第六局 作戦決行 Bパート『響華のターン』
「まったくっ! 抜け駆けはナシとあれほど言ったのに!」
「アハハハ……すみません……」
「朝起こすのは、幼馴染みの役目だと言うから譲ってみれば……だいたい、何で起こすのに上へ覆い被さる必要があるのですか?」
「それはほら……ムーンサルトプレスで、月に代わってお目覚めよ♪ みたいな……」
「何ですかそれは? 意味が分かりません!」
部屋のドアの外で、何やらボソボソと話している二人。
先程の一件では、響華さんのヤンデレぶりに死も覚悟したけど……
とりあえず今は、真琴ちゃんが部屋の外へ連れ出してなだめてくれている……らしい。
何を話しているかまでは分からないけど、今は真琴ちゃんの政治力に期待しよう。
とりあえず、ボケッとしていても仕方ない、今のうちに着替えでも済ませておくか。
「まあまあ、響華さま。今度は響華さまのターンなんですから、機嫌直して下さい」
「そうでした! まだ、お料理の途中でしたわっ!」
「そうそう。響華さまは、わたし達の分まで美味しい朝食を作って下さい。わたしはその間、お兄ちゃんの生着替えを覗いて――」
「あなたは居間で、大人しく正座でもしてなさいっ!」
「いやぁぁぁぁっ! せめて一目だけっ! お兄ちゃんのインナーがメンズかレディースかだけでも確認させてぇぇぇぇぇっ!!」
床を引きずる音と共に、ドップラー効果を残して遠ざかる真琴ちゃんの悲痛な叫び。
どうやら、なだめる事だけには成功してくれたようだ。
ちなみに、ちゃんとメンズです――――上はレディースだけど……(涙)
その後、着替えとメイクを済ませて、居間のテーブルに着いた頃には響華さんの機嫌もスッカリ良くなっていた。
いや、確かに良くはなっていたんだけど……
テーブルに用意された朝食に、満面の笑みを浮かべる響華さんに対して、頬を引きつらせるオレと真琴ちゃん。
「わたくし、お料理なんてしたのは、初めてですの」
「で、でしょうね……」
真琴ちゃんの呟きも聞こえないくらいに浮かれている響華さん。
「今朝『独身男性が食べたい朝食』というのをインターネットで検索して作ってみましたの。冷めないうちに召し上がって下さいな」
確かに、いかにも日本の朝ごはんっ! というメニューだけど……
ネットで調べたのなら、ついでに作り方も検索してほしかった。
食卓に並ぶ料理を端から見ていくと、まずは納豆とたくあん。
これは既製品を盛り付けただけのようで、若干たくあんが厚切りな気もするけど、問題なく食べられると思う。
次に、どう見ても水の量を間違えたとしか思えない、お粥のようなご飯と、ダシを取った形跡のない、味噌をお湯で溶いただけのような味噌汁。
これも食べて、食べられない事はないだろう。ノビきったカップ麺よりは若干マシかもしれない。
問題は…………ヤツだっ!
本日のメインディッシュともいうべき、尾頭付き鯖の塩焼き……
一見、美味しそうには見えるけど、お腹を捌いた形跡が無いという事は、内臓を取っていないのだろう。
何より注目すべきは、ヤツが盛られている白い皿に、うっすらと赤いモノが滲み出ていること……
オレは恐る恐る箸で少しだけ持ち上げて、裏側を覗き込んでみる。
や、やはりか……
「その鯖は、大分の佐賀関から取り寄せたモノですのよ」
笑顔で解説する響華さん。
佐賀関という事は、高級ブランド鯖の関サバか?
一匹数千円もする関サバが、こんな無残な姿に……
「関くんが……となりの関サバくんが……あう……」
隣から一緒に覗き込んでいた真琴ちゃんが、涙をこぼしながら呟いていた。
さて、その関サバの裏側がどうなっているのか? 実は全く焼いていないのだ。
ワタも取らず、片面しか焼いていない生焼けの関サバ……
これ一匹で、ウチの食費数日分という高級ブランド魚が……なんかオレまで泣けてきた。
「ね、ねぇ、響華さん……これ、裏側が焼けていないのは、ナゼなのでしょうか?」
どうして、こんな痛ましい事件が起きてしまったのか? 加害者である響華被告へ、ダイレクトに尋ねてみるオレ。
そして、その被告の口からは、衝撃の真実が語られるのだった。
「裏側は食べないのですから、火を通す必要はないのではないのですか?」
「「………………」」
その回答に、言葉を失うオレと真琴ちゃん。
そういえば子供の頃に、金持ちは魚の裏面を食べないというウワサを聞いた事がある。当時は『そんなバカな』と思っていたけど、その都市伝説がまさか本当だったとは……
い、いや、だからと言って、裏側を焼かなくてもいいって事はないだろう?
「響華さん……食べ物を粗末にすると、もったいないオバケが出るよ」
「失礼なっ! ラファール学院はカトリック系なのですよ。常日頃から、食べ物に対し感謝の気持ちを持つようにと教えられています。それを粗末にするなど有り得ませんっ!」
いや、してるよ! 魚を半身しか食べないなんて、それこそ有り得ませんっ!
そんな心の悲痛な叫びを察してか、真琴ちゃんがオレの耳元に口を寄せた。
「お兄ちゃん――そもそもラファールの娘は、魚の裏面を食べ物にカテゴライズしていないから……」
衝撃の真実!
つまり彼女たちは、自覚ナシに食べ物を粗末にして、その事に全く気付いていないのか……
でも、だからといって、あんな事を……あんな事を言うなんて……『有り得ません』とまで言うなんて……
「情けない! あのような禍々しい物言いを、オレの生徒に許すとは……これは、散っていった 魚への冒涜だ……」
「少佐、いいではありませんか。現に炭火焼きグリルは、そこにあるのです!」
ソロモンの悪夢風に悔しがるオレに、キッチンを指差しながら声をかける真琴軍曹。
そしてその指差す先には、響華さんが持ち込んだと思われる卓上炭火焼きグリルが置かれていた。
真琴軍曹の言う通りだ。これが消し炭のようになっているのなら、諦めるしかない。
しかし生焼けなのなら、焼き直せばいいのだ!
「まったくっ! ナニ訳の分からない事を言っているのですか? 早く食べないと、冷めてしまいますよ」
いや、冷めてしまうというより、冷ましてるんですけど。
どうせ焼き直すならばちゃんと捌いて内臓を抜きたいし、熱いウチはワタが膨張しているから変に捌くと――
「そうですわ。せっかくですから、わたしが食べさせて差し上げますわ」
「「えっ?」」
「こういう時は、女性が手ずから食べさせてあげるものだとインターネットにも書いてありましたし」
また、そんないいかげんな情報に騙されて……
ネットの情報は鵜呑みにしてはいけないと、あれほど言ったのに。
なんて事を思っているウチに、漆塗りの高そうなマイ箸を手に取る響華さん。
そしてその箸先は、よりにもよってとなりの――ではなく、正面の関サバくんへとロックオンされた。
「響華さまっ! それはダメです!」
「何を言っているんですか! さっきは抜け駆けしたのですから『あーん』して差し上げるくらいいいでは――えっ?」
「あっ?」
その時、悲劇が起こった。
熱を加えられ膨張しつつも、生焼けで固まり切ってない鯖の内臓。
それを保護しようと皿を持ち上げる真琴ちゃん。
そして、そこへ強引に箸を入れる響華さん。
結果――飛び散る関サバくんの内臓……
「きゃっ! いや、顔っ! 顔にかかりましたわっ! 熱くてドロっとしたモノがドピュって、たくさん顔にっ!」
「てゆうか鼻っ! お兄ちゃん、ドロドロしてるのが、中にいっぱい入ってきた~!」
「なんなんですの、この生臭くてドロっとしたのはっ!?」
「お兄ちゃん、ティッシュ、ティッシュ! 垂れてきた! 中から垂れてきたよ~」
正に現場は阿鼻叫喚。てゆうか……
「朝から近隣の方々に誤解されるようなことを大声で叫んでないで、早く風呂場に行って洗ってきなさぁぁ~~いっ!」
隣の部屋に住んでる三浪中の浪人さん。朝から騒がしくてホント~~に、ごめんなさい。




