第二局 愛と大人の個人授業 01
時刻は午前二時。正に草木も眠る丑三つ時だ。
只今春休み真っ只中のオレは、いつもより長めにコンビニでバイトをし、帰りに貰って来た期限切れの弁当で少し遅い晩飯を済ませた。
コンビニのバイトは、時給は安いけど食費が浮かせるのがメリットだな。
ここは少し古めな2LDK安アパートの二階にある角部屋。オレと姉さんが二人で住んでいるアパートだ。
両親の保険と二人のバイトでなんとか大学まで卒業出来たが、切り詰める所は切り詰めないと。
食後、シャワーを浴びると、パジャマには着替えず普段着のまま、リビングのテレビから流れるアメリカ製通販番組を見るともなしに眺めていた。
遅いな……
いくら春休みとはいえ、こんなに夜更かししているのには理由があるのだが――
テレビの下、DVDレコーダーに表示されている時刻を確認。すでに約束の時間から一時間を過ぎていた。
掃除でもするか……
立ち上がり、掃除機を用意しようとして立ち止まる。
いやいや、こんな時間に掃除は近所迷惑だろ。
じゃあどうするか……?
一応お茶の準備はしてあるし、茶菓子も用意してあるから――
って! 何をソワソワしてる!
たかが、姉さんの知り合いが来るだけじゃないか。
そう、今から姉さんの知り合いが訪ねて来る事になっているのだ。それがこんな時間まで起きている理由なんだけど……
名前は確か中本ユリさん。姉さん曰わく、オレの容姿や声など問題ないとして、それとは別に、女性としての知識やメイクの技術、更には女性らしい仕草などを身に付けなければいけないそうだ。
正直そんなモノは身に付けたくはないけど『身に付ければバレる可能性が格段に減るから――』などと言われれば、従わざるおえないだろう。
そこで、そのユリさんという方が、春休みの間に色々と教えに来てくれるそうだ。
普段の姉さんを見ている分には、まったく必要ないスキルに思えるが、姉さんだってTPO次第で、それなりに女らしく振る舞っている…………らしい。
とはいえ、ユリさんか……?
初めて聞く名前だ。
何でも女性の身なりや身のこなしなんかを色々と研究している人らしい。そんな人にまで知り合いがいるとは、改めて姉さんの交友関係の広さを思い知った。
しかし、姉さんの知り合いとはいえ、こんな時間に見知らぬ男一人の部屋に訪ねて来る女性って……
い、いやっ! 別に変な期待とかしている訳じゃないぞ! 今までだってチィさんを始め、姉さんの友達は何人も遊びに来ているし!
――でも、オレ一人の時に女性が来るのは初めてか?
………………………
………………………
………………………
って、だから何だ、その長い間はっ!
ピンポーン♪
と、そんなオレの一人ボケツッコミに、終了のチャイムが響く。
ようやく来てくれたようだ。オレの頭が想像(妄想)でパンクする前に来てくれてホント良かった。
「は~い、今開けま~す」
初めて会う女性という事で、若干緊張しつつドアを開くオレ。
…………………………………ピ、ピンク?
ドアを開けてオレの目に飛び込んで来たのは、正にショッキングピンクの大きな…………カベ?
「こんばんわ~。遅くなってごめんねぇ~ン♪」
ドアを開けた状態のまま固まっていたオレは、オネェ言葉を話す、マスオさんの同僚兼、花沢さんのお父さんによく似た声の発信源を見上げるように、ゆっくりと顔を上げた。
で、でかい――――
オレより明らかに頭二つ分は上。派手なピンクのお水系ドレスの上に、その声の発信源があった。
「あらやだ、トモちゃんに聞いていた通り、そっくりで可愛いわ~ン♪ 食べちゃいたいくらい♪」
ゾクッ……
そのおぞましいセリフに貞操の危険を感じ、停止していたオレの脳が活動を再開した。
「あ、あの……中本……ユリさん……ですか?」
「そうよん。ユリでいいわ、よろしくねぇ~ン♪」
………………
…………
……
と、とにかく状況を整理しよう。
身長はオレの頭二つ分上。横幅もふた周りは大きく筋肉質。開いた胸元から見えるモノもどう見ても大胸筋。そしてドレスから伸びる腕と脚の太さもオレの倍以上……てゆうか、一言で言えばヘビー級プロレスラー並みの体系。そして、強めなラベンダーの香水に混じって香るアルコールの匂い。更に、H.M本のすべらない話のナレーターみたいな声で話すオネェ言葉――――
「もしかしてユリさん……二丁目辺りにお勤めですか?」
「あらン、よくわかったわね~ン♪ その通り。小さい店だけど、これでもママをしてるのよン」
普通すぐにわかります。
ちなみに二丁目とは知っている人は知っていると思うけど、ゲイバーやニューハーフパブが建ち並ぶ世界有数のゲイタウンであり、本来ならオレとはまったく縁のないはずの場所である。
「今日もねェン、ホントはもっと早く来るはずたっだのにぃ、アフターが少~し長引いちゃってねェン♪ ちょぉ~とイケメンのお客さんだったんだけどぉ、あっちの方はネチっこくて参っちゃったわァン♪」
あっちってどっちっ!?
てゆうか、そうゆう生々しい話は聞きたくないよっ!!
「そ、そうですか……そんな方が、また何でウチの姉さんとお知り合いに?」
「トモちゃんはウチの店の常連さんなのよン♪ 今度はぜひ二人で来てね? た~ぷりサービスして、あ・げ・るぅン♪」
いえ結構です!
てか、なんちゅう店で呑んでんだよ姉さん!
「それにトモちゃんとは、なんか気が合っちゃてねぇ~ン。今では親友って感じかしら」
姉さん――友達をたくさん作るのは良い事だよ……でも少しは選べっ!!
「すみませんユリさん……5分、いえ3分だけ時間を下さい」
オレはなるべく視線を合わせないように、眉間を押さえながらそう告げると、ピンクのカベをすり抜け、手すりに手を掛けた。
階段なんてもどかしい!
手すりを飛び越え、地面に着地。手探りで携帯を操作しながらダッシュする。
後ろで何か言っている声がするが、聞こえないフリ。
とりあえずアパートから死角になる路地に滑り込んで携帯を耳に当てた。そしてコール3回目――