第十二局 試合 二本場『気当てと息吹』
一ッ口さんの開始合図と共に、北原さんは大きく息を吸い込んだ。
そして……
「キィエアアァァァァァァァァーーッ!!」
その小柄な身体からは想像出来ない、気合いの声を発っする北原さん。
そして、その行為に驚き、目を丸くするお嬢様たち。
なるほど、これが剣道の気当てか……
剣道の掛け声は、身体の中で気力を満たし自身の動きや打突を俊敏にするとともに、その気迫で相手を威圧し萎縮させるという。
事実、その気当てを正面から受け止めたオレは、その気迫に威圧され、小柄な北原さんの身体が、実際より大きく見えていた。
背中に冷たい汗が流れ、視界の隅では竹刀を握る手が小刻みに震えているのが見える。
くっ……このままじゃ、秒殺どころか瞬殺だ。ならば……
オレは竹刀を片手で持ち、軽く足を開いて背筋をのばす。そして頭の上で腕を交差させると、腹部に意識を集中して大きく息を吸い、そして――
「コォォォォォォォォォ…………カッ!」
腹部に力を込めて息を吐きながら、交差した腕をゆっくりと腰へと下ろす。
よし、震えは止まった。
オレはゆっくり左足を引き、竹刀を正眼に構え直した。
「ち、ちょっ! か、解説の撥麗さんっ!? 今のはもしかして――」
「はい、息吹――でございますね」
剣道の試合では、まず見られない光景に、真琴ちゃんが声を上げ、撥麗さんが的確な解説を返す。
「息吹……?」
「はい、ラッシャー西園寺さま。息吹、でございます」
「その、ラッシャーはやめなさいっ!」
「かしこまった、でございます」
「それで、息吹というのは?」
「はい、息吹――空手に伝わる独得の呼吸法。腹部にある丹田に気を込める為の逆腹式呼吸でやがる、でございます。北原さまの発する気迫に飲まれ、萎縮しないように、南先生は息吹で丹田に気を込めて対抗した、でございます」
さすが中国拳法無影拳の師範代。畑違いの格闘技にも精通していようだ。
もっとも、情報元はマンガかアニメのような気もするけど。
って、外野に気を取られている余裕はない。こうしている間にも、ジリジリと間合いを詰めてくる北原さん。
まだ、オレの間合いには遠いけど、そろそろ……
「メェェェンッ!!」
「くっ……」
重いっ!?
遠い間合いからの飛び込み面打ちを、受け流す様に払うオレ。
北原さんの打ち込みは、先程までと明らかに違っていた。竹刀に伝わるその重い衝撃は、両腕に痺れを走らせる。
「ドオォォォォォッ!」
「つっ……」
それだけじゃない。さっきまでは攻撃を払い、ギリギリかわせていたけど、今は払い切れずに竹刀が肩や腰をかすめていく。
って! これがホントに女子高生の打ち込みかよっ!? そのちっこい身体の、どこにそんな力があるんだ?
それに、オレのがリーチは長いのに、北原さんの方が間合いが広いとか、自信なくすなぁ……
正直、剣道で北原の人間に勝てるとは思ってないけど、このまま一方的に負けるのも面白くない。
「メェェンッ!」
ここだっ!
オレは上方から迫りくる竹刀を、力一杯跳ね上げた。そして、北原さんが竹刀を戻すタイミングに合わせて、一気に間合いを詰め、鍔迫り合いへと持っていく。
「!?」
一瞬だけ驚きの表情を見せたが、すぐに冷静になって、オレの竹刀を鍔元でしっかり受け止める北原さん。
至近距離で、竹刀を押し合うオレ達。ちょっと大人げないけど、純粋な力比べなら男のオレに分があるはず。
「セイッ!!」
オレは右足を強く踏み出して、力一杯に竹刀を押し出した。
バランスを崩し、後ろへと下がる北原さん。おしっ、スキが出来た!
「小手っ!」
更にもう一歩踏み込んで、無防備になっていた左手首に向けて、竹刀を振り下ろす。
が、しかし……
「なっ!?」
オレの竹刀がヒットする瞬間、フッと左手が消えた。空振りで、前方へ体勢の崩れるオレ。対して北原さんは、右手一本で竹刀を振り上げる。
まさか……誘われた? しかもこれは――小手抜き片手面っ!?
「メェェェェンッ!」
「くっ!」
鋭く振り下ろされる、北原さんの竹刀。
正直、女子の片手面は、よほど綺麗に決まらないと一本にならない。ましては下がりながらの面――引き面ではまず一本にはならないだろう。
それでも、あまりにも気迫のこもった打ち込みに、反射的に身体が動いてしまった。
崩れた体勢から強引に身体を捻ってかわすオレ。
しかし、北原さんの竹刀は途中で軌道を直角を変え、オレの側頭部を竹刀の側面で払った。
ヤバッ! 強引に捻ったところを竹刀で押され、完全に体勢を崩された。
次はかわせない……
オレがそう思うと同時に、北原さんは再び竹刀を振り上げ――
「面有り、一本です」
え……?




