第四局 Tomo・Yashima作戦 三本場『ガールズトーク』
「ところで友子さん。話を戻しますけど――」
「ああ、分かっているよ」
真琴さんの『話を戻す』と言う言葉に、全部分かっていると言わんばかりに微笑む友子さん。パジャマの胸元のボタンを一つ外すと、そこからパジャマの中に手を入れた。
「二人のお目当ては――これだろ?」
そう言って取り出したのは、有名なネズミのキーホルダーが付いた一本の鍵……
って、今どこから取り出したの? とても内ポケットが有るようには見えないし……ま、まさか、あの大きな谷間から!?
そんな友子さんの奇行――いや、行動に驚いているわたしの隣では、真琴さんがニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
「くくくっ……さすがお代官さま、話しが早い。それでは、代わりにコチラをお納め下さい」
友子さんが取り出した鍵と引き換えに、三六九万石で買った和菓子の詰め合わせを差し出しす真琴さん。
「ほほう。して、これは?」
「お代官さまの大好きな、山吹色の菓子にございます」
「ふふふっ、越後屋ぁ……お主もワルよのぅ」
「いえいえ、お代官さまほどでは」
「ふあっはっはっは!」
「あっはっはっは!」
目の前で、いきなり寸劇を始める二人。生徒会室で南先生を相手にしていた時もそうだけど、どうして何の打ち合わせもなしで、こんなに息が合わせられるのだろうか……?
同じ事がわたしに出来るかといえば、絶対にムリだ。正直、二人の会話の内容は、半分も理解出来ていない。
南先生に初めて会った時、世間知らず扱いされたわたしは、新米教師が何を言っているのかと思っていた。
しかし、実際には南先生の言う通り、一歩外に出れば知らない事ばかりだ。
中等部から、ずっと学年で主席だったとイイ気になっていた自分が恥ずかしい……
隣で楽しそうに笑う真琴さん。その真琴さんの姿に、ふと南先生のお宅にお邪魔した時に聞いた言葉を思い出した。
『西園寺の響華様としての立場で居ないといけない時もあるだろうけど、それ以外は家なんて関係ない。ただの響華ちゃんで居ればいいんじゃないかな?』
そう、彼女はそれが出来ているのだ。お嬢様としての東真琴と、家名を背負わない、ただの東真琴の使い分けが……
なぜそんな事が簡単に出来るのだろうか?
わたしと彼女の境遇は似ているはずなのに……
外資系の総合企業であるAZUMAコンツェルンの代表取締役で、世界中を飛び回っている父親と、学院の理事長である母親を両親に持つ彼女。多忙な両親を持ち、幼少期にあまり両親と一緒の時間が取れなかったという境遇は、わたしと似ているのだ。
ただ、決定的な違いは、わたしの周りに居たのは西園寺家に仕える使用人たちで、わたしを西園寺の人間として接していた。
しかし、真琴さんの周りに居たのは南先生と友子さんだ。そして、その二人は彼女に友達として接していた……
ならもしも……
もしも、わたしが幼い時に南先生達と出会っていたら、わたしは……
「ちょっと、響華ちゃん? きょ~かちゃ~ん!」
「はっ、はい!」
友子さんに名前を呼ばれて、わたしはハッと我に返った。
「なんか怖い顔してたけど、どったの?」
「す、すみません……少し考え事を……」
少し口ごもるように答えるわたし。
お見舞いに来て、何を考えているんだろう、わたしは……
「んん~。若いうちは大いに考え、悩む事も必要だけど、せっかく来たんだから響華ちゃんも一緒にガールズトークして行きなよ」
「そうそう、悩んでも胸は急に大きくなりませんよ、響華さま」
「そんな事で、悩んでません! ……でも、ガールズトークって、何を話すものなのですか?」
わたしの質問に、ニコやかな笑みを浮かべる二人。ただ、その笑みに、とても不吉な予感がするのは何故だろう……
「何を話すかって? そんなの、ガールズトークで定番の話と言えば――」
「い、いえば……?」
「「ワイ談!!」」
わたしに詰め寄るようにして、声をハモらせて言い切る二人。
「ワ、ワイ談と言うのは、どういう話しなのですか?」
その迫力に圧倒されながらも、何とか口を開いた。
ワイ談……これも初めて聞く言葉だ。
わたしのその問いに、ベッドの上で腕を組み、ギブスを着けた足で器用に胡座をかく友子さん。
「う~む……これは、習うより慣れるのが一番だろう――よし! ここは年長者のあたしがお手本を見せよう。心して聞いて、しっかり大人の階段を昇るように!」
「はい師匠っ! 勉強させて頂きますっ!」
「よ、よろしくお願いします……」
ノリノリで応える真琴さんに続き、わたしはおずおずと頭下げた。
「と、その前に一つ……響華ちゃん。悩むのはいいけど、友達と一緒にいるときには、悩むのではなく楽しむのが第一だからね」
「えっ……?」
友子さんの言葉に、呆然とする。
友達!? わたしなんかが、友子さんの友達……?
「ん? どったの?」
「えっ? い、いえ、あの…………と、友子さんは、わたしの事を……わたしなんかの事を友達と思って……下さるのですか?」
「はぁあっ? なに言ってんだい……」
呆れたような顔をする友子さん。
な、なにと言われても……
前に南先生から聞いたような、本当の友達など一人も居なかったわたしを、こんなにもすぐに友達と思ってくれるなんて想像もしていなかった……
「いいかい、響華ちゃん。弟のモノは姉のモノ。姉のモノは姉のモノ。そして――弟のダチは姉のダチだ」
「――――!?」
聞き覚えのある言葉だった。以前南先生から聞いた言葉。最後の部分が少し違っていたけど……
でもその言葉に、わたしは胸が締め付けられるようだった。悲しかったからじゃない、嬉しかったから……
「で、でもカン違いしないで下さいよね。わたしは響華さまの事、友達なんて思ってないんですからね――」
友子さんに続く真琴さんの言葉。
これは当然だろう。
彼女とは先生と知り合うまで、ほとんど面識はなかったし、最近はケンカばかり――
「響華さまは、わたしの強敵と書いてトモなんですからね」
――してる……えっ?
と、強敵?
これも南先生から聞いたことのある言葉だ――
「おっ、出たな、ツンデレ発言! ポニーテールの妹系ツンデレ幼なじみなんて欲張り過ぎだぞ」
「へへっ♪ 実は今、ヤンデレも練習中です♪」
ジャレ合うように笑う合う二人――その二人が映る視界が不意に滲んだ……
こんな気持ち初めて――いや二度目だ。
南先生に友達と言われたときと同じ、嬉しさが込み上げ来るような気持ち……
「はい、響華さま」
「えっ? あ……あ、ありがとう」
優しく微笑みながら、ハンカチを差し出す真琴さん。わたしは少し戸惑いながら、それを受け取った。
「はいっ! 湿っぽくなるから、この話はここまでっ! ではあらためまして『第69回! ドキッ! 女だらけのちょっとHなガールズトーク大会ーっ!! ポロリもあるよ♪』を開催します」
「イエーイ! ドンドンパフパフ~♪」
心底楽しそうに笑う真琴さん。
友子さんの言う通り、今はわたしも友達との時間を楽しもう。
どんなに悩んでも、どんなに羨んでも、わたしは真琴さんにはなれない。わたしはわたしなのだから――
だからわたしは、わたしの出来ることをしよう。いつか彼女達のように、心の底から笑い合える時が来るように。
さしあたっては、世間知らずの克服。会話の内容が理解出来ないのでは話しにならない。今日も帰ったら調べモノを頑張らなくては。
そして、南先生や友子さん、真琴さんから聞いた言葉を検索して、わたしがどんな反応をするのか?
それはまた別のお話しで――
「あっ、そうだ。替えのパンツが必要になったら、売店の隣にある自販機で売ってるから。T字帯と一緒に」
「ど、どうして、替えの下着が必要に……?」




