第十一局 試合 五本場『決着、そして――』
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「はぁ………………」
そして、その静寂を破ったのは、主審である撥麗さんの大きなため息だった。
「せっかく撥麗が、スカート全開の大サービスという読者サービスまでして審判を代わったのに、初撃でこの有り様とは……でございます」
アリアリと落胆して見せる撥麗さん。
でも、とりあえず、真琴ちゃんが人間国宝級の陶芸家並にいい仕事をしてくれたから、読者サービスにはなってなかったよ。
「先生……いくらなんでも、その反則は見逃せねぇ、でございます。悪質な反則で、北原さまの勝ち、でございます」
ため息混じりに白い旗を上げ、オレの反則負けを宣言する撥麗さん。
そう、反則……
剣道では、通常の反則なら二回で一本となる。しかし、悪質な反則は、その場で二本となり負けが確定するのだ。
今回の場合は『審判または相手に対して非礼な言動と取る』という悪質な反則に当てはまるのだろう。
なぜならオレは、無意識とはいえ迫りくる切っ先を右手の甲で払い除け、あろう事かそのまま回転して、北原さんの側頭部へ後ろ回し蹴りを放ってしまったのだ。
まあ、不幸中の幸いなのは、オレのカカトが北原さんのコメカミの数センチ手前で止まっている事だろう……
って! そんな冷静に現状把握をしてる場合じゃねぇしっ!!
オレが慌てて上げていた足を下ろすと、北原さんは腰を抜かしたかの様にその場へペタリと座り込んだ。
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!!」
呆然とする北原さんに駆け寄り、片膝を付いて肩を揺するオレ。
「だ、大丈夫です……」
心ここにあらずといった感じで、無感情な返事を返す北原さん。
その表情は、完全に茫然自失といった感じだ。
「先生……とりあえず礼をして試合を終了させますので、下がって下さい、でございます」
「えっ? ええ、分かった……」
主審である撥麗さんの指示に従い、立ち上がって開始線まで下がろうとした瞬間――
「えっ!? ちょっ、まっ!!」
いきなり立ち上がった北原さんが、出口に向かって走り出していた。
慌てて後を追うオレ。
事の成り行きについて行けない面々の唖然とした視線を背に受けながら、剣道場の扉を開けてエントランスへ出る。
「あっ……」
しかし、北原さんを追っていたオレの足は、エントランスに出て直ぐに止まってしまった。
彼女が向かった先は、剣道場からエントランスに出て右手。
つまり外から入って来た場合の左手――更衣室とシャワールームの方なのである。
被っていた面を外し、北原さんが消えた更衣室の扉を茫然と見つめるオレ。
『大丈夫だ。その格好な更衣室に入っても、なんら問題ない。いや、むしろ自然』
うるさい黙れ。
頭の中で聞こえる悪魔の囁きを、オレは今朝同様に鋼の意思で断ち切った。
しかし……
『いやでも、どうせ乱入するなら、真琴ちゃんがいる時がいいな。とゆうか、真琴ちゃんがいないのなら、乱入する価値はない』
って、なに言ってんの、悪魔のオレ?
『そう、真琴ちゃん最高! 真琴ちゃんマジ天使っ! てゆうかチョー愛してるっ!!』
えっ、そうなの? オレって奴は、真琴ちゃんを愛していたのか?
てゆうか……
「何してんの、真琴ちゃん?」
制服に剣道の面を着けて、背後からオレの耳元へ囁いていた人物に声をかけた。
「いいえ、わたしは真琴ちゃんではありません。わたしは悪魔サイドの人格、ブラック南です」
「そして、わたくしが天使サイドの人格、ホワイト南です。悪魔に騙されてはいけません。あなたが本当に愛しているのは西園寺響――」
「いやいや、響華さんも、こんな冗談に付き合わなくていいから」
次いで、反対側の耳元で囁く、やはり制服に面を着けた人物にツッコミを入れる。
「冗談ではありませんのに……」
面を外しながら、何やら小声で呟く響華さん。
「えっ? なに?」
「なんでもありませんっ!」
頬を膨らませ、ソッポを向く響華さん。
ホントに今日はコレばっかだな……
てか、真琴ちゃんに少し甘い所があるとは思っていたけど、あの響華さんが、こんな茶番にまで付き合うとは驚きだ。
「それよりもですっ! まさかあの中まで追って行くおつもりじゃ、ありませんわよね?」
そう言って、更衣室への扉に目を向ける響華さん。
「いや、さすがにあの中へ入るのは、無理でしょう」
「さすがお兄ちゃん、見事なヘタレっぷり」
「ヘタレじゃありません、紳士です。それからお兄ちゃん言わない」
ピシャリと言い切って、後ろにいる真琴ちゃんの頭を軽く小突く。
あまり甘い顔ばかりみせていると、教育上良くないし。仮にもオレは、一応教師だし。
「てへっ☆」
しかし、小さく舌を出して、嬉しそうに笑う真琴ちゃん。
うむ、まったく反省を促せてはいないようだ。
「むぅ……では、どうするおつもりですか?」
腕を組んで、横目で睨むような視線を送りながら問う響華さん。
てか、さっきより機嫌が悪くなってないか?
ホント、思春期の女の子ってのは、よくわからん……
「入って行けないなら、天の岩戸が開くまで、待つしかないでしょ――とりあえず、オレも借りた防具を返して、着替えて来るから」
そう言って踵を返し、剣道場の方――背後にいた二人の方へと振り返る。
「そういう事なら仕方ありません。わたしも、お付き合いしますわ」
「なら、わたしもっ! 期間限定、ブルーレイ発売記念コラボ商品、シン・ゴヅラ味のうんまい棒でも食べながら、みんなで待ってようよ」
それってどんな味だよ……まったく想像出来ん。
いや、それよりも……
「それはムリじゃないかな?」
二人並んだ彼女達の背後に目をやりながら、オレは苦笑いを浮かべた。
「「え……?」」
頭に疑問符を浮かべながら、オレの視線を追うように振り返る二人。
「ふ、二葉さんっ!?」
「げっ! 委員長……」
そう、彼女達の背後には、生徒会書記のメガネっ娘と真琴ちゃんのクラスの委員長が黒いオーラを漂わせながら仁王立ちしていたのだ。
「探しましたよ、響華さま」
「探しましたよ、真琴さん」
声をハモらせるながら、お互いのターゲットを捕獲。
そして、何故かオレをひと睨みしてから踵を返すメガネっ娘と委員長――
てゆうか、オレが悪いの?
「響華さま、まだ生徒会のお仕事が残っております。早くお戻り下さい」
「真琴さん、まだ週番のお仕事が残っておりましてよ。早く戻って下さいまし」
まるで売られて行く仔牛の様な瞳で、連行されて行く二人。そんな悲しそうな瞳を見ながら、オレは一つ心に誓った。
今日は……
今日こそは、昨日食いそびれた牛丼を食って帰ろう……卵付きで。




