第十八局 アーケード街 一本場『最低……』
「よっと」
駅前から乗り込んだバスが目的地に到着。バスを降りたオレは、軽く身体を伸ばした。
たいした距離は乗っていないけど、狭いシートで隣に女の子がいるとなると、やはり緊張して肩が凝る。
「お世話になりました」
オレに続き、丁寧に運転手にお礼を言ってバスを降りる北原さん。
見たところ変わった様子はないな。
響華さんの前列もあるので、バス酔いを少し心配したけど特に問題はないようだ。
まっ、バス酔いするほど、長い時間乗っていたわけでもないけど。
オレ達がバスを降りたのは、アーケード街の入り口。さすがGWの初日だけあり、結構な人出だ。
「あ、あの~、先生……申し訳ありませんが、少し待ってもらってもかまいませんか?」
「え、ええ。いいわよ」
申し訳なさそうに尋ねる北原さんに、笑顔で答えるオレ。
すると北原さんは、手にしていた巾着袋からメガネケースを取り出した。
そう言えば、たまにメガネをかけている時があるけど……その基準がわからん。
パソコンやスマホ用のブルーライトカットってワケはないだろうし、本や文字を読む時にかけているワケでもない。
イメージ的には、通学なんかの外出時にかけているイメージだ。
「え~と、北原さんって、目が悪いの?」
「いいえ、どちらも裸眼で2.0です。むしろ見え過ぎるくらいですね」
「じゃあ、それは伊達メガネ?」
だけど、オシャレでメガネをかけるタイプには見えない。すると変装用か? 北原十三段の孫ともなれば、業界では有名人だろうし。
しかし、北原さんはオレの考えを否定するように首を横に振った。
「いえ、ちゃんと度は入っています。掛けてみますか?」
差し出されたメガネを受け取り、レンズを通して周りを見てみる。
ん~、確かに度は入ってる。入ってはるけど、コレって……
「それ、モノがボヤけて見えるメガネなんです」
モノがボヤけて? なんでそんなモノを……
「先生もきっと、わたしの病気の事はご存知なんですよね?」
ちょっと悲しそうな笑顔で、話す北原さん。
オレはその問いに無言で頷いた。
「そのメガネは、近くにいる人の性別を分かりにくくするように掛けているんです」
「えっ……」
無理に明るく、そして何事もないように話す北原さん。
その健気な姿にオレは、胸が締め付けられるようだった……
「で、でもそれじゃ……知り合いに会っても分からないんじゃ……?」
「それは大丈夫です。わたしはコレでも武道家の端くれ。歩く姿勢で分かりますし、一度見た人の動きは忘れません。特に先生の姿勢は綺麗ですし、武術を嗜んでいる方特有の姿勢なので、すぐに分かります」
そう言えば、校門前で手紙を貰った時もメガネを掛けていたけど、すぐにオレだって気づいていた……
「――もっとも、こんなメガネを掛けているせいで、先日は水たまりなんて踏んでしまい、先生にはご迷惑おかけしました」
そう言って頭を下げる北原さん。
その行為に、オレの胸は更に締め付けられる。
やめてくれ――キミは何一つ悪くない。キミが謝る必要なんて、どこにもない。
悪いはキミを襲おうとした男達や、そんなキミにケチなタカリをかけて来た、あのバカじゃないか。
なのに、なんでキミが……
「あの~、もうメガネ、よろしいですか?」
「えっ? ああ……はい」
手にしていたメガネを、北原さんに手渡した。
その受け取ったメガネをかけて、ニッコリと微笑む北原さん。
なんでそんなに明るく笑えるのだろう……?
そんな酷い目にあっているのに、一言半句の愚痴すら言わずに……
オレには、そんな彼女にかける言葉が見つからなかった――いや、かける資格すらないのだ。
そう、俺自身も、そんな彼女を騙している――酷い事をしている、悪い男の一人なのだから……
「先生? どうかされましたか――もしや、具合が悪いのですか?」
呆然と立ち竦んでいたオレの顔を、心配そうに覗き込む北原さん。
「い、いや……なんでもない、大丈夫よ」
その視線を受け、オレは咄嗟に作り笑顔を浮かべた。
「さあ、行きましょ。今日はめいっぱい遊ぶわよ」
「はい」
明るく話すオレに、満面の笑みで答える北原さん。
ハハハ…………最低だな、オレ……
こんな明るい笑顔を浮かべながら、平気でウソがつけるんだから……




