第四局 Tomo・Yashima作戦 一本場『ヤシマのシマは?』
「フフフ……で、できた……」
生徒会室に持ち込んだ業務用の電子黒板。
書いた内容をそのまま印刷したり、パソコンに取り込めるホワイトボード。その前で肩を震わせ、低い声で笑いながらマーカーのギャップを締める真琴さん。
「完成です響華さま! 見て下さい、この完璧な作戦をっ!!」
「え、ええ……」
こちらに背を向けたまま、腰に手を充てて胸を張る真琴さんの背中越しに、わたしはホワイトボードへと目を向けた。
そこには明日から数日間のタイムテーブルと、その詳細や留意点などが所狭しとビッシリ書き込まれている。そしてその内容は、ほとんど彼女一人で書き上げたモノだ。
この短時間で、よくこれだけのモノを……正直、彼女の行動力には頭が下がる。
「どうですか? 何か問題ありますか?」
「えっ? そ、そうね……大丈夫なのではないかしら……」
「では以降、本作戦を『Tomo・Yashima作戦』と呼称しますっ!!」
「トモ……ヤシマ……?」
トモヤというのは先生のことだろう。
でも――
「シマというのは、どういう意味がありますの?」
「意味はありません! なんとなくカッコいいからですっ!」
胸を張って背中越しに言い切る真琴さん。
でも、カッコいいのだろうか……? この子の感性は、いまひとつ理解できない。
「まぁ、強いて理由を上げるなら、お兄ちゃんが縞パン好きそうだからです!」
「シマパン? それはどういったパンなの?」
「パンはパンでも食べられないパンです! でもお兄ちゃんの大好物なはず! てゆうか友子さん曰く――縞パンが嫌いな男なんて、おらんちゅうねんっ!!」
「そ、そういうものですの……?」
コブシを突き上げて断言する真琴さんに、圧倒されるわたし……
けれど、食べられないけど大好物なパン……?
まるで、なぞなぞみたいだ。帰ったらインターネットで調べてみよう。
南先生と知り合ってから、先生の口からはわたしの知らない言葉、初めて聞く言葉が、たくさん出てきた。
今では、帰ったらそれをインターネットで調べるのが日課になっているのだ。
「ちなみに友子さんの話しでは、お兄ちゃんの母校である開花大学男子空手部調べで縞パンは、女子から貰って嬉しいプレゼントランキングで3年連続第1位だそうです」
「へ、へぇ~、そうですの……」
そんなに人気のあるモノを知らないなんて……
わたしは少し恥ずかしくなった。
でも、縞パンというのがどういう物なのかは分らないけれど、そんなに人気があって南先生の大好物だというのなら、たくさん取り寄せてプレゼントしてみるのもいいかもしれない。
そうすれば、先生も喜んでくれんじゃないかしら。
「って、響華さま! こんなところで縞パンをネタにガールズトークなんてしている場合じゃないですよ。さっそく、作戦の第一段階を始めないと!」
そう言って、コピーボードに接続されたノートパソコンを操作し、書かれている内容の印刷を始める真琴さん。
「作戦の第一段階?」
「はい、友子さんに会いに行きます。この作戦には友子さんの協力が不可欠です。早くしないと面会時間が終ちゃいますよ。響華さまは、車を回してもらって下さい」
「そ、そうね。分ったわ」
確かにお姉さんを味方に出来れば心強い。
すっかり場を仕切っている真琴さん。これじゃ生徒会長の肩書きも形無しだ。
でも、彼女の計画性と柔軟性、行動力は本物――
これは来年、この部屋の主は彼女かもしれないわね。まぁ、その為には言葉使いを直さないといけないでしょうけれど。
そんな事を考えながら、わたしはリムジンを表に回すように運転手へとメールを送った。
「お姉さんに会いに行くのは良いのですけど――お見舞いは、やはりお花がいいかしら?」
先生のお姉さんに会うのは初めてだ。本来ならもっと早くにご挨拶に行くべきだったのかもしれない。
それに先生のお姉さんなら、やはり少しでも良い印象を持って貰いたい――そう思うと、どうしても緊張してしまう。
しかし、わたしの言葉にため息を吐く真琴さん。
「はぁ……なに言ってんですか、響華さま。お花は食べられないじゃないですか――いや、友子さんなら食べても驚きませんけど」
これから味方になって貰おうという人に、その言い草はどうなのだろうか?
「友子さんは圧倒的に花より団子の人です。百万本のバラと一本のうんまい棒、どっちがいいと聞いたら、迷わず『うんまい棒!』と言う人ですよ」
「うんまい棒?」
「友子さんもお兄ちゃんも、そしてわたしも大好きなお菓子です。メンタイ味最高!」
百万本のバラより価値があって、先生も大好きなお菓子――
そんなものがあるなんて……これは今日調べるものが、また一つ増えましたわ。
「そうすると――ケーキなどどうかしら?」
「ケーキでもいいですかけど、どちらかと言えば友子さん、洋菓子より和菓子派だから。そして頼みごとをするわけですから、山吹色のお菓子がいいと思います。そうすると――」
なぜ山吹色なのだろう?
ちょっと悔しいけど、わたしより真琴さんの方が、お姉さんの好みに詳しいのは確かだ。ここは彼女に任せた方がよいだろう。
「三六九万石で、みたらし団子と最中、それとどら焼きを詰め合わせにしてもらいましょう」
三六九万石? 確か東北に本社がある和菓子メーカーだったかしら?
「でも、お見舞いにそんな大量生産の安いお菓子なんて、失礼じゃないかしら? 和菓子なら京都に西園寺家お抱えの職人がいるから、今から急いで空輸させれば間に合いますわよ」
「ふぅ……これだからお嬢様は……」
そんなわたしの言葉に、肩をがっくり落とし、ため息を吐く真琴さん。
あなただって理事長の一人娘で、お嬢様でしょうに。
「いいですか響華さま。三六九万石の和菓子といえば、十分に高価な和菓子の部類に入ります。それにこうゆう場合、あまり高級過ぎるとイヤミっぽくなるし、相手にも恐縮させてしまいます」
「そ、そういうものなの?」
「はい――まして友子さんなら、ため息つきながら『この菓子ひとつで、マックの百円バーガーが何個買えることやら……』とか言いますよ、きっと」
「うっ……」
わたしは言葉に詰まってしまう。
確かに同じお嬢様でも、子供の頃から南先生たちと一緒にいた真琴さんは、セレブの感覚とは別に庶民の感覚も持っている。
それは西園寺家のわたしではなく、個人的なわたしにとって、とても羨ましい感覚であり、わたしがこの件で主導権を取れない原因でもある。
「とにかく今は、友子さんの病院に向かうのが最優先です。響華さまも急いで準備して下さい」
「そ、そうね……」
こんな話しをしながらでも、テキパキと後片付けを進める真琴さん。本当に生徒会長の肩書きが形無しである。




