第九局 入場 一本場『ジャストミート』
『4・24、ラファール武道館。永遠に交わるはずのなかった二人の格闘家人生……今宵、格闘ファンの夢がかなう――』
窓などない屋内型の剣道場。照明が完全に落とされた暗闇の中、良く通る綺麗な声がスピーカー越しに聴こえてきた。
『学院絶対王者の前に舞い降りた関節技の女神。相手の身体も心もへし折る新・南十字固めを武器に、世代の壁を越え学院最強剣士に挑む――――ハイブラッド南選手の入場ですっ!!』
その声が合図だったかのように、スピーカーから『スパル◯ンX』のテーマ曲が流れ、オレの前から試合場までの間がスポットライトに照らされた。
そして、それと同時に巻き起こるミサワ――じゃなくてミナミコール。
「ふっ、関節技の恐ろしさ、その身体に教えてあげるわ…………じゃなくてっ! 剣道で関節技はダメ、絶対っ! いじめカッコ悪いっ!! ってか、ネオ・サザンクロスロックなんて以ての他だからっ!!」
『期待度通りのノリツッコミ、ありがとうございます』
いつの間に用意したのか、オレから見て試合場の反対側に置かれた長机。
そこには制服姿の女生徒とメイドさんが座っていた。
光源がスポットライトだけなので顔の判別は出来ないけど、ネオ・サザンクロスロックなんて、某女子プロレスゲームにしか出てこないような、超マイナー技を知っている生徒は限られている。
この技は姉さんの得意技の一つで、子供の頃は何度この技に泣かされたことか……
ちなみに比喩ではなく、マジで泣かされた。
そして、その技を知っているとなれば――
「なにしてんの、真琴ちゃん?」
そう、彼女しかいないだろう。
『いえ、今のわたしは真琴ちゃんではありません。実況の福沢ジャストミート真琴と呼んで下さい。ジャストミィィィーーーートッ!!』
いや、ジャストミートって……
『ちなみに、解説はお馴染みこの方――世界のジャイアント撥麗さんです。よろしくお願いします』
『はい、よろしく。元気ですかぁぁぁぁーっ!? でございます』
な、なんで撥麗さんまで? てゆうか『元気ですか』は、ジャイアントじゃなくてアントニオだから。
「まったく……見かけないと思ったら、いつの間にこのような準備をしたのですか?」
さっきまで、オレと一緒に唖然としていた響華さん。事の真相に、呆れ顔でため息を吐いた。
「いや、おにぃ――じゃなくて、友子さんが剣道部に行くって言ってたから、多分こうなるだろうと思って。試合になったら、すぐに会場のセッティングが出来るように昼休みから準備してました。正にわたしの予想が、ジャストミィィーーーートッ!!」
いや、もうジャストミートはもういいから。
「てゆうか、実況って――真琴ちゃん、剣道のルール知ってるの?」
「それはバッチリ♪ 授業中にパンプーブレードと六三一の剣、それと素浪人剣芯を読破したから。今なら先生んちのアパートのドアくらい、牙凸零式で破れそうな気がする」
そう言いながら、スマホを取り出す真琴ちゃん。
てか、それはマジ勘弁してください……
しかし、電子書籍を惜し気もなく、そんなにたくさんダウンロードするとは……
なんだかんだ言っても、真琴ちゃんもお嬢様なんだな。
「それよりも南先生。もう曲が終わりそうだ、ございます。早く入場して――――来いヤァァーッ! でございます」
「えっ? あ、ああ……はいはい」
アントニオ調から一転、今度は高田調の撥麗さんに促され試合場へ歩き出すと、再び剣道部員たちからミナミコールが上がる。
きっとこれも真琴ちゃんの仕込みなのだろう。
てゆうか撥麗さんの方は、どんどんジャイアントから離れていっているけど、良いのか?
「あっ、ラッシャー西園寺さまは、良かったらゲスト解説として、こちらへどうぞ」
「誰がラッシャー西園寺ですか、まったく……」
と、文句を言いながらも、真琴ちゃんの座る実況席へと向かう響華さん。
しっかし……
あのお堅く厳しい響華さんが、何となく真琴ちゃんには甘いような気がするのは、気のせいだろうか?
そんな事を考えながら、一辺が約十メートルの正方形に引かれた白いラインを踏み越えた時、控え室とは逆側にあるエントランス側の扉が微かに開かれた。
「あ、あの~、もう入ってもよろしいのでしょうか……?」
隙間からひょっこりと、面を被った顔を覗かせる北原さん。
「あっ! まだまだっ! いま、入場曲を替えるから、そうしたら入って来――」
「そんなのはいいですから、早く入っていらっしゃい」
真琴ちゃんのダメ出しを遮って、北原さんへ入って来るように促す響華さん。
「ううっ……せっかく色々と段取りをとか、二人に合う入場曲とか考えたのに……」
「時間のムダです」
北原さんに合う入場曲のというのが何なのかは少し気になるけど、真琴ちゃんの不満をピシャリとシャットアウト。
この辺は、さすが西園寺家の次期当主さまだ。
「で、では……」
みんなが注目する中、北原さんはオズオズと恥ずかしそうに入ってくる。
「まあいいや――じゃあ、審判のジョー・ヒトツクチさまも一緒に入っちゃって下さい」
真琴ちゃんの呼び掛けに、先ほどと同じエントランス側の扉が微かに開く。
「なっ!?」
北原さんと同じように、ひょっこりと顔を覗かせた一ッ口さん。
しかし、そのあまりにも衝撃的な姿に、オレは思わず絶句した……




