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『オレの生徒はお嬢様!?』  作者: 宇都宮かずし
第二部 オレの生徒は男性恐怖症!?
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第八局 剣道部 一本場『部活の意味』

 武道系専用で三階建の豪華な体育館。通称『武道館』。


 ほぼ部活以外では使用されない体育館で、一階が剣道場、二階が合気柔道場、三階が弓道場になっている。


 校舎から続く渡り廊下を通って入口の前に立つと、大きなガラスで出来た自動ドアがスーッと開いた。


 って、こんなとこまで自動ドアにしなくても……ホント、エコに優しくない学校だ。


 中に入るとまず、真っ赤な絨毯が敷き詰められたホテルのロビーのようなエントランスになっている。

 右手にはエレベーター、左手には更衣室とシャワー室。そして、正面には剣道場へ続く大きな扉――


 オレは目的地である左手――でなく、正面の扉へと向かった。そう、目的地は正面。決して左ではない。


『その格好なら左に行っても大丈夫だって。いや、むしろ左に行くのが男として自然な行動だ! 少し覗いて行こうぜ!』


 うるさい黙れっ!


 頭の中で聞こえる悪魔の囁きを、鋼の意思で断ち切りながら正面の扉へと足を進めるオレ。


 気密性と防音性が高そうな両開きの大きな扉。その片方を少しだけ開けて、中を覗き込んだ。


「………………」


 (ひのき)の香りがほのかに香る剣道場。

 しかし、そこに広がる光景にオレは言葉を失った……


 目の前に広がっていたのは真新しい板張りの綺麗な剣道場。広さでいえばオレの母校である、開花大空手部の二倍以上――四試合が一度に出来る広さだ。


 しかし、この学校にもある程度は慣れて来ているので、この豪華な剣道場も想定内である。

 オレが言葉を失ったのは、その練習風景――


 こ、これが部活か……?


 これで全員なのかは分からないけど、とりあえず集まっている部員は二十人そこそこ。

 しかし、半数以上が制服のままだ。


 そして四面ある試合スペースのうち三面では、おそらく試合形式と思われる練習が行われている。

 そのうち二面で行われている試合(?)は、基礎もなにも出来ていないのだろう。防具も着けずに、ただ竹刀をペチペチとぶつけ合っているだけ……正直言って子供のチャンバラ遊びより低レベルだ。


 しかし、何より一番驚いたのは道場の右手にある、まるでカフェテリアのようなスペース。ほとんどの生徒がそっちで、メイドを侍らせお茶を飲みながら談笑をしているのだ。


 こんなお嬢様校だ、そりゃあ熱血スポコン的な練習はないだろうと思ってはいたけど――いくらなんでも、これは酷すぎる……


 部活って、こうゆうモノじゃないだろう?

 勝ち負けもあるけど、ナニより部員全員が何か一つの目標に向かって努力したり、仲間同士の絆を深めたりするモノじゃないのか?


 少なくともオレの学生時代の部活はそうだった。

 畑は違えど空手部と剣道部……同じ武道系の部活出身としては、いたたまれない気持ちになってくる。

 お茶飲んで談笑したいのならば、別に剣道部じゃなくてもいいだろうに……


 ただ、そんな部員の中だから一際(ひときわ)目を引く子がいた。


 左手奥の試合場。剣道着に袴、そして防具をしっかり身に着けて、綺麗な正眼の構えで立つ小柄な生徒。

 面を着けているので顔は見えないけど、明らかに経験者だ。


 ただ、その相手の方は問題外。制服の上から中途半端に防具を着けて、よく分からない構えで立っている。

 てゆうか竹刀の握りが逆じゃないか? それともサウスポーか?


「いきますわよ、えいっ!」


 何やら可愛らしい掛け声をあげて、全くスキのない相手に大上段からの面打ちをする制服防具っ子。

 当然そんな攻撃が通用するハズもなく、軽く左へ払われる。


 よし、崩した――と言うか、勝手に崩れた……って、えっ?


 体勢を崩してスキだらけの相手を前に、小柄な生徒は全く動かずにいた。


 そうこうしているうちに、体勢を整え――ずに、ムリな体勢から竹刀を振り上げる制服防具っ子。


「面です!」


 そんな小学生でもかわせそうなヘロヘロのガバ面を、今度は微動だにせず受ける小柄な生徒……


「一本! それまでです」


 制服防具っ子の旗を上げる、やはり制服姿の審判。


 なんで……?


 キャッキャ、キャッキャと浮かれている制服防具っ子と制服審判っ子をよそに、キッチリ礼をして下がる小柄な生徒。

 そのまま壁際まで下がると、正座をしてゆっくりと面を外した。


 北原さん……


 面の下から表れた顔は見知った顔――予想はしていたけど、やはり北原忍さんだった。

 ただその表情は、昨日と別人のよう――まるで人形のように無表情だ。


 でも、気持ちは分からなくもない。武芸百般である北原家の人間が、こんな子供の遊びみたいな剣道をやらされていれば……


「ふぅーっ……」

「にょわっ!?」


 突然背後から耳に息を吹きかけられ、素っ頓狂な声を上げるオレ。


「随分と熱心に見ているけど、ご執心の子でもいるのかしら?」

「み、緑先生っ!?」


 オレの背後を取っていたのは、オレが副担任を勤める2年F組の正担任にして、職員室ではオレの隣の席に座る一色緑先生。


 普段はのほほんとしたホンワカ系に見えて、実はかなりヤリ手の先生である。

 しかも、確認した訳じゃないけど、オレの正体を知っている節もある。


「それで、南先生はこんな所で何をしているのかしら?」

「な、なな何をって……ち、ちょっと部活見学を……」


 ホンワカ系の笑顔で問いかける緑先生。別に悪い事をしている訳じゃないけど、いきなりの事で挙動不審な対応になってしまった。


「と、ところで緑先生こそ、どうしてこんな所に?」


 とりあえず仕切り直す意味も兼ねて、話しを変えてみる。


「わたし? わたしは剣道部の子たちに連絡事項を伝えにね」

「連絡事項……? もしかして緑先生が剣道部の顧問なんですか?」

「まさか、剣道部の顧問は教頭先生ですよ。わたしは伝言を頼まれただけ」


 ホンワカ笑顔を崩さず答える緑先生。


 教頭……?

 あぁ、あのホクロ眼鏡先生か――てか、あの固太りが剣道なんて出来るのか?


「何か失礼な事を考えているみたいね。まぁ確かに、教頭先生は剣道なんて出来ませんよ。多分ルールも知らないんじゃないかしら」


 ニュータイプばりのカンの良さを発揮する緑先生。


 でも、ルールを知らないって……


「じゃあ、誰が練習を見ているんですか?」

「練習……しているように見える?」


 緑先生は、ちょっと寂しそうにそう言って、オレの肩越しに道場の中に目を向けた。


 練習をしているように見えるか……?

 そう聞かれれば、とても見えるとは言えない。北原さん以外の部員は、基礎の基の字も出来ていないし……とゆうか、ここはホントに剣道部なのかすら疑問に思えて来る。


 オレも緑先生の視線を追うように、道場の方へと目を向けた。


 お茶を飲みながら、楽しそうに談笑するお嬢様たち。そして、そんなお嬢様たちとは対照的に壁際で寂しそうに正座をしている北原さん――


「北原忍さんですか……?」


 オレの視線の先に気が付いたのか、緑先生がポツリと呟いた。


「彼女も可哀想にね……こんな学校じゃなければ、試合に出る事も――いえ、全国だって狙えるのに……」

「試合に出る事もって――ウチの学校の剣道部は、公式戦に出ないんですか?」

「ええ……剣道部に限らず、ほとんどの運動部は公式戦に参加しないわね。いえ、公式戦と言わず練習試合を含め、対外試合は行わないわ」


 なんだよ、それは。試合をしないんじゃ、何を目標にするんだよ。

 目標もない、練習もしない……


「こんな部活……意味があるんですか?」

「意味か……」


 オレのそんな問いかけに、緑先生は苦笑いを浮かべる。そして、一つタメ息を吐いき、ゆっくりと口を開いた。


「一言で言えば、釣り書きのためね」

「釣り書き……? 釣り書きって、お見合いの時にプロフィールを書くアレですか?」

「そう、いわゆる身上書――剣道部(ここ)に所属している子たちは、新興企業やベンチャー企業の家の子がほとんどなのよ」

「新興企業?」


 字面から何となく意味は分かるけど、あまり聞き慣れない言葉だ。


「読んで字のごとく、新しく出来た会社。その中でも急成長している会社を指す場合が多いわね。言葉は悪いけど、いわゆる成金さん――さて、会社も成長して、資金力も増えた新しい会社。そんな新興企業が次に欲しいのはなんだと思う?」


 会社が成功して、金持ちになって――

 他に欲しいモノなんてあるのか? 庶民のオレには創造もできない。


「分かりません、何なんですか?」


 早々に白旗を上げるオレに、緑先生はまるで授業のように淡々と説明を続けた。


「急成長した新興の企業が次に欲しいのは人脈。特に、歴史の古い家や格式の高い家との繋がり。そして、そういう家と繋がりを持つのに一番手っ取り早いのが、自分の娘をそういった家へ嫁に出すこと……簡単に言えば、政略結婚ね」


 政略結婚……

 金持ちの間では普通に行われているという噂は聞いていたけど、こんな身近でそんな事があるなんて……


「でも、歴史の古い家や格式の高い家とお見合いをする事になったとき、釣り書きに『お琴を少々……』なんて書いても、そんなの相手からすれば出来て当たり前。でも剣道部に三年間所属していたなんて書いてあれば、相手からの印象が全然変わってくる。未だに歴史のある家は、婦女子であろうと文武両道っ! なんて考え方が根強く残っているし、特にそれが武家の家系であれば尚更にね」


「い、いやでも、所属って――ホントに所属しているだけで、みんな剣道の基礎も出来てないじゃないですか?」

「そうね……でも釣り書きには書ける。しかも対外試合をしないから、相手にその実態は分からない。それに婚姻が成立してしまえば、セレブの実生活で剣道の腕を見せる機会なんて、まずないしね」

「………………」


 な、なんなんだよ、それはっ……?


 この学校に来てから色々カルチャーショックがあったけど、こんなムカッいたのは初めてだ。

 しかも、その矛先をどこに向けていいのか分からないのが、よけいにムカつく。


 単純に部活をそんな事に使うのは納得いかない。だからと言って彼女たちを責められるのかと言えば、それは違う気もする……

 ある意味では、彼女たちは被害者なのではないか?


 この中で剣道に興味のある生徒が、どれだけ居るのだろう?

 全く興味のない事の為に集まり、ムダに過ごすだけの時間――お茶を飲んで楽しそうにおしゃべりをしているけど、ホントに心から笑っている子なんて多分いない……


「…………」


 ダメだ……感情が処理しきれない。


「すみません緑先生……先に戻ります」


 最後にもう一度だけ、オレは道場のスミで寂しそうに座る北原さんに視線を向けてから踵を返した。


「あら? 武道系部活の先輩として、声を掛けて行ったらどうですか?」


「…………やめておきます。いま中に入ったら、怒鳴ってしまいそうだから。失礼します」


 オレは緑先生の方へ振り返ることなくそう言って、エントランスの方へと歩き出した。

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