表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『オレの生徒はお嬢様!?』  作者: 宇都宮かずし
第二部 オレの生徒は男性恐怖症!?
54/137

第十一局 試合 一本場『空手に先手なし』

 お互い竹刀を正眼に構え、ジリジリとゆっくり間合いを詰めていく。そのまま、ある一定の間合いまで詰めたところで、オレの足が止まった――

 いや、止められた……


 オレが静止すると同時に、やはり足を止めた北原さん。

 二人の間合は、正に一足一刀の間合いの数センチ手前。北原さんの放つプレッシャーに押され、その数センチが踏み出せないオレ。


 くっ……七つも年下の女の子に気圧されるとか、情けねぇ……


 北原さんの正眼は、素人のオレなんかと違って、まったくスキがない。

 正直、こちらからこの数センチを踏み出すと、その後は負けのビジョンしか浮かんでこない……


 ならば……


「おぉ~っと! 南選手、ヘタレましたっ! せっかく間合いを詰めたのに、ジリジリ後退して行きます。その姿は、まるで浮気が彼女にバレて問いつめられ、ビビリながら後退(あとずさ)るヘタレ男の様だぁ~~っ!!」


 うるさいよ、ジャストミート真琴。


「ああぁぁ~とっ!? しかし女も黙ってませんっ! 下手な言い訳は通用しないとばかりに、ジリジリと浮気男を追い詰めるぅぅ~~っ!!」


 誰が浮気男やねんっ!? 浮気どころか、本命すらおらんわっ!


 とはいえ、比喩はともかく状況は真琴ちゃんの実況通りだ。

 オレが引いた分、北原さんがきっちり同じだけ間合いを詰めてくる。


「さて、解説の撥麗さん。この状況を、どうご覧になりますか?」

「そうですねぇ、でございます。南先生選手は、一足一刀の間合いという、あと一足踏み出せば剣が打ち込める間合いの、僅かに外にいます、でございます。真琴さまのおっしゃる通り、忍さま選手のプレッシャーにヘタレて、打ち込める間合いに入っていけない、でございます――ただ、南先生選手は、一つ勘違いをしている、でございますよ。そこに早く気付かなければ……でございます」


 なにやら思わせぶりな事も言う撥麗さん。

 てか、勘違いだと……?


「どうしました先生? 打ち込んで来ないのですか?」


 正眼の構えをまったく崩さずに、ジリジリと間合いを詰めながら、北原さんは静かに口を開いた。


「あいにくと、わたしは空手畑の出だからね」

「空手畑……? なるほど、空手に先手なし……後の先狙いですか?」


 さすがは武芸百般の北原家のお嬢様。空手の心得にも精通してらっしゃるようだ。


 空手に先手なし――元々は『空手を心得る者は、決して自分から事を起こしたり、好戦的な態度をとって力をひけらかすな』と言う意味だ。


 更には、相手の攻撃を受け、相手の力量を知り、技を見極めよ。つまり、彼を知り己を知れば、百戦殆からず。

 そして、相手の攻撃を受け、即反撃。いわゆるカウンター狙い。そのため空手の形は、全て受けから始まっている。


 って、カッコつけてはみたけど、実際はビビって間合いに入れないだけだけど……


「先生……先程、撥麗さんがおっしゃっていた、先生の勘違いを教えておきます」


 …………っ!?


「確かに、そこは先生にとって、間合いの外。でも…………わたしにとっては、すでに間合いの中ですっ!」


 言うと同時に、北原さんの竹刀が眼前を迫りくる。


「面っ!!」

「ちっ!?」


 咄嗟に竹刀で払い、右に動いてギリギリで北原さんの面打ちをかわす。


 は、早いっ!? てか、あの距離を一歩で詰めるとかマジかよ。女子の中でも小柄なのに、男のオレより間合いが広いってのか?


 そんな毒づく間もなく、北原さんの流れる様な連続攻撃が降り注ぐ。


「面っ!! 小手っ!! 面っ!! 面っ!! 胴ぉーっ!!」

「くっ……」


 有効打突ポイントへ、正確に迫りくる北原さんの竹刀。そして、その攻撃をギリギリで凌いていくオレ。


「小手っ!!」

『しかし……』


 北原さんの小手打ちを鍔元で払い、後ろに下がりながら、間合いを開ける。


『こんな……』


 竹刀を払われても、まったく上体を崩す事なく、間合いを詰める北原さん。


『こんな……』


 オレ達の息詰まる攻防に、息を呑む剣道部員たち。真琴ちゃんたちですら、解説を忘れて見入っている。


『しかし……こんな……こんなモノなのか……?』


 虚偽動作(フェイント)ひとつなく、真っ直ぐで素直な打ち込み。素人のオレでも、ギリギリでかわせる打ち込み。

 確かにスキもなく、コッチから打って出る余裕はない。


 しかし……それでも……


 彼女の実力は、本当にこんなモノなのか……?


 数合の打ち合いで、目が慣れてきたのか。かわすのはギリギリながらも、徐々に相手を見る余裕が出てきた。

 正直、剣道のルール内なら、オレなんか軽く圧倒すると思っていた。


 なのに……


「面ーーっ!!」


 北原さんの飛び込み面打ちを上方に弾いた瞬間、彼女の身体が不自然に後方へ流れた。


 そう、不自然に……


 上体は崩れていないのにもかかわらず、不自然にもつれる足。面の隙間から覗く、眼力のない不自然な瞳。


 そして、不自然にガラ空きの胴……


「ちっ……」

「え……?」


 絶好のスキに対してオレは、構えを解いて両腕を下げた。

 その行為に不思議そうな声を漏らし、竹刀を正眼に構え直す北原さん。


 そんな北原さんを面越しに見据えて、オレはゆっくり口を開いた。


「ねえ、北原さん。あなた……どうゆうつもりでこの試合を受けてくれたの……?」

「ど、どうゆうって……」

「畑違いとはいえ、お互い武道家同士。だからわたしは、武道家南として武道家北原忍に試合を――武道家同士の真剣勝負を申し込んだつもりだったんだけど、あなたにとってはタダのお遊びだったのかな?」

「…………」


 不自然に中断する試合――

 静まり返った館内に、オレの平坦な声が静かに流れる。


「わたしがギリギリでかわせる速さの打ち込み。頃合いをみて、打ち込んで下さいとばかりに見せる大きなスキ……そんな恵んでもらうような勝ち方で、わたしが喜ぶと思った?」

「…………」

「それとも、こんな接待みたいな試合で勝ちを譲るのが、北原流の……北原十三段の教えなのかしら?」

「…………」

「…………」


 俯く北原さん。流れる沈黙……


 そんな沈黙の中、最初に口を開いたのは撥麗さんだった。


「時計係の方、時間を止めて下さい、でございます。それから一ッ口さま、動きが硬直しております。一度、待てをかけて下さい、でございます」

「そ、そうですわね……待てっ!」


 撥麗さんの指示通り待てをかけ、時間を止める一ッ口さん。そしてこの事態を、固唾を飲んで見守る剣道部員たち……


 更に沈黙の時間が続く。誰も言葉を発せず、静かな緊張感が支配する空間。


 そして、この場にいる全員の視線を浴びる中、北原さんは一歩後ろに下がって深々と頭を下げた。


「申し訳ありません……先生のおっしゃる通り、武道家として恥ずべき行為、そして南先生を愚弄する行為でした」

「それで?」

「もし……もし、許して頂けるのなら、武道家として、北原流の名に恥じぬよう全力で臨むと誓います。ですからもう一度初めから、仕切り直しをお願いしますっ!」


 試合前のオロオロとした態度など欠片も見せずに、頭を下げたままハッキリと意思を表示する北原さん。


「うん、たいへん良く出来ました。もう顔を上げて」


 ゆっくり顔を上げる北原さん。面から覗く瞳には真剣勝負に臨む武道家としての光が見て取れた。


 オレは彼女の、その真っ直ぐな態度に笑みを浮かべる。


「でも、仕切り直しは必要ないわ。このまま続けましょう――ここからは、真剣勝負で」


 そう言って開始線まで下がるオレ。しかし、そんなオレに解説席からジャストミート真琴ちゃんの声が掛かる。


「おにぃ……じゃなくて、南先生。なんで、仕切り直さないの?」


 なんでと言われても……


 オレは解説席に置かれた、電光版を見る。そこに示された残り試合時間は2分とちょい。


「だって、本気なった北原さん相手に、剣道初心者のわたしが2分も保つワケないし。もし2分以上かかるようなら、それは本気じゃないって事――でしょ?」


 口元に笑みを浮かべたオレの振りに、同じ様に口元に笑みを浮かべる北原さん。


「もちろんです。先生には申し訳ありませんが、秒殺させていただきます」


 そう、その笑顔――オレはその笑顔が見たかったんだ。

 そして、その笑顔をみんなに見て欲しかった。好きな事に打ち込む楽しさを知って欲しかったから。


 オレは北原さんが開始線に着くのを確認して、審判の一ッ口さんに見を向けた。


「中断してごめんなさい。再開をお願いします」

「わ、分かりました……では、始めっ!」


 さて、試合再開だ。せめて秒殺だけは避けたいな……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一日一ポチお願いしますm(_ _)m
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ