第八局 剣道部 二本場『なぜ家業を?』
昔の人は言いました。『下手の考えて休むに似たり』と。
剣道部の……とゆうか、この学校の部活の現状を色々考えてみたけど、オレがいくら考えたどころで何が出来るワケもない。何より今考えるべきはそこじゃない。
今考える事は、男性恐怖症の女の子が、相手を男だと知らずに、好意を持ってしまったという事をどうするかだ。
そのため今朝は早起きしたというのに、剣道部のあまりの現状にスッカリ忘れていた。
というわけで放課後になり、一通りの雑務を終わらせ再び剣道部のある武道館に向かっているオレ。
とりあえず、納得はいかないけど気持ちの切り替えは出来た。また剣道部が今朝のような活動をしていても我慢出来るだろう。
出来れば、彼女たちにも部活の楽しさを知ってもらえればいいんだけど――
そんな事を思いながら、入り口の自動ドアからエントランスを抜け、左手の更衣し――じゃなくてっ! 正面の扉を開いて剣道場へと足を踏み入れた。
朝よりは若干人数は多目だけど、相変わらず練習をしている子はほとんどのいない――とゆうか、今は一人もいない。
とりあえず中に入って、辺りを見渡してみるけど――
ん~、北原さんは居ないのか?
この剣道部とは思えないマッタリ雰囲気の中では、北原さんの雰囲気は思い切り浮いているので、すぐ分かると思ったんだけど……
「あら、南先生。ごきげんよう」
「こんな所で、いかがなされたのですか?」
入り口の前でキョロキョロしていると、ちょうど後ろの扉が開き、見覚えのある二人組が現れた。
確かウチのクラスの…………ヤベっ、名前忘れた。
と、とりあえず、モブ子さん(仮)とモブ代さん(仮)としておこう。
「ご、ごきげんよう――え~と、二人は剣道部なのかしら?」
ごきげんようって……
自分で言ってて違和感有りまくり。この学院に来るまでは、まさか自分がこんな挨拶をするとは思ってもみなかった。
「はい、わたくしたち二人とも剣道部ですわ」
上品に微笑みながら答えるモブ子さん(仮)。剣道部ならちょうどいい、この二人に聞いてみよう。
「一年生の北原さんを探しているのだけど、今日は部活休んでるのかしら?」
「北原さんと言われますと――忍さんの事ですか?」
「ええ、そう。北原忍さん」
「彼女が部活を休むなどという事は、あまりないのですが……」
「わたくし、部長に聞いて参りますね」
そう言ってモブ代さん(仮)は、小走りにティータイムを楽しんでいるお嬢様たちの方へ向かった。
「ところで先生、少々お聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「なにかしら?」
と言っても、こんな所で授業の分からないところとか質問されても答えられないぞ。
教員用の教科書通り教えているだけで、正直オレ自身あまり理解していないし……
まぁもっとも、ほとんどの生徒が寮で同居しているメイドさんが家庭教師も兼ねているらしいので、今まで授業の質問などされた事はないけど。
「南先生が、最近よく生徒会の方へ出入りしているという噂を耳にしたのですが、本当なのでしょうか?」
授業の質問じゃなかったけど、その内容は予想の斜め上だった。とゆうか、なんでそんな事が噂になるのだろう?
「まぁ……本当と言えば本当ね。まだ非公式だけど、一応生徒会の顧問になったから」
「…………!?」
特に隠すつもりもないので、軽い気持ちで口にしたんだけど――
なぜか回りの空気が一変した。質問をした当のモブ子さんに至っては、目を見開き絶句している。
そして――
「えぇぇぇーーーーっ!?」
「どういうことですか、南先生っ!?」
「生徒会に顧問なんて、信じられないですよっ!!」
「で、では、き、ききき響華さまとっとととっーーーー!?」
は、はやっ!?
今まで少し離れた所でお茶会をしていた生徒たちが、一気に集まって来た。
数十人の女生徒たちに一斉に詰め寄られ、後退して背中を壁に貼り付けるオレ。
「な、なんかよく分からないけど、とりあえずごめんなさいっ! とゆうか、みんな落ち着いて――」
「「「「「落ち着いている場合ではありませんわっ!!」」」」」
「はいっ! すみません!」
なんかよく分からないけど、とりあえず謝罪の言葉を口にするオレ――
てゆうかオレ、一応教師だよね?
ただ、最初はみんな怒っているのかと思っていたけど、そうではないらしい。詰め寄っている子たちの目は、一様に何かを期待しているような光に満ち溢れていた。
しかし、そんな少女たちの好奇の目に晒されて、顔を引き吊らせているオレ。
「そんな事より、もっと詳しく教えて下さいまし、先生!」
「そうですわ! 教員が生徒会に出入りするだけで前代未聞なのに、それが顧問だなんて――それは、学院側の意向なんですの?」
当初の目的とは大幅に話しが変わってきているけど、こんなに興奮されていたのではマトモに話しも出来やしない。とりあえず落ち着くまで、生徒たちの質問に答えていくしかないか……
「い、いや、学院側と言うよりは、生徒会側――いや、西園寺さんの意向かな。学院長と教頭は難色を示しているけど、西園寺さんと理事長に押し切られた感じで。だからまだ非公式扱いなんだけど――」
「き、響華さまのっ!?」
「どういうことですの? 響華さまが生徒会に顧問を置くなんて……も、もしや先生は響華さまの縁戚なのですか? わたくし一ッ口ファイナンスの平羅と申します」
「縁戚ですって!? 弁護士の沖田光の娘、奏です。それは本当なのですか!?」
「縁戚って!? 違う違う! 響華さ――西園寺さんとは個人的な友人というだけだから」
勝手に親戚にしないでくれ。とゆうか、なぜそんな自己紹介をする?
「ご友人……? それはどの程度のお付きあいなのですか? 永倉製薬の彩乃です」
「そうです、それは西園寺のご当主さまともお付き合いがあるという事なのでしょうか? 斉藤ツーリストです」
だから、何でイチイチ家業を言うのかな……?
「どの程度って言われても――とりあえず当主という人には会った事ないけど……西園寺さんは、たまにウチに来て、ご飯を食べて行くくら――」
「お、お食事なんてっ!? 藤堂フィナンシャルグループです」
「あぁあ、響華さまと晩餐……なんて羨ましい。伊藤商事です」
いや、晩餐なんていいものじゃないから。
「きっと響華さまは、豪華で綺羅びやかなドレスをお召しなのでしょうね……武田医院でございます」
「そして優雅な立ち振舞い……目に浮かぶようですわ……原田医療機器です」
「ホントに……あぁ……わたくしもご一緒致したいですわ……山南重工でございます」
メイド服で魚の内臓が飛び散るような食卓で良ければ、いつでもどうぞ……
皆さん何やら色々と想像を膨らませて、夢見る乙女のような目になってしまっているけど、どうしたもんか……?
完全に話しが明後日の方に逸れているし、部長に聞いて来るとか言っていたモブ代さん(仮)も、その事はスッカリ忘れているみたいだし……
しゃーない、自分で聞くか。
「と、ところで皆さん。話しを戻したいのだけど……部長さんはどなたかしら?」
「わたくしです。一ッ口ファイナンスの平羅です。西園寺家には日頃からお世話になっております。一ッ口ファイナンスです」
なぜ二回も言う……と言うより、個人的な友人だと言ってるのに、オレと響華さんの関係を完全に誤解しているようだ。
以前に響華さんが、利益の絡まない人間関係なんて有り得ないとか言っていたけど……確かに周りがこんな環境では、そんな考え方になっても仕方ないのかもしれない。
ただ、オレに取り入ったところで西園寺家との関係には何の意味もないのだけれど、多分この妄想状態のお嬢様たちには理解してもらえないだろう――とゆうか、誤解を解くのもめんどくさい。とりあえず、このまま話しを進めさせてもらおう。
「え~と、一年生の北原さんを探していたのだけれど、今日はお休みなのかしら?」
「北原さんですか? いえ、来ておりますわ。ただ、少し前にロードワークに行くと言って一人で出て行かれましたので、間もなく戻って来るのではないでしょうか」
ロードワークか――
どのくらい走って来るのかは分からないけど、間もなく戻ると言うのならここで待たせてもらおうかな。
てか、一人でって……
「皆さんは行かないの? ロードワーク」
「どうしてですの?」
トキョンとした顔で聞き返す一ッ口さん。
いや、どうしてって……そんな行かないのが当たり前みたいな顔されても……
「本当に不思議ですわ。校庭を走って何が楽しいのかしら?」
「まったくです。それにこのような晴れた日に、日傘も差さずに出歩いては日に焼けしてしまいますわ」
「だいたい、あの子はなぜ練習などするのでしょうか?」
ちょっと待て、オイ……
なぜ練習などするのでしょうか――じゃねぇよっ! あんたらは、なぜ練習をしないんだよっ!?
「本当にそうですわ。意味が分かりません」
「そもそも剣道など、何が楽しいのでしょう?」
「入部して二年になりますが、わたくし剣道の楽しさなど、まったく分かりません」
「ええ、こんな野蛮なもの……ホント理解出来ませんわ」
口々に愚痴り始めるお嬢様たち……
朝に緑先生から話しを聞いた時には、ある意味彼女も被害者のような印象だった。
しかし……しかしだ!
こんな事を言わせておいていいのか? 事情は色々あるだろうし、望まない形での入部なのかもしれない。
ただ、それでも剣道部なのだろう? そして極一部かもしれないけど、北原さんのように真面目に取り組んでいる子だっているんだ。
せめてそうゆう子の邪魔はしないで――
「まぁ、それでも練習したいなら、せめて今みたいに外でしてもらいたいですわ。お茶の最中に横で素振りなどされては気になって仕方ないですし」
「そうですわ、武家か公家か知りませんけど、旧家の人間の考える事は分かりません。そんなに練習がしたいなら、他所の学校に行けばいいですのに」
「いくら北原が名家とは言え、一年生が大きな顔しないで頂きたいですわ」
くっ! さすがにこれは聞き捨てならない。
「ちょっとアナタたち、いい加減に――」
「いい加減になさいっ!」
あまりの言い分に、声を上げるオレ。しかしその瞬間、突然勢いよく扉が開き、オレの上げた声をカキ消すような怒声が響いた。
 




