第十局 入場 二本場『イチゴorプチトマト』
「あ、あの~、真琴さん……本当にこんなモノを被って審判をするのですか?」
北原さん以上に恥ずかしそうな表情を浮かべる、部長の一ッ口さんことジョー・ヒトツクチさん(真琴ちゃん命名)。
その原因は一目瞭然だ。
失神レフリーとして名高い、往年の名レフリーを思わせる青と白のポロシャツを身に着けて、長く綺麗な黒髪の上からはなんと、光り輝くスキンヘッドのヅラを被っているのだから。
「バッチリです、ジョー・ヒトツクチさま! 頭を丸めて反省している感じが、よく出でいますよ。それなら響華さまもお許しになるはずですっ!」
満面の笑みでサムズアップの真琴ちゃん。
一応三年生に対して様付けをしているけど、その扱いは上級生に対するモノとは到底思えない。
「で? わたくしが何ですって?」
と、ここで隣に座る響華さんが、真琴ちゃん向かいジト目で問いかける。
「いや~、剣道部の方々が『響華さまを怒らせてしまった。西園寺家から見放される~』って困っていたから、わたしに協力してくれたら許してもらえるよう口添えをするって約束をしまして――テヘェ♪」
なるほど、この短時間で会場をセッティングしたり、入場コールがあったのもそのせいか。
「まったくあなたは、また人をダシにして……大体わたくしは――」
「分かってますよ、響華さま」
響華さんの言葉を遮って、そのまま響華さんの耳元に口を寄せる真琴ちゃん。
「響華さまは、こんなことに家同士の関係を持ち出すような、公私混同なんてしないでしょう?」
続いて今度は真琴ちゃんの耳元に口を寄せる響華さん。
「本当にもう……それを分かっていて、一ッ口さん達をいいように使って」
「テヘェ♪」
なにやらコソコソと始める二人。ここからでは会話の内容は分からないけど、呆れ顔の響華さんと無邪気な顔で舌を出す真琴ちゃん。
そして剣道部の面々は、恐らく真琴ちゃんがさっき言っていた、口添えの真っ最中だと思っているのだろう。
まるで最高裁で判決を待つ被告人のように、祈るような目で二人のやり取りを見守っている。
「確かに、こんな事に家の名前を持ち出すようなマネはしません。しかし、剣道部を叱責したのは、公私で言うなら私事ではなくて、生徒会長としての公事としてです。ですから西園寺家は関係無くとも、なにかしらの罰――そうね、奉仕活動くらいは必要ではなくて?」
「それなら、この試合の盛り上げ役と審判でいいじゃないですか?」
「それこそ公私混同ではありませんか!」
「少しくらい、いいじゃないですか? 響華さまだって、叱責は公かもしれませんけど、お兄ちゃんの後をつけてここにいるのは私でしょう?」
「な、ななななにを言っておりますの! あ、後をつけたなんて人聞きの悪い! わたしはたまたま通りがかっただけです!」
突然、顔を赤くして慌てながら、小言で怒鳴るという器用な事をやってのける響華さん。
ホントに何を話しているのやら……
「ヘェ~、たまたまですか……? そう言えばさっき、一恵さまと二葉さまの生徒会メガネっ娘コンビが響華さまを探してましたけど――呼びましょうか?」
「ちょっ! そ、それは……」
真琴ちゃんがスマホを取り出すと、響華さんは困り顔で言葉を詰まらせる。
うっ……
そんな響華さんに不適な笑みを浮かべる真琴ちゃんに、オレは思わず背筋が寒くなった。
そ、その笑い方は……姉さんの黒い笑みにソックリではないか。
なんか姉さんに憧れてとか言っていたけど、そんなとこまでマネしなくても……
「ねっ、響華さまぁ――響華さまも、お兄ちゃんに気持ちよく試合して貰いたいでしょう? ですから剣道部の事は、わたしの顔に免じて許してあげて下さい」
「ううぅ……」
響華さんの耳元に囁かれる、悪魔の囁き……
姉さんがあの笑顔を出した時の勝率は100%。それは、おそらく真琴ちゃんも同じであろう。
言葉を詰まらせていた響華さんは、やがて大きなため息を吐いた。そしてゆっくり立ち上がると、扉の隙間からスキンヘッドを輝かせる一ッ口さんの方へと向き直る。
「一ッ口さん」
「ひゃっ、ひゃい!」
あっ、噛んだ……
西園寺家次期当主さまの判決に、ガチガチに緊張し直立で立つ一ッ口さん。
「しっかり反省しているようなので、先ほどの件は見なかった事に致します。審判、頑張って下さい」
「はっ、はいっ!」
勝訴の判決に、今にもスキップを始そうな笑顔を浮かべ、小走りに花道を入場してくる一ッ口さん。
てゆうか……そのズラで、本当に反省しているように見えるのか?
「それから皆さんもっ――」
続いて、試合場を囲む剣道部員たちを見渡す響華さん。
「剣道部に入った理由は色々あるのでしょう。しかし、せっかく入部したのですから、何が楽しいのか分からないなどと言わず、楽しさを理解する努力をして下さい。そういう意味ではこの試合、とても良い機会になるでしょう。しっかり応援して盛り上げて下さい」
「「「は、はいっ!!」」」
会場中から、歓喜の声が上がる。
さすがは西園寺家の響華さま、こうゆう仕切りはピカイチだ。
「さあぁ、会長さまからお許しが出ましたので、盛り上がっていきましょう! では、南側の部員は南コール、北側の部員は忍コールをお願いします」
真琴ちゃんの言葉に、場内が二分した南コールと忍コールに包まれる。
「あう……」
しかし、その派手な声援を受け、恥ずかしそうにして俯く北原さん。
まぁ、こうゆう派手なのは苦手そうだもんなぁ……
「お二方、ルールを確認致しますので、こちらへ」
試合場の中央に立つ一ッ口さんに呼ばれ、オレと北原さんはそちらへ移動する。
「さあ、リング上ではレフリーのジョー・ヒトツクチさまがルールの確認をしていますが、こちらでも再度確認していきましょう――」
リングってどこ? てゆうか真琴ちゃん、完全にプロレスの実況だな。
「試合は試合時間5分の三本勝負。時間内で先に二本先取した方の勝ちとなる、オーソドックスな剣道ルールになります。したがって、打撃、投げ技、間接技は禁止という、南選手にはかなり不利なルールになりますが――解説のジャイアント撥麗さん」
「はい、でございます」
「長いこと放置してすみませんでした」
「いえ、お嬢様方が歓談なさっている時は、静に控えているのがメイドというモノ、でございます」
「そういうモノですか? まあ、歓談と言うより密談でしたが……でも実は密かにキレてないですか?」
「キレてないですよ。わたしキレさせたら、たいしたもんだ、でございます」
な、なんて懐かしいネタ。
てか、撥麗さん……? 既にジャイアントの片鱗すらなくなってるぞ。
「予定調和な返し。ありがとうございます」
「いえ、正直申し上げて、今更このネタをやるのは、ちょっと恥ずかしかった、でございます」
うん、気持ちはわかる。
「あらためまして撥麗さん。この試合、どのような展開になると予想されますか?」
「そうですねぇ――こと剣道のルール内で闘うのなら、忍さま選手が学院最強なのは、まず間違いないでしょう、でございます」
し、忍さま選手って……
やはりメイドの立場上、どんな場合でも、お嬢様には様付けをしないといけないのか?
「しかし、南先生選手の動体視力と反射神経も並外れていやがる、でございます。展開次第では、万が一の金星も無きにしも有らず、と言うのもやぶさかではない、でございます」
撥麗さんの予想じゃ、オレの勝率はかなり低くそうだ……
「なるほど、確かに南選手の視力は猛禽類なみ――なんでも手元の資料によると、二キロ先にいる女子高生のパンチラが視認でき、更にその柄がイチゴかプチトマトか、はたまた、ただのドット柄かまで識別出来るそうです」
出来るかっ!! つーか、どこ情報だよっ!?
「ちなみに情報元は、ペンネーム『入院中の長女は薄幸の美少女』さんからの情報です」
よし、姉さん……あとでシバくっ!
「ほう……南先生は女性なのに、パンチラがお好きなのですか? でございます。どうりで撥麗と手合わせしたとき、撥麗のパンチラをやたら気にしていると思った、でございます」
うっ……い、今それを思い出しますか?
「そう言えば確かに今思い出しますと、あれは気にしていると言うよりガン見だったような……でございます」
そ、それはまったくの誤解……ではないけど、とりあえずガン見はしてないよ……多分。
「おにぃ、友子さん……?」
「南先生……?」
逆さにした蒲鉾の断面みたいな目で、冷たい視線を送ってくる実況席の二人。
「さ、さあぁ、ジョー・ヒグチさん! 時間がもったいないので、早く試合を始めましょう、そうしましょう!」
「ちょっ、南先生っ!? まだルールの確認が終わっていませんわ。それにわたくしはヒグチではなく、ヒトツクチです」
「いいからいいから、ルールは分かったから! ささっ、北原さんも開始位置に早く!」
オレはそそくさと踵を反して、実況席の方から目を反らすように開始線の三歩後ろへと立った。
そしてオレの正面には、同じように開始線三歩後ろに立つ北原さん。
さっきまでのオロオロとした姿とは打って変わって、落ち着き払った冷静な瞳……
さすがは北原流の人間、一度試合となれば、物凄い集中力だ。
「まったく、仕方ありませんね……では試合を始めます――お互いに礼!」
ため息混じりに一歩下がり、試合を宣言する一ッ口さんの掛け声に合わせ、提刀でお互い頭を下げる。
そしてゆっくりと開始線まで進み、蹲踞――片膝を着いて合図を待つ。
色々と遠回りをしたけど、ようやく試合の始まりだ。
「始めーーっ!」
主審、ジョー・ヒトツクチさんの手が高らかに挙がり、試合開始が宣言された。




