第五局 そして、さっそく別のお話し―― 三本場『仕える家の名にかけて』
わたくしがダンボールを持って部屋を出ると、廊下には一人のメイドが立っていた。
背筋がピンっと伸びた綺麗な姿勢。贅肉など一切無さそうな引き締まった身体と鋭い眼光……
その雰囲気は、メイドと言うより武道家と言った感じだ。
それもそのはず。彼女は中国拳法の達人で、かの白鳥家のご令嬢、白鳥葵様のボディガードでもあるのだから。
わたくしは彼女の前まで進み、手にしていたダンボールを差し出した。
「ありがとございました撥麗さん。助かりました」
「いえ、ネットオークションで使う事もあろうかと、取って置いた物、でございます。役にたったのならなによりだ、でございます」
若干カタコトの日本語で話しながら、五つのダンボールを軽々と受け取る撥麗さん。
いや、軽々と言うか、実際に軽いのだ。なぜなら、このダンボールの中身は空っぽなのだから――
お嬢様から例の縞パン話しを聞いた時、どこかで間違った情報を……いえ、情報自体は間違ってなかったけど、中途半端な情報を聞いて来たのだろうと理解した。
そしてお嬢様の性格上、真相を知れば先ほどの結果になるのは予測出来る。
だからわたくしは一計を案じたのだ――
撥麗さんから空のダンボールを借り、二十四時間営業のショッピングセンタージャコスでお嬢様の下着を購入。その後ネットカフェで少し時間を潰し、頃合いを見て寮に戻り玄関前で待機。
そして、お嬢様から携帯に連絡が入ると同時に部屋へと戻ったのだ。
何故そんなことをしたのか? それは――
「それで、計画の方は上手くいきましたか、でございます?」
「はい、バッチリです。有給二日、もぎ取って参りました」
そう、何故そんなことをしたのかと言えば、どうしても有給が必要だったから。
すでに今期の有給を使い果たしているわたくし。そこで今回の件をチャンスと考え、有給の交渉がしやすい状況を演出したのである。
ただ誤解しないで頂きたいのは、先ほどお嬢様に掛けた言葉は決してウソではないということ。
お嬢様付きのメイドであることを嬉しく、そして誇りに思っているのは事実である。それに、あの年で西園寺家の名前を懸命に背負おうと努力している姿は、メイドとしてだけでなく個人的にも応援し支えたいと思っている。
しかし、今回は少しだけ事情が違う――
「では、来月の同人誌即売会、一緒に行けるのですね、でございます」
「はい。二日間、楽しんで参りましょう」
そう、今回は少しだけ――
ホンットォ~~に少しだけ、お嬢様よりも趣味の方が勝ってしまっただけなのだ。
ただこれも、来月行われるのが普通の同人誌即売会なら泣く泣く諦めていた事でしょう。しかし、
来月の即売会は普通の即売会ではない。なんとBLオンリーイベントなのだ。
このイベントだけは、例え『腐った女子』と後ろ指をさされようとも、参加しない訳にはいかないのですっ!
ちなみにBLオンリーイベントとは、ヤマもオチもイミもなく、ただひたすらに美少年同士の恋愛を爽やかに、かつ18禁的に描いた同人誌の即売会で、正にリリンの生み出した文化の極みとも言うべきイベントなのである。
「撥麗、即売会には何度か足を運びました、でございますが、BLオンリーイベントは初めてなので楽しみです、でございます」
「それはなんと勿体ない……日本に来てBLオンリーイベントに足を運ばないとは、池袋に行って乙女ロードに行かないようなものですよ。わたくしなどは、この二年間で二十回以上は足を運んでいます」
そう、わたくしの有給は、ほぼ全て即売会に消えているのである。
「なんとっ! それはスゲー、でございます。撥麗、目から貞子が落ちたようだ、でございます」
「それは、スゲーというよりコエーですね」
慣用句の使い方も少し違うし、言葉の意味もよく分からないけど、とりあえずBLオンリーイベントの素晴らしさは分かってもらえたようです。
「撥麗、それほどBLには興味なかったでございますが、つばめさんの気持ちも分かります、でございます。右を見ても左を見ても、トイレの個室を覗いても女性しかいないこの職場……BLでも読まないとやってられねぇ、なのでございます」
「トイレの個室を覗いくのはいかがかと思いますけど、確かにBLででも可愛い男の子成分を補給しないと、身も心もカラカラに乾燥して干からびてしまいます」
全寮制女子校なわけですから当然なのですが、撥麗さんの言う通り女性ばかりの職場というのは結構キツイものがある。
特に、西園寺家や白鳥家のように格式の高い家のメイドは、他のメイドたちから嫉妬を買いやすい。
そのストレスの捌け口として、これくらいは大目に見て頂きたい。
「それでも、やはりお嬢様を謀るというのは気が引けますね……けれど、そこはお嬢様の恋路を応援させて頂くという事で、見逃して貰いましょう」
「ほほぉ……恋、でございますか?」
「はい。ウチのお嬢様は、どこかの殿方に恋をされているようです」
とはいえ、おそらくその恋が実る事はないであろう。
お嬢様の恋のお相手がどのような殿方かは分からないけど、西園寺家の格式を考えれば、よほどの殿方でないと釣り合わない。多分お嬢様のご結婚相手は、大旦那様か旦那様が見繕われた、どこぞの御曹司になるはずだ。
それでもわたくしは……
わたくしだけは、お嬢様の味方でありたいと思うし、お嬢様の恋路を応援したいと思う。
ですからお嬢様。
何卒、今回の件はお許し下さい……あと、ついでに夏コミ用の有給もお願い致します。
「しかし、恋とは羨ましですな、でございます。撥麗、最近は恋などすっかり忘れていて、恋と変の区別もつかなくなりそうでした、でございます」
「わたくしもです。最近すっかり縁遠くなっていて、一瞬『恋? なにそれ? 美味しいの?』っ感じでしたから……どこかに女装の似合う、可愛い男の娘でも落ちていないものでしょうか?」
「まったくです、でございます。それでいて、撥麗と互角の強さでありながら、健気受けが似合うような男の娘なら言うことなし、でございます」
二人して、すっかり肩を落とし――
「「はぁ…………」」
と、妙齢の美人メイド達がため息を吐いている頃、双子の姉弟が入居しているという安アパート二階の角部屋からは、
「ハックションッ!」
と、大きなくしゃみが聞こえてきた。
「まあ、こんなところで落ち込んでいても仕方ありません。ユリさんのお店にでも飲みに行きますか?」
ユリさんのお店とは、私達が行き着けのニューハーフバーで、ママさんが元自衛隊の第一空挺師団出身という変わった経歴を持っているお店なのだ。
「賛成、でございます。では撥麗は部屋にこのダンボールを置いて来る、でございます」
「お付き合いします――そうそう、ユリさんと言えば、最近とても有望なコに知り合ったとか。本人は女装には否定的らしいのですけど、ユリさん曰く十年に一人の逸材だとか」
「ほうほう、それはまた……一度お会いしたいものですな、でございます」
「ええ。ユリさんも、なんとかお店で働いてもらえないかと、色々考えているようです」
「むむっ! そのようなコが入れば、あの店に行く楽しみが増えるというモノ、でございます。撥麗に出来る事があれば、白鳥家のメイドの名にかけて協力する、でございますよ」
「同感です。西園寺家のメイドの名にかけて、わたくしも協力は惜しみません」
と、妙齢の美人メイドたちが、自分の仕える家の名にかけて結束を固めている頃、双子の姉弟が、以下略
「ハックション、ックションッ!!」
と、大きなくしゃみが聞こえてきた。




