第十九局 ランチ 三本場『黒と黒が混ざっても――』
「ぐぬぬぬぬぬぬぅ……」
仕切りの上に置かれた鉢植えの隙間から、形容しがたい形相を浮かべた真琴さんが唸りながら、先生達に睨むような視線を送っている。
先生達のあとをつけて、フライング・カーテンというお店にやって来たわたし達。
先生達とは少し離れた席に陣取り、こっそりと二人の様子をうかがっていたのだけど――
「酒だ酒ぇーっ! ネェちゃん、酒持ってこいや~っ!」
「ちょ、ちょっと真琴さんっ!? 落ち着きなさい!」
「コレが落ち着いていられますかっ!?」
突然、大声を張り上げる真琴さん。
ま、まあ……気持ちは分からなくもないですけど……
「あ、あの~お客さま、他のお客さまのご迷惑になりますので……」
まあ、これだけ騒げば、当然のようにお店の人がやって来る。
大声を聞いて駆けつけたウェートレスが、真琴さんへと恐る恐る声をかけた。
しかし、その真琴さんは、わたし達より若干年上であろうウェートレスを睨みつけ――
「いいからあなたは、マティーニでも持ってきて」
「も、申し訳ありません、お客さま……マティーニは置いておりませんので……」
「じゃあ、ここで作るから、ジンの兄貴とベルモットのねぇさん連れて来て」
確かマティーニは、ジンとベルモットで作るカクテルだけど――その兄貴とかねぇさんっていうのは、なに?
いえいえ、それ以前に――
「真琴さんっ! あなた未成年なのですから、お酒は――」
「大丈夫ですっ! 黒と黒が混ざっても、黒にしかならねぇって、ジンの兄貴も言ってましたからっ!」
「意味分かりませんっ!」
「だって、響華さまぁぁ~。こんなの呑まなきゃ、やってランねぇちゃんですよぉぉぉ~」
今度はテーブルに突っ伏して、泣き崩れる真琴さん。
その、ランねぇちゃんと言うのは意味が分からないけど、真琴さんの気持ちはよく分かる。
北原さんが、先生の切り分けたハンバーグを口にした瞬間、わたしの胸は痛いほど締め付けられたのだから……
「あ、あの~、お客さま?」
「ああ……この子にはジンジャーエールでも、持って来てやって下さい」
「か、かしこまりました……」
困り顔のウェートレスに、追加の注文をするわたし。
確かに気持ちは分かるけど、ココは年上のわたしがシッカリしなければ。
「真琴さん。あなたもラファール学院に身を置く淑女なのですから、人前でその様なだらしない姿を見せるものではありませんよ」
わたしは平静を装い、真琴さんをたしなめる。
そして、なにごともない様に目を閉じ、手にしていたスプーンで目の前のパフェをすく――って、あら?
手応えがおかしい……というより、手応えがない。
そんなわたしに、突っ伏したままで顔だけ上げた真琴さんが、逆さにした蒲鉾の断面みたいな目を向けて来る。
「響華さまだって、人の事は言えませんよぉぉ……」
いや、真琴さんの蒲鉾の断面から来る視線は、わたしにというより、わたしの持つスプーンに向けられている。
わたしは、その視線を追う様に自分の右手へと目を向けた。
「あ……」
そこにあったのは、柄や先端があらぬ方へグニャリと曲がったスプーン――いや、もうすでに、かつてはスプーンと呼ばれていた物……といった感じだ。
確かにこんな物では、パフェをすくえるはずもない。
いつの間にこんな……
「い、いやですわね、不良品だったのかしら……?」
わたしは誤魔化すようにスプーンを置いて、真琴さんの視線から逃げるように顔を背けた。
「はあぁ……何やってんでしょうね、わたし達……」
大きなため息をついて、再び顔を伏せる真琴さん。
何をやってる……か?
仲の良さそうな二人を眺めイラついて、先生の見せる笑顔にキズついて……
じゃあ、このまま帰れるのかといえば、気になってそれも出来ない。
本当に何をしてるのだろう、わたし達……
真琴さんにつられ、ため息をつきかけた時だった。突然立ち上がった真琴さんが、勢い良くテーブルの下へと潜り込んだ。
「響華さまっ! 早く隠れてっ!!」
小声ながらも、その切迫した言葉に、わたしも思わずテーブルの下へと潜り込む。
「ど、どうしましたの?」
「シッ! ラスボスが現せました……」
ラスボス……?
先日、先生の好きだというゲームを調べている時に出てきた言葉だ。
確か『悪の頂点にして、物語の最後に出てくる最強で最悪の敵』という意味だったと思う。
そういう意味では、いくらなんでも大袈裟過ぎる。そのような人がこんな所にいる訳が――って、え?
わたしは、大袈裟な物言いをする真琴さんを見て、思わず目を疑った。
あの真琴さんが、なんと顔を青くしてブルブルと震えているのだ。
傍若無人で怖いもの知らずだと思っていた彼女が、こんなにも怯えるなんて……
わたしは、そのラスボスとやらの正体を確かめるべく、仕切りの影から先生達の様子をうかがった。
あ、あれって、まさか……………………理事長先生ぃ!?




