第九局 控え室 二本場『学院最強』
「あら、お忘れですか先生? この学院にいるのは生徒と教員だけではありませんよ」
含みのある笑顔で、持ってまわった言い方をする響華さん。
ん? 生徒と教員だけじゃない? それって……まさか!?
響華さんの遠回しな言い方に、すぐには言葉の意味を理解出来なかったけど……
「もしかして、メイドさんたちも含めてって事?」
「ええ、その通りです。この学院には生徒とほぼ同数のメイドがいるんですのよ。そしてわたし付きのメイドもそうですけど、ほとんどのメイドが身の回りの世話だけでなく護衛も兼ねています。つまりプロのボディガード――先生のクラスですと、白鳥家の葵さんが教室までメイドを同行させていましたわよね? 確か撥麗さんって言ったかしら」
白鳥さん――
我がクラスの委員長でゴージャス巻き髪のお嬢様。そしてそのメイドの撥麗さん。主従漫才コンビとしての実力もさる事ながら、撥麗さんは中国拳法無影拳の達人だ。
なにより彼女の実力は、一度手合わせをした事があるのでよく知っている。
正直、教室の天井があと1メートル高かったら、今頃オレは姉さんの隣のベッドにいたかもしれない。
「てことは、あの撥麗さんよりも強いってこと?」
「直接手合わせしたなんて話しは聞きませんけど、ウチのつばめの見立てでは、北原さんの方が強いって言っていましたわ。まあ、あくまでも、北原さんが竹刀を持っていればの話しですけど」
つばめ……? あぁ、響華さんのメイドさんか。
「ちなみにそのつばめさんって、格闘技とか詳しいの?」
「ええ、わたくしのボディガードも兼ねていますから当然です。それに、つばめの護身術の基礎は北原流ですのよ。それを自己流にアレンジしていますけど。今でも、たまに北原の道場に出向いて稽古をつけてもらっていますわ」
北原流で、西園寺家の次期当主のボディガードに選ばれる人の見立てなら、的はずれって事はないだろう。
「ふっ……おもしろい――」
撥麗さんみたいに、強い人を見たら手合わせしたくなるのは格闘家の性――
とまでは言わないけど、格闘技を習ったからには、やはり強い人とは手合わせしたくなるものである。
それに、今回は撥麗さんの時みたいに実戦形式ではなく、防具を着けての試合形式。怪我をさせてしまう心配はほとんどない。
「おもしろいって……北原さんに剣道で勝つおつもりですか?」
「まさか、勝てるなんて思ってないよ。ただ――」
「ただ?」
「北原さんに部活を楽しんでもらうのが目的だったけど、オレも楽しめそうだなと思って」
口元に浮かぶ笑みを隠すように面を被り、小手をはめるオレ。
「うらやましい……」
「えっ? 何か言った?」
何やら小声で呟く響華さん。面を被っているせいもあり、全く聞き取れなった呟き。
「なんでもありません」
そして、またまたソッポを向かれてしまった……
何なんだ? さっきからこればっかだな。
「それよりも、その格好……なにか変じゃありませんか?」
響華さんの指摘に、壁にある大きな鏡で自分の姿を確認する。
スリムパンツとブラウスの上から剣道の防具を身に付けているオレ。
確かに変だ……
さっきまで、制服の上から防具を着ている生徒たちを変だと思っていたけど、それに負けず劣らず変だ……
「ま、まあぁ、今日限りだし……いいんじゃないかな?」
「先生が良いのでしたら構いませんけど」
「今さら誰かに剣道着を借りる訳にはいかないしね……」
それに慣れていない分、着替えに結構時間をくってしまった。みんな待っているだろうから、そろそろ行かないと。
「じゃ、行くとしましょうか」
オレは机に立て掛けてあった竹刀を手にして、控え室から剣道場につながる扉を開い――
「んっ?」
「えっ?」
扉を開いた先にあった光景に、呆気に取られ呆然とするオレと響華さん。
オレが着替えている間に何があったのか?
扉の先にあったのは、照明が落とされ真っ暗になった剣道場だった――
 




