第二局 夕暮れの校門前 一本場『果たし状』
茜色に色付く空――
生徒会室から戦略的撤退を敢行したオレは、職員室で手早く手荷物をまとめ、西日が差し込む廊下を昇降口へと歩いていた。
さて、今日の晩飯は何にするかなぁ?
この時間じゃ、スーパーのお惣菜もまだ安くなってないだろうし……
ここはスタミナをつける為にもやはり肉か? ならばよしだ屋の牛丼か?
それに最近ガンバちゃってるし、自分へのご褒美に卵なんか付けちゃったり……い、いや、それはさすがに贅沢しすぎか?
などと、靴を履き替えながらセレブの娘達が通う超お嬢様学院で、超小市民な事を考えているオレ。
「はぁ~」
なんか虚しくなってきた。これもビンボーが悪いんや……
すっかり肩を落として校門を抜けると、下り坂の途中に一人の女生徒が立っていた。
まあ、ここには女生徒しかいないんだけど……
「南先生っ!」
オレの姿を見て小走りに駆け寄って来る、小柄でショートボブに黒縁メガネの女生徒。
はて、どっかで見覚えがあるような……ウチのクラスの子じゃないよな?
タイの色が緑色ということは、一年生か……?
「お待ちしておりました、南先生。先日はありがとうございました」
「えっ?」
そう言って礼儀正しく頭を下げる女生徒。
しかしオレの方は、こんな大人しそうで、いかにもいいとこのお嬢様って感じの子にお礼を言われる覚えが、とっさには思い当たらなかった。
「え、え~と……あなたは……?」
「わたくし、一年の北原忍と申します」
北原……?
はてはて、どっかで聞き覚えがあるような……?
「あっ! それから、こちらもありがとうございました」
再びお礼を言いながら差し出したのは、見覚えのある女性モノのハンカチ。
そのハンカチを見て、ようやくピンっと来たオレ。
「あぁ、あのトサカくんに絡まれてた娘!?」
「はい、その節は本当にありがとうございました」
再び頭を深々と下げる女生徒。
どこかで見覚えあるとか思えば、始業式の日にトサカ頭のチンピラに絡まれてた子だ。
「そんなに何度も頭を下げないでよ。大した事したわけじゃないんだから」
あの時はトサカくんを軽くシメてやっただけだで、そこまで感謝されるほどの事はしてないし。
まあ、その後は大変だったけと……
「いえ、先生には本当に感謝しております」
頭をポリポリと掻きながら、綺麗に折り畳まれたハンカチを受け取るオレ。ここまで感謝されると、逆に恐宿してしまう。
「いやホント、あまり気にしないで。それに、こんな百均で買ったようなハンカチを綺麗に洗濯して、アイロンまでかけてもらって、逆にこっちが感謝しないと」
「ヒャッキン……ですか?」
冗談めかして言ったオレのセリフに首を捻る北原さん。
「初めて聞くブランドです。やはり外国製のブランドですか?」
北原さんの素朴な質問に頬をひきつらせ、苦笑いを浮かべるオレ。
くっ……こ、これだからセレブは……
「あ、あの……わたくし何か失礼な事を申したでしょうか……?」
そんなオレの態度に、今にも泣き出しそうなほどの不安そうな顔でオレを見上げる小柄な少女。
「い、いやいや、そんな事ないわよ――」
慌てて女装の師匠、ユリさん直伝の営業スマイルんを浮かべるオレ。
失敗失敗……気が弱そうとは思っていたけど、これくらいの事でそんな顔をされるとは……
女の子は難しいなぁ……
「ま、まぁ、確かに外国製ではあるわね」
中国製だけどね。
しかし、その言葉に、今度は尊敬の眼差しを向ける北原さん。
「さすが先生、ハイカラです。わたくしなど古い旧家の田舎者ですので、ハンカチや小物といえば西陣や大島紬のような和製品ばかりです」
西陣に大島紬って……
再び頬がひきつりそうになるのを、グッと堪えるオレ。
キミの使っているハンカチ一枚で、このハンカチが何枚――いや、何十枚買える事やら……
若干は慣れたつもりでいたけど、やはりこの金銭感覚には着いていけん。牛丼に卵を落とすかどうかで悩んでいたのが、凄く悲しい事に思えて泣けて来る……
「先生……? いかがなさいました?」
「気にしないで……夕陽が目に沁みただけだから……」
「はあぁ……?」
よくわからない。と言った感じで、ちょこんと首を傾げる北原さん。
ダメだ……このまま話していると明日への活力どかろか、生きる希望すら見失いかねない。
「じ、じゃあ、先生はもう帰るから……ハンカチありがとね」
「あ……せ、先生……ま、まま待って、下さい……」
そそくさと踵を返して立ち去ろうとしたオレを、あたふたしながら消え入りそうな声で呼び止める北原さん。
「まだ何かあるのかしら?」
さっきの失敗もあるし、笑顔で振り返り、なるべく優しい口調で返事を返す。
ホント年頃の女の子は難しい……
「え、え~と……あ、あのあの……」
振り向いた先にいた北原さんは、俯いて手を後ろに回し、なにやらオロオロと挙動不審。
「あ、え……こ、ここ、ここここ……」
「ココ? カレーが食べたいの?」
まあ、ココイチのカレーなら無理をすれば奢ってやれなくもない。トッピングまでは難しいけど……
「ちが……あのあの、ここ、これ……」
「ちょっと、大丈夫……って、うおっ!?」
あまりの挙動不審ぶりに心配になって一歩踏み出すと、北原さんは突然うしろに回していた手をオレの胸元に突き出した。
「こ、これ、受け取って下さいっ!!」
「は、はい……」
勢いに負けて、北原さんが手にしていた物を受け取るオレ。それを確認すると、北原さんは顔を伏せたまま、物凄い勢いで寮の方へと走り去っていった……
「何なんだいったい……?」
オレは首を傾げながら、手の中に残された物に目を落とす。
そこにあったのは、和紙で出来た高そうな封筒が一通……
「はっ! これはもしや――――果たし状?」
「なんでやねんっ!!」
ん? 今、誰かにツッコまれたような……
辺りを見回して見たけど誰もいない。
気のせいか……?
まぁ、この学院には親切に突っ込みを入れてくれる子なんて、メッタにいないしな。
とりあえず、手紙は帰ってからゆっくり読ませて貰いますか。
この時、まだオレは知らなかった。
この手紙に書かれている衝撃の内容。そして、彼女とオレの衝撃の過去と邂逅を……
なんて大袈裟に引いてみたりして――
てか、腹へった……




