄ちゃん達に続き、フェンスの上に登るわたし。
下を見下ろすと、コチラを見上げる友子さん達の姿。
わたしを見上げ、軽くウィンクをする友子さんに頷いてから、わたしは下へ飛び降りた。
「きゃっ!」
「危ないっ!?」
着地の瞬間に、バランスを崩すわたし。
そしてお兄ちゃんは、倒れそうになるわたしを咄嗟に抱きしめた。
よしっ! 作戦通りっ!!
お兄ちゃんの腕の中で幸せに包まれるわたし――
くぅ~~、生きてて良かったっ!
「たくっ……真琴ちゃんは、姉さんと違って普通の子なんだから、ムチャさせるなよ」
わたしを胸に抱いたまま、友子さんにクレームをつけるお兄ちゃん。
しかし、当の友子さんはそんなこと気にも止めずに、さっさと歩き出していた。
「問題ない――全て計算通りだ」
はいっ、司令! 全て計算通りですっ! そして一生付いて行きますっ!!
っとと、いつまでも幸せに浸っている場合ではない。ここで更なる好感度アップを狙わなくては。
「調子に乗っちゃって、ごめんなさい。お兄ちゃん……」
わたしはお兄ちゃんの腕から抜け出すと、一歩下がって頭を下げた。
「いいんだよ、真琴ちゃん。姉さんにあぁ言われたら、出来ないとは言えないよな」
下げたわたしの頭を、優しく撫でるお兄ちゃん。
よしっ! 素直なわたし作戦も成功っ! わたしの脳内で、好感度アップの効果音が響く。
「くっ……恩人のあたしをダシに、更なる好感度アップを図りおって……」
遠くから、そんな呟きも聞こえて来たけど、今はこの幸せに浸っていよう。
そして、友子さんには、後でKFCの12ピースパックでも送っておこう。
愚痴にも近い呟きを口にしつつ、上着のポケットからL字に曲がった針金の束を取り出しドアの前にしゃがみ込む友子さん。
本当に持ってたんだ……
「よし、開いた――」
わたしが苦笑いを浮かべているほんの数秒で、カチャという音と共に開いてしまった鍵。公共施設の鍵って、こんなに簡単に開く物なの?
とゆうか、友子さんが、そのうち新聞の三面に載ったりしないかホント心配だ……
しかし、わたしの心配などお構いなしに、友子さんはズカズカと中へ入って行く。
「友也ぁ~。最後、鍵閉めてな」
「あいよ~」
続いてわたし、そして最後にお兄ちゃんが中へと入った。
関係者オンリーの静まり返った廊下。半照明で薄暗い通路におっかなびっくりのわたしだけど、前後の二人はまったく動じた様子はない。
さすがだ。この辺は見習わないと。
「やめっ! 放してく、うぐぐ――」
と、突然、前方から女の子の声っ!?
「騒ぐなっ!」
「おとなしくしてろっ!」
次いで聞こえて来たのは、複数人と思われる男性の声……
おそらく前方にあるT字路の先にから聞こえて来るのだと思う。
なに? 何があったの?
戸惑うわたしの前後では、友子さんとお兄ちゃんの顔が怖い顔になっていた。
「アレは、そうゆうイメージプレイかな? それともガチか?」
「なに馬鹿なこと言ってんだ、ガチに決まってんだろ! 行くぞ姉さんっ!」
「ああっ! 真琴ちゃんは、ここで待ってなっ!」
そう言って走り出す二人――
その背中を見送るわたしは、足が竦んで、ただ立ち尽くす事しか出来なかった。




