エピローグ
廃ペンション入り口前にある3段ほどの低い階段。その、木製の階段に並んで腰を下ろす、オレと響華さん。
元々無関係の国無と三元。
彼らには、これ以上迷惑を掛けられないので先に帰って貰っている。
ついでに、携帯の圏外を抜けたら学院に連絡するよう頼んでおいた。
今頃は連絡を受けた関係者の面々が、慌ててこちらに向かっている頃だろう。
ちなみに想怒夢の面々は、縛り上げてロビーにころがしてある。
更に、トサカくんと、タコ坊主くんに至っては、全裸にひん剥き駿河問いの要領で吊しておいた。
奴らがやろうしていた事のお返しに、持参していたご自慢のハンディビデオで、今もその様子を記録中だ。
まだ、二人共気絶してるけど、起きた時は見物である。
それと、これは後で聞いた話しなのだが、響華さん捜索のSSさん達は、犯人を刺激しないようにと地道に聞き込みをしていたらしい。
ホント、ご苦労様です。
とりあえず、今は迎えが来るのをノンビリ待つだけだ。
一応、足は奴らのバイクがたくさんあるので、帰れなくはないのだけれど――
さすがに、あんな痛々しく攻撃的なバイクで、お嬢さまと二人乗りして帰る勇気はない。
くぅ~……
何をするでもなし、ノンビリ空を眺めていたオレの耳に、隣から何やら虫が鳴くような音が聞こえてきた。
様子をうかがう様に隣を見ると、真っ赤な顔をして俯いている響華さん……
…………
…………
なるほど。もう、お昼の時間は過ぎているもんな。
オレは、持参していたバックから弁当箱を取り出し、響華さんへと差し出した。
「良かったら食べる?」
「えっ? これは?」
「ん、おベント。お嬢様の口に合うかは、保証しないけど」
「いえ、そんな――これは先生のではないですか。頂けませんよ」
一度受け取った弁当箱を、慌てて返そうとする響華さん。
しかし、オレはそれを受け取らず、アルミホイルに包まれた、おにぎりを取り出した。
「私はこれがあるから大丈夫。遠慮しないで食べて」
「は、はい……」
早弁用に作ったモノだが、意外な所で役にたった。
ついでに朝、コンビニで買ったペットボトルのお茶も、バックから取り出すオレ。
学院の自販機など使っていては、あっという間破産してしまうので、何本か買っておいたのだ。
まさに、備えあれば憂いなし。
オレがおにぎりにかぶりつくと、響華さんもおずおずと弁当箱を開いた。
「い、いただきます……」
そう言って、ゆっくり箸を伸ばす響華さん。
ちなみに今日は、真琴ちゃんの分もあったので少しだけ豪勢だ。
最初に箸を付けたのは鳥の唐揚げ。
お嬢さまの感想が気になり、横目で響華さんの様子をうかがうオレ。
「あっ、美味しい」
良かった。お嬢さまのお口にも、それなりには合ったらしい。
もっとも、『空腹は最高の調味料』ってだけかもしれないけど。
その後はゆっくりと、響華さんのペースに合わせるように、静かな食事を続ける。
元々がオレの弁当だっただけに、少し量が多いかなと思っていたが、残さずに全部食べてくれた。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さま」
空になった弁当箱を、丁寧にナプキンで包み直おす響華さん――
「でも……どうして学食があるのに、お弁当を持参しているんですか?」
などと、素朴な疑問をぶつけてくる。
「ジョーダン。あんな値段の高い所で食事していたら、あっと言う間に破産しちゃうわ」
「値段……ですか? あまり気にした事なかったです……」
さすがお嬢さま。言ってみたいね、そのセリフ。
「じゃあ、このお弁当は、そんなに安く作ってあるのですか?」
「う~ん、だいたい二百円くらいかな」
「に、二百円ですか? こんなに美味しいのに!?」
ふっ……驚いたかね?
女将を呼ぶのが好きな美食家曰わく、
『値段で味が決まる訳ではない』のだよ。
「それでも、今日は知り合いの娘にも頼まれていて、その娘の分も作ったから、ちょっと奮発したんだけどね」
「知り合いの……『娘』?」
んっ?
なんか一瞬だけど、響華さんの顔が曇ったような……気のせいかな?
「知っているかな? 二年生の東真琴ちゃんって娘」
「東真琴『ちゃん』ですか……? 面識は有りませんが、存じておりますよ。確か理事長の娘さんですよね」
なんか、『ちゃん』の部分を、凄く強調してなかったか?
てゆうか、更に機嫌が悪くなってない……?
「え、ええ、そう。理事長の娘さん。今の所に引っ越す前は隣の家に住んでいたから、幼なじみなのよね」
「幼なじみ? そうですか……では、朝は窓から部屋に入って、起こしに来て貰っていた訳ですね?」
誰だぁ~っ! お嬢さまに、そんなろくでもない事を教えたのはっ!?
オレか……
「い、いやだなぁ……それは、幼なじみの男子にする事よ」
「あら、そうでしたわね。私としたことが。おほほほほ」
「あは……あはははははは……」
い、痛い……
なんか響華さんの笑顔が、もの凄く痛い……
「あの~、なんか怒ってる?」
「いいえ、嫌ですわ先生。なんで、私が怒らなくてはいけないのですか?」
お、重い……
空気が凄く重い……
「でも先生……? 幼なじみなら、あの事もご存知なのでしょう?」
「あ、あの事とは、どの事かしら……?」
いやマジで、あの事とか言われても、心当たりがないんですが……
しかし、響華さんはスクっと立ち上がると、階段に座るオレを見下ろすように仁王立ち。
更に、黒い笑顔を浮かべながら、オレの頭に手のひらをのせた。
そして――
「これの事ですわっ!」
「あっ!?」
急に涼しく、そして軽くなるオレの頭。
でもって、響華さんの右手には大量の髪の毛……
あまりに一瞬の出来事に、思わず固まるオレ――
響華さんは、そんなオレを見てニッコリと微笑んだ。
「これは、どうゆう事か説明して頂けますか? 南・と・も・や・先生」
って! 名前までバレてるしっ!
響華さんの笑顔から、ドンドン黒いオーラが広がっていく気がする……
「じ、実は……」
ここまで来ては、とても隠し切れないと判断。
オレは観念して全てを話す事にした。
さすがにこの格好で、短髪は落ち着かないし、いつ迎えが来るかも分からないので、とりあえずウィッグは返して貰った。
また隣に座り直し、静かにオレの話しへ耳を傾ける響華さん。
蒼天の空に新緑の香り、そして爽やかな風が二人の間を吹き抜ける……
そんな中、オレの話す声だけが淡々と流れていた。
そして――
「そうですか……お姉さんが怪我で入院。それで、友也さんが身代わりを……」
オレが全てを話し終えてた、響華さんの第一声。
「怪我の原因も人命救助だし、強く責められないからね。まっ、オレは最初から、無理があるとは思っていたんだけどね……」
案の定、初日に真琴ちゃん、二日目に響華さんという、ハイペースで正体がバレてしまった。
「それでも、姉さんはたった一人の肉親だし、その姉さんの将来に関わる話しだから、やるだけはやってみようかと思ってみたけど……ヤッパリ無理だったか」
でも、入院は本当だし、一度も出勤しないで長休になるのと、二日でも顔を出したのでは少しは違うだろう。
それに、姉さんを推薦した理事長ってのが美琴さんなら、なんとかしてくれるかもしれない。
あとは、響華さんを説得出来れば――
「ホントは響華さんに、こんな事を言えた義理じゃないけど……この事は、内緒にして貰えないかな? 理事長には迷惑を掛けてちゃうけど、なんとか二学期からでも姉さんを復帰させて貰えよう、頼んでみようと思っているから……」
流れる沈黙……
オレの言葉を聞いた響華さんの表情は、硬い――
ヤッパ、無理だよなぁ~。
学院の治安っていうのをあんなに大切にしていた響華さんだ。こんな不正を許せる訳がないか……
「ふぅ~…………」
沈黙を破ったのは、響華さんの長いため息……
「無理だった? 義理じゃない? 何を言っいるんですか、先生?」
「な、何って……?」
「無理だったって、諦めるって事ですか?」
「いや、諦めるも何も……もう続けられないでしょう?」
オレの言葉に、響華さんは勢い良く立ち上がり、怒ったようにオレを睨みつける。
「それは私が、この事を問題にして、あなたを学院から追い出す――そんな風に考えているのですか!?」
考えるも何も、普通はそうするでしょう? 生徒会長なんだし。
「それに、義理じゃないって何ですかっ! 先生は私の友達――いえ、親友になってくれたんじゃないんですかっ!?」
「い、いや……それは、姉さんの立場として……」
「私が親友になったのは、友也さんですっ!!」
オレは言葉を失った――
二人の間に、爽やかな春風とは対照的な重い沈黙が流れる。
響華さんの長い髪がフワリと風になびき、そしてオレを睨むその瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「友也さんは、私が親友を追い出すような女だと思っているのですか? それとも……私では、あなたの親友にはなれないって事ですか……?」
綺麗な瞳に浮かんでいた、スーッと涙が頬を伝う。
姉さん……
こんな時、オレはなんて言えばいいだろか?
今、オレの頭に浮かんでいる言葉は二つだけ――
「ありがとう……で、いいのかな? それとも、ごめんなさい?」
今のオレには、それ以外の言葉が浮かんでこない……
しかし、響華さんは静かに瞳を閉じて、ゆっくりと首を横に振った。
「私が困るんです、先生がいないと。困った時に助けてくれる――支えてくれる親友がいないと……今まで何でも一人やってきた私に、親友って存在を教えた先生の責任です……」
響華さんの顔に、少しだけ笑顔が戻った。
そして、その笑顔に釣られ、オレの顔も少しだけ綻んだ気がする。
「だから責任を取って、これからも支えて下さい……親友として、生徒会顧問として……」
…………ん?
いい場面なんだけど……
なんか今、聞き捨てならない単語が混ざってなかったか?
「あ、あの~、響華さん? とてもいい雰囲気の所、大変申し訳ないんですけど――『なにとして』と言いました?」
「親友として」
「いや、そのあと」
「生徒会顧問として」
「………………」
「………………」
「え、え~と……それは、決定事項なのでしょうか?」
「当然です。もし放棄するなら、責任も一緒に放棄したとみなし、学院の全校放送でこの事実を明らかに致します」
「………………」
「という訳で、これからよろしくお願いします。友也先生」
ニッコリ笑顔を浮かべる響華さん。その笑顔に引きつった笑顔を返し、なんとか絞り出した最後の言葉――
「…………はい」
そして、ガックリうなだれたオレの耳に、遠くからリムジンのエンジン音が聞こえてきた。
―――FIN.




