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『オレの生徒はお嬢様!?』  作者: 宇都宮かずし
第二部 オレの生徒は男性恐怖症!?
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第七局 作戦失敗 二本場『ご当地うんまい棒』

 そしてバスに揺られること一時間。オレと真琴ちゃんの予感は見事に的中した。


「うぅぅぅ…………き、気持ち悪いですわ……」


 浮かれ気味に乗り込んだバスに、スッカリ車酔いをした響華さん。学院へと続く坂の下にある桜並木の木陰に、青い顔をしてうずくまっている。


 不幸中の幸いなのは、この学院は全寮制で寮は坂の途中にある事。そのため通学中の学生たちに、西園寺家次期当主にして本学院の生徒会長様の品位に欠けるこの姿を晒さずに済むことか……


「響華さん、大丈夫?」


 とりあえず隣にしゃがんで、背中を擦ってみる。


「だ、大丈夫です……西園寺の娘がこの程度で……うっ!」


 あまり大丈夫じゃないらしい。


「そ、それにしても……何でバスというのは、あんなにも揺れるんですの?」


 何でと言われても……オレからすれば、何でリムジンはあんなにも揺れないのかの方が不思議だ。


 例の誘拐事件の帰りに一度だけ乗せてもらったけど、峠の山道だというのに全く揺れないし、走っているような感覚すらなかった。


 そりゃあ、毎回あんな車に乗っていれば、バスなどは嵐の中のタイタニックみたいに感じるだろう。


「お兄ちゃ~ん!」


 最近聞き慣れた呼び声に顔を上げると、真琴ちゃんがペットボトル片手に坂を駆け降りて来た。


 てゆうか、お願いだから学院の近くで、お兄ちゃんとか呼ばないで……


「お疲れさま。早かったね」

「うん、カケっこは昔、お兄ちゃんたちに鍛えられたからね。それで、はいこれ。保険室から酔い止めの薬、貰って来たよ」


 立ち上がって出迎えたオレに、ミネラルウォーターのペットボトルと錠剤を差し出す真琴ちゃん。


 まぁ確かに昔は、真琴ちゃんをさんざん引っ張り回したからな……


「響華さん。この薬、良く効く薬だから飲んでみて」


 ペットボトルの蓋を取り、青い顔した響華さんの顔を覗き込むようにして、薬と一緒に差し出した。


「あ、ありがとうございます……」


 苦しそうな顔で薬を飲む響華さん。ただ酔い止めは本来、乗り物に乗る前に飲むモノだからあまり効果は期待出来ないけど……まあ、気休めにはなるだろう。それに乗り物酔いは心理的なモノが大きいので、プラセボ効果もあるだろうし。


 ちなみにプラセボ効果とは偽薬効果と言って、薬理成分のない薬でも、良く効くと思って飲むことで心理的に治ったような気がしてくることをいう。


「あら? なんだか楽になって来ましたわ。本当に良く効く薬ですね?」

「おおっ!? ものすごいプラセボ効果っ!」


 真琴ちゃん……あんまりハッキリ言わないでね。後でバレて、機嫌を損ねても面倒だし……


 さっきも言ったけど、プラセボ効果は心理的に治った気にさせるモノである。そしてこの効果が出やすいのは、良く言えば精神的に純粋な人。悪く言えば単純な人なのだから……


「もう大丈夫ですわ。さあ、行きま、あら?」

「ちょっ! そんないきなり立ち上がったら……」


 こちらへ振り返りながら立ち上がろうとしてバランスを崩し、よろける響華さん。


 さもありなん。車酔いは#治__おさ__#まった気がしているだけで、まだ治ってないのだから。


「きゃっ!?」


 短い悲鳴をあげて、そのまま後ろへ尻もちを――


「だ~れだ?」


 視界がいきなり暗転。暗闇の中でドスンっという、多分響華さんが尻もちをついた音が聞こえて来た。


 てゆうか『だ~れだ?』って……?


「何してるの真琴ちゃん」

「さすがお兄ちゃん。一発でわたしだって分かるなんて――これは愛の力かな♪」


 なんか楽しそうに話しながらも、目を塞いだ手は離してくれない。


 何がしたいんだ、いったい……?


「いたたたた……」

「響華さま、痛いのは分かりますけど――とりあえず、早くその白と紫色のモノをしまって下さい」

「えっ? ……あっ!?」


 漆黒の闇の中で聞こえて来る会話。さっきも白と紫とか言っていたけど、なんなんだろう?


「し、失礼しました……もう大丈夫です」


 そしてようやく視界が確保出来た時には、しっかり立ち上がっていた響華さん。しかし平静を装っているようだけど……若干顔が赤く、ちょっと不機嫌そうに見えるのはなぜだろう?


「響華さん……なんか怒ってない?」

「怒ってなどいませんし、せっかくの好機だったのになんて思ってません!」

「好機?」

「な、なんでもありません! 早く行かないと遅刻しますわよっ!」


 なにやら不機嫌のまま、先行して学院への坂を上り始める響華さん。


 それでも背筋を伸ばしてカバンを前で両手持ちする、お嬢様歩きを崩さないのはさすがだ。


 ちなみにこの時、オレ後ろでは真琴ちゃんが小さくガッツポーズをしていたとか……


 先行して歩く響華さんの背中を見ながら、真琴ちゃんと並んで学院への坂を上って行く。いつもより早い時間だけあり、通学中の生徒もまだ疎らだ。


「響華さま、ごきげんよう」

「ごきげんよう、響華さま。今日もよい天気ですわね」

「ええ、みなさん、ごきげんよう」


 しかし、そんな疎らな生徒たちも、前を歩く響華さんには挨拶を欠かさない。その後ろには教師がいるというのに、こちらはほぼ完全にスルーである……


 カ、カン違いしないでよね! 悲しくなんてないんだならねっ! 教師なんて生徒から嫌われてなんぼだし……


 でも……


「今さらだけど、響華さんって人気者だよなぁ」


 集まっている子たちの目は、まるでアイドルでも見ているかのようだ。


「そりゃあそうだよ、おにい……南先生――」


 よく思いとどまった。えらい!


「西園寺といえば世界屈指の大財閥で、響華さまはそこの一人娘。しかも容姿端麗、頭脳明晰。でも実はちょっぴりドジっ娘の生徒会長さま――」

「誰がドジっ娘ですかっ!?」


 生徒たちから羨望の眼差しを浴びながら、オレたちの前を優雅に歩いていた響華さんが、真琴ちゃんの一言に振り返り抗議の声を上げる。


「おまけに地獄耳……」

「真琴さん、あなたねぇ……」

「まあまあ、響華さま。みんな見てますから、早く猫をかぶって下さい」

「くっ……覚えてなさいよ」


 そして、いつものクールな生徒会長に戻る響華さん。てゆうか、アレは猫かぶりと言うのだろうか……?


 西園寺の名前に恥じない、誰からも信頼される完璧な生徒会長を演じている響華さん。それがあの小さな背中に、どれだけのプレッシャーになっているのだろうか……?


 そんな事を考えながら、オレは前を歩く響華さんの背中を見つめていた。


「でもね、純粋に響華さまに憧れている子なんて、ほんの一握りだよ――」


 隣を歩く真琴ちゃんが、同じように前を歩く小さな背中を見つめながら、ポツリと呟いた。


「一握り……?」

「うん……ほとんどの子が、スキあらば西園寺の家に取り入ろうとする子ばかり」

「…………」


 分かってはいたけど、やっぱりそういうのって悲しいな。


 家の名前に寄って来る子やアイドル視している子……響華さんの回りには、対等に付き合える友達がいない。生徒会の二人ですら、響華さんに憧れて心酔している感じだし、友達とは呼べる関係じゃない……


「ところで先生、話しは変わるけど――」


 ちょっと沈み気味なオレに気を使ってくれたのか、努めて明るく話しを変えてくれる真琴ちゃん。


「なに?」

「今日はどこか寄る所があるって言ってたのに、ガッコー着いちゃったけど、いいの?」


 ちょうど校門を過ぎた所で、そんな事を聞いてくる真琴ちゃん。ここからは、オレも言葉使いに気を付けないと。


「ああ、いいのよ。寄る所って言っても校内だからね」

「校内? どこ行くの?」

「ん~、剣道部の朝練でも見学しようと思ってね」


 今朝のゴタゴタで忘れかけていたけど、昨日もらった手紙の件――

 昨夜、色々考えたけどまだ答えは出ていない。というか相手の事が分からなくては、答えの出しようもない。


 姉さんの話しが本当なら、多分剣道部に所属しているだろう。とりあえず見学がてら様子を見て――


「そうですわっ! 生徒会室にベルギーから取り寄せたゴディバのチョコレートがありますの。朝食も食べられませんでしたから、南先生も御一緒にどうですか?」


 突然振り返り、詰め寄る響華さん。

 てゆうか、朝飯代わりにチョコレートって……


「いや、あたしは剣道部に――」

「いいですね! わたしも名古屋ご当地のういろう味と、栃木ご当地の(とちおとめ)味のうんまい棒を持って来たから、お茶会にしましょう。南先生も一緒にっ!」


 同じように詰め寄る真琴ちゃん。

 てゆうか、うんまい棒は好きだけど、そんな味のモノは食べたくないなぁ……


「い、いや、だからね。あたしは剣道部に――」

「そうと決まれば早速(さっそく)生徒会室に――」

「そういう訳にはまいりませんよ、響華さま」


 響華さんに手を引かれ、生徒会室に連行されそうなっていたオレの前に、見慣れた顔――響華さんの取り巻きその二さんが立ちはだかった。


「ふ、二葉さん? どうしてここに?」

「どうしてここに? ではありません。本日は朝からラファール祭で各部活に配分する予算会議の予定ですよ。お忘れですか?」

「あっ……」


 その二さんの言葉に、呆然とした顔をする響華さん。


「あの顔は素で忘れていたな? さすがドジっ娘」

「う、うるさいですわよ! わたくしだって、たまにはこういう事もあります!」


 真琴ちゃんの突っ込みに、響華さんは顔を赤らめて反論する。


 ちなみに響華さんは、(おおやけ)の場や他の生徒たちの前だと一人称が『わたし』から『わたくし』に変わります。誤植ではありません。


「ところで、ラファール祭ってなに?」


 聞き慣れない単語が出て来たので、隣にいた真琴ちゃんに聞いてみる。


「一学期末にある――まぁ、文化祭みたいなモノかな」


 へぇ~、文化祭が一学期にあるのか……

 じゃあ生徒会は、これから忙しくなるんじゃないのか?


「響華さまの多忙さは理解しておりますし、こういう事があるのも仕方ないと思います。ですが、もう各部活の部長さんたちも集まり始めていますので、響華さまも早く生徒会室にいらして下さい」

「そ、そういう事でしたら、顧問である南先生にも出席して――」

「その必要はありません!」


 その二さんは、珍しく強い口調で響華さんの言葉を遮ると、響華さんに引かれていたオレの手首を掴む。さらに響華さんの手首も掴むと、オレの顔を睨みながら、強引に手を引き離した。


「響華さまもご存知の通り、生徒会予算は部外秘です。いくら教師と言えど、公表は出来ない決まりです」


 と、響華さんに話しながらも、視線はオレを親の仇のような目で睨んでいるその二さん……


 マジでその視線は痛いから勘弁して下さい。響華さんを心酔しているのは分かるけど、手を掴んでいたのはオレの方からじゃないんだし……


「そういう訳ですから、お急ぎ下さい、響華さま」


 そう言いながら響華さんの手を引いて、生徒会室へと踵を返すその二さん。


「ちょ、まっ、ふ、二葉さんっ!? ま、真琴さん、後の事は頼みましたよ! それと抜け駆けは禁止ですからねっ!」

「はっ! 後の事はお任せをっ! 響華さまは学院(おくに)のために、心置き無く散って下さい」

「散りませんわよっ!!」


 その二さんに連行される響華さんを、特攻隊を送り出すような雰囲気で敬礼しながら見送る真琴ちゃん。


 てか、後の事って、なんの事だ?


「というわけで、生徒会室はダメみたいだから、とりあえず屋上にでも行こうか? それとも学食がいい?」


 何が『というわけ』なのかは分からないけど、とりあえず学食はムリ。

 あそこは目と財布の毒だから。


 てゆうか……


「だから、あたしは剣道部に――」

「そうだっ! 中庭にしよう。噴水を見ながら、青森ご当地、大間の本マグロ味うんまい棒でも――」

「そういう訳にはまいりませんよ、真琴さん」


 真琴ちゃんに手を引かれて、中庭に連行されそうなっていたオレの前に、見知らぬ女生徒がメイドを引き連れ立ちはだかった。


「げっ! い、委員長? どうしてここに?」

「どうしてここに? ではありません。あなた、今週は週番なのを忘れたとは言わせませんよ」

「てへっ♪」


 委員長? なるほど、真琴ちゃんのクラスの委員長か。てゆうか、随分と既視感(デジャヴ)を感じる会話だな。


 いや、それよりも……


「真琴ちゃん。響華さんの事を言えないじゃん」

「違うもん! 響華さまは素で忘れていたけど、わたしは覚えていて、敢えてスルーしていたんだもん」


 いや、『もん』じゃなくて……そっちの方が悪いでしょう?


「昨日まんまと逃げられましたけど、今日という今日は逃がしませんわよ。神妙にお縄を頂戴(ちょうだい)なさいまし」

「そんな七代目銭形平ちゃんみたいなこと言わないで、今日だけ見逃して。お願いっ! 茨城ご当地、納豆味のうんまい棒あげるからさぁ」


 随分とお嬢言葉のとっつぁんだな。ちなみにとっつぁんは、TV版では七代目だけど原作では六代目だったりする。


「見逃しませんし、そんなモノで買収などされません」

「そ、そんなモノってっ!? うんまい棒をバカにしたなぁ! 某みなみ家ではバイトの給料日直前に、三食うんまい棒だけで食い繋ぐ事もあるんだぞっ!」


 お願いだから、我が家の恥じを晒さないで……


「訳の分からない事をおっしゃってないで、参りますわよ」


 真琴ちゃんの腕を取りながら、指をパチンっと鳴らす委員長さん。そして示し合わせたように、隣に控えていたメイドさんが反対側の腕を取った。


「いゃぁぁああっ! 拉致られる~っ! 南先生、ヘルプミー! ギブミーチョコレートッ!!」


 そしてズルズルと引き摺られながら助けを求める真琴ちゃんを見送るように、敬礼を送るオレ――


「後の事は任せて、真琴ちゃんはクラス(おくに)ために心置き無く散ってくれ」

「いゃぁあっ! 負けて散ることが、死ぬことよりも辛いんだよ~っ!」


 うむ、けっこー余裕ありそうだし、大丈夫だろう。


 さらば、ケンカチャンピオン……キミの勇姿は忘れない……


 そんな事を思いながらオレは、剣道部がある武道館の方へと踵を返した。

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