第二十局 男性恐怖症 一本場『記憶』
その後、昼食を済ませたオレ達は、ウィンドウショッピングと洒落込んだ。
ウィンドウショッピング……
ハッキリ言って目の毒ではあるが、コスパ的には最高である。
一応、女の子が好きそうなお店なども事前にリサーチしていたけど、北原さんのリクエストは当初の通り、オレの普段よく行く店が良いとの事だった。
そのリクエストに応え、書店やCDにDVDショップ、更には模型屋などを廻ったオレ達。
そして、程よく時間も潰れた所で休憩も兼ね、今は大きな噴水のある公園に来ている。
缶ジュースを片手に、ベンチに座るオレと北原さん。
流れる水の音に、目の前で遊んでいる子供達の笑い声――そんな何気ない音に耳を傾けながら、ゆったりとした心地よい時間に身を委ねているオレ達。
春も終わりかけて、夏へと向う木々や草花の香りが、近くの屋台で焼いているたこ焼きの臭いで台無しにされている感はあるけど……まあ、それはそれで風情がある。
「先生……?」
「ん?」
手にしているオレンジジュースに視線を落としたまま、北原さんは呟く様に口を開いた。
「先日の試合の件なのですが……」
その言葉に、思わず苦笑いを浮かべるオレ。
「アハハハ……あの時は、ホントごめんなさいね。剣道の試合でアレはないわよねぇ……」
「い、いえいえっ! その事は良いのです!」
慌てて顔を上げ、ワタワタと顔の前で手を振る北原さん。そして、ゆっくりとその顔を、真剣な表情へと変えていった。
「だだ、その……もしよかったらですけど、先生の後ろ回し蹴りを、もう一度見せて貰えないでしょうか?」
「ん? それは蹴りの型を見せればいいのかな?」
「はい」
オレの疑問に頷く北原さん。
まあ、蹴りの型なんて、いくらでも見せるけど――ただ、型を見せるだけなんて面白くないよな。
オレはベンチから立ち上がると、歩道を挟んだ反対側のベンチ横にある自動販売機へと目を向けた。
さて、大学の時にかくし芸として練習した技だけど、まだ出来るかな……?
オレは一歩前に出ながら、手にしていた缶コーヒーの残りを一気に飲み干し、その空き缶を真上に放り投げた。
空に向かって飛んで行った空き缶は、当然重力に引かれて落ちて来る。
オレはその空き缶を睨みつける様に見つめながら、タイミングを合わせて、後ろ回し蹴りを放った。
カーーンと、軽い音を鳴らして弾かれる空き缶――
よしっ! 完璧。
オレが心の中でガッツポーズを取ると同時に、放物線を描いて飛ぶ空き缶は、自販機の横にあった屑カゴに吸い込まれて行った。
背後からパチパチパチと手を叩く音。振り返るとそこには、メガネを外してベンチに座り、笑顔を浮かべながら拍手をする和装美少女の姿。
その優しい微笑みに、オレも笑顔で応えながらベンチへと戻った。
「やっぱり間違いない……」
オレが再び彼女の隣に座ると、そんな呟きが聞こえて来た。
間違いない? 何が……?
そんな疑問を浮かべるオレの顔を、小柄な北原さんは見上げる様に視線を向けた。
「先生。実はわたし――先生の後ろ回し蹴りを見るのは、これで三度目なんです」
「え……?」
彼女の言葉を、すぐは理解出来なかったオレ。
三回? この前の試合の時と、そして今…………じゃあ、あと一回は?
いや、そもそも、その一回って言うのは――
「わたしも北原の人間……一度見た人の動きは忘れません――」
「――――!?」
再びオレンジジュースに視線を落とし、静かに語る北原さん。
そしてその言葉に、オレの心拍数は跳ね上がった。
じ、じゃあ、その一回ってゆうのは、姉さんじゃなくて……オレの事なのか?
あまりの事に、声も出せないオレ。
しかし、本当に驚く話は、これからだった。
「最初に見たのは四年前。場所は大阪中央体育館の全日本学生空手道選手権会場…………あの時、先生が助けてくれた子が、わたしなんです」
北原さんの話に、声も出せず固まるオレ。そして、頭の中に蘇って来るその時の記憶。
そう、それは、出来る事なら忘れてしまい記憶――




