第一局 護身術 一本場『みかんの香り』
「わたくしが用意させたアールグレイのお味はいかがかしら真琴さん?」
「はい、とても美味しいです響華さま。それに、とても薫り高い……」
柑橘系の薫りと共に一応の平穏を取り戻した生徒会室。先ほどの爆弾発言については、暗黙の満場一致で無かった事になっていた。
オレ以外、全員の頬が若干赤くなっているようだが、触れないでおこう。
ちなみに、真琴ちゃんが響華さんを『さま』付けで呼んでいるのは、この学院の風習らしい。何でも上級生には『先輩』ではなく『さま』を付けるそうだ。
ホント……このガッコに来てからは、カルチャーショックの連続だな。
そんな事を思いながら、オレは目の前に置かれた紅茶を一口啜った。
「先生はいかがですか? お口に合いましたかしら?」
「えっ? ええ……美味しい……んじゃないかな?」
ティーカップを片手に笑みを浮かべ尋ねる響華さんに、苦笑いのオレ……
お願いだからオレに振らないで下さい。庶民派のオレに紅茶の良し悪しなんて分からんから。
まぁ、強いて感想を言えば、みかんの匂いがする変な紅茶……かな?
オレのそんな反応に、少し悲しそうな表情を浮かべる響華さん。
い、いや、そんな顔をされても……
「と、ところで真琴さん、何か用があったんじゃないの?」
ここは早々に話しを変えるべく、真琴ちゃんへと話しを振ってみる。
「あっ、そうでした。実は新しい同好会を設立しようと思いまして、その申請に来ました」
真琴ちゃんは、そう言ってカバンから一枚のプリントを取り出し、響華さんへと差し出した。
多分、同好会とやらの申請用紙なのだろう。
「新しい同好会?」
「この時期にですか?」
訝しげな表情を見せる取り巻きコンビ。
そしてプリントを受け取った響華さんも、やはり表情が変わった。
しかし、その表情の変化は、明らかに二人とは違っている。
私情を一切排除した真剣な表情――それは西園寺家次期当主にして、生徒会会長バージョンの顔だ。
真琴ちゃんの提案する部活と言うのもちょっと気になるが、邪魔しても悪い。取り敢えず黙って静観しよう。
真剣な目つきでプリントに目を通りして行く響華さん。その姿を紅茶を啜りながらぼんやり眺めていると、隣に座る真琴ちゃんが一瞬だけこちらを見てイタズラっぽく笑った。
……んっ? なんなんだ?
真琴ちゃんの笑いに疑問を感じて口を開こうとした時、プリントから目を上げた響華さんがオレより先に口を開いた。
「護身術を普及する同好会? 同好会のメンバーが中心となり、希望する生徒達に護身術の指導して行くという事ですか?」
「はい。いくらラファール学院が全寮制で校内は安全とはいえ、やはり護身術は必要だと思います。先日あった校門での北原さんの件や、それに…………響華さまの件もありますし」
響華さんの件?
ああ、響華さん誘拐事件の事か……
「響華さまの件?」
「なんの事ですの?」
「大した事ではありませんわ」
真琴ちゃんの言葉に不思議顔の取り巻きコンビと、その問いをはぐらかすように答えつつ、オレを睨み付ける響華さん。
そしてそんな響華さんから視線を逸らす、ちょっとチキンなオレ……
そもそも、あの事件は公にはなっていない。しかも知っているのは、教職員の中でも極一部だけである。
じゃあ、何故に真琴ちゃんがそれを知っているのか?
もうお分かりだろう。真琴ちゃんに話したのは、何を隠そうオレである。ハッハッハーッ!
…………ごめんなさい。視線が痛いです、響華さん。
でも、しょうがないじゃん。
真琴ちゃんには響華さんを助けに行く所を見られいるし、帰ってからはずっと質問責めだし……
それに多分オレが口を割らなくても、理事長――美琴さんから伝わっていたと思うぞ。
そんな心の言い訳が伝わったのか、響華さんは大きくため息を吐いて真琴ちゃんに視線を戻した。
「真琴さんのお話しは確かに一理ありますし、悪いアイデアではありません。しかし――」
そこで一旦話しを区切ると、再度プリントへ目を落とす。
「書類に不備が多すぎます。だいたい顧問も決まっていないようですし、護身術というのも誰が指導するのですか? 外部から講師をお招きするのなら、それなりに手続きが必要になってくるのを、あなたが知らないはずはないでしょう?」
その言葉は美琴ちゃん個人に対してと言うよりも、理事長の娘に対してといった言いようだ。
そして当然、理事長の一人娘である真琴ちゃんが、それを知らない訳はないのだろう。
「はい、存じております。ですが、わざわざ外から講師をお呼びしなくとも、この学院には最適の人がおりますし、顧問もその方にお願いしようと思っています」
へぇ~、こんなお嬢さま学院に、護身術なんて教えられる先生がいるんだ。意外だな。
すっかり傍観者を気取って、お茶を啜っていると、真琴ちゃんはまたオレの方を見てイタズラっぽく笑った――
いや、イタズラっぽさがさっきよりワンランク上がって、どちらかと言うと不適な笑みになっている。
…………って、まさか!?
「なんとっ! その先生は空手の全国高等学校総合体育大会で三年連続優勝という快挙を――」
「ちょっと待っ――」
「却下ですっ!!」
真琴ちゃんの言葉を遮るように出かけたオレの言葉は、更に大きな声の響華さんの言葉に遮られた。
しかし、その一刀両断で否定する響華さんの言葉に、頬を膨らませる真琴ちゃん。
「ム~ッ……どうしてですか?」
「当然です! 南先生は生徒会の顧問。掛け持ちなんて認められません!」
「でも生徒会の顧問は非公認って聞きましたよ! 学長が反対してるって!」
「あら、でも理事長は賛成してくれてますわよ」
「くっ……お母さんめぇ~っ……」
当人そっちのけで言い合いを始める二人。てゆうか、オレの意志は眼中になし?
「とゆうか、おに……じゃなくて南先生を独り占めにするなんてズルいです!」
「あなたこそ、幼なじみなんて有利な立場にいるのですから、少しは遠慮なさい!」
「響華さまこそ、幼なじみの間に割り込んで来ないで下さい!」
「何ですって!? あなたこそ――」
いやいや、ちょっと待て! 話しが逸れているんじゃないか?
「え~と二人とも、まずは落ち着いて……」
「先生は黙ってて下さいっ!」
「友子さんは黙っててっ!」
「はい……」
二人の剣幕にアッサリと引き下がる、とてもチキンなオレ……




