第十一局 出たトコ勝負! 03
少しだけ時間を戻して、オレ達が突入する直前の話し――
オレ達は、目的地の少し手前にバイクを止め、徒歩で廃ペンションを目指していた。
森の中、元々は遊歩道だったのだろうが、今は荒れ果ててゴミがそこかしこに散らばっている。
ただ、ゴミが散乱していると言う事は、人通りがあるという事だ。
オレは歩きながら、携帯を確認する。
『圏外』
後ろを振り向くと、同じように携帯を確認した二人は首を横に振った。
小高い山の山頂付近にあるペンション。
それも潰れて数年が経ち、ほとんど一般人の出入りがない。もしかしらたと思っていたが、やはり携帯は圏外だった。
こうなると、もし何かあった時には、下まで走って行って連絡をとるしかない。一応バイクを止めた辺りは、ギリギリ電波が来ていたし――
そう考えると、一人ではないのは心強い。
オレの話を聞き、協力を申し出てくれた二人。
オレの当てが外れた時、捜索の手伝いと連絡係として付いて来て貰った。
最後までゴネていたが、二人には『危ない事には手を出さない、危ないと思ったらすぐに引き返して助けを呼ぶ』と、念押ししてある。
弁護士ババァの話しでは、プロの可能性だってあるのだ。この二人にまで、そんな危ない真似はさせられない。
パッと森が開け、目の前にペンションが見えて来た。
小さな湖畔に建つ、真っ白なペンション……
営業している時は綺麗だったのだろうけど、今はその面影もない。薄汚れた建物に、割れた窓ガラス、伸び放題の雑草。
そして、荒れ放題の駐車場には、似つかわしくない高級リムジン――
「ビンゴ!!」
今朝オレが見た、響華さんのリムジンだ。
しかし、リムジンの回りには、その高級感とは不釣り合いなバイクが何台も止めてあった。
今時、ロケットカウルにタケヤリマフラーって……見ているこっちが痛々しい。
「あの単車……想怒夢の連中ッスね」
「想怒夢……?」
後ろに居た国無が口にした言葉を、オレはそのまま聞き返した。
想怒夢……?
何かどこかで聞いた事のあるような……
そう言われれば、バイクのそこいら中に『想怒夢』のカッティングがベタベタと貼ってある。
「知らないッスか? 元々は、友子さん達が潰した轟猛羅のケツなめて走っている弱小チームだったんッスけど、轟猛羅が潰れてから急にイキがり出したバカ共ッスよ」
ゾクか――
まぁ、バイクは見るからに、いかにもなゾク車だけど、そんな奴らが何で響華さんを……?
オレ達は、少し離れた所から隠れて中の様子をうかがった。
こうゆう時は、窓が割れているのは助かる。
中に居るのは、白い特攻服の男達。
結構集まっているな……だいたい三十人って言ったところか。
そして、右手のソファーに響華さんも発見。縛られているみたいだけど、特に怪我もなく無事みたいだ……って!?
「あのトサカ野郎はっ!?」
白い特攻服の中でひときわ目立つ、紫のスーツに見覚えのあるトサカ頭――
昨日、校門前で騒いでいた男だ。
しかも、昨日と同じスーツ着ているって事は、やっぱりツーパンツスーツじゃねぇかっ!
「トサカ男って――あのスーツの男の事、知ってるんッスか?」
「いや、詳しくは知らないけど、昨日ウチの校門前で騒いでいたからシメてやっただけ……クニちゃん達は知ってるのか?」
「アレって想怒夢の先代……二代目の頭ハッてた奴ッスよ。今は引退しているみたいッスけど」
「そうそう、ちなみに今の頭ハッてんのは、奥に居るスキンヘッドのデカい奴ッス」
横から覗き込んで、説明するる二人――
え~と、つまりなんだ……?
色々大騒ぎしているけど、タダの御礼参りって事かっ!?
たくっ、あの弁護士ババァめっ!
何がプロの可能性だよ。単に後先考えてないバカ共の仕返しじゃねぇか。
とは言っても――
オレはもう一度、中を覗き込んだ。
集まっているのは三十人。しかも、後先考えられないバカ。
それに、あの人数は問題だよな……
「友子さんらしくない。なに考えて込んでるんッスか?」
「そうそう、三人で突っ込んで行けば余裕ッスよ」
悩んでいるオレに声を掛ける二人……
が、しかし――
「いや、待てお前達……お前達はそこまで付き合わなくていい。最初の予定通り私が時間を稼いでいるから、二人は山を降りて学院に連絡してくれ」
オレの言葉に二人は、不思議そうに顔を見合わせた。
「それは、危ない状況ならの話しッスよね?」
「こんなの全然危なくないッスよ」
「いや、でもお前ら――」
これは学院の――そして、オレと響華さんの問題だ。これ以上、二人を危険な事には巻き込みたくはない。
しかし、オレのそんな思いとはうらはらに、急に真剣な表情を浮かべる二人――
「オレら、友子さんと友也先輩には、返しても返し切れない恩があるッス」
「その借り、少しでも返させて下さい。お願いしますっ!」
そう言って、二人は深々と頭を下げた。
『恩』『借り』……
二人が何の事を言っているのか、すぐに分かった。
オレが空手部を辞めた原因……大学時代に暴走族からの闇討ちで、病院送りにされたのはこの二人なのだ。
退院後、まだ傷も完治しないうちに、松葉杖で足を引きずりながらウチへ謝罪に来た二人。
頭を下げる二人に、オレも姉さんも苦笑い。気にする必要はない、オレ達が勝手にやっただげだからと二人を慰めた。
ただ、次に二人の口から出た言葉に、姉さんの態度は急変した……
『友也先輩には申し訳ない事しました……』
『オレ達……責任取って、空手部を退部したいと思っています……』
それを聞いた姉さんは、いきなり二人を殴り飛ばした。怪我人を相手に手加減もなしに……
慌てて、姉さんを止めに入るオレ。
後ろからオレに押さえ付けられなが、それでも姉さんは二人を怒鳴りつけた。
『いいかっ! 部を辞めたのは友也が自分で考え、自分で決めた事だ! お前らが責任を感じる必要もなければ、責任なんて言うこと自体が、おこがましいんだよっ! それでも――それでも責任取るって言うんなら! 部を辞めるなんて楽な方に逃げてないで、友也の抜けた穴を二人で埋めてみろっ!! それが責任を取るって事じゃないのかっ!?』
その言葉に泣き崩れる二人……
姉さんの身体から力が抜けたのを見て、オレも姉さんから手を放した。
まるで土下座をするように、号泣している二人……
その二人の頭に、姉さんは優しく手を置いた。そして、先程とは一転、優しい微笑みを浮かべて語りかける――
『姉の私が言うのも何だけど、友也の抜けた穴は大きいぞ……頑張れよ二人共』
そのあと、何度も礼を言いながら泣き続ける二人――
そして、その二人が落ち着くまで、ずっと頭を撫で続ける姉さん。
その姿を、オレは微笑ましく見ながらも『ああ、やっぱりこの人には絶対適わないな……』と、痛感していた。
その後、コイツらは強くなった。
空手部の部長と副部長を勤め上げるくらいに……いや、あの時だって、闇討ちの不意打ちでもなければ、この二人なら負けてなかったはずだ。
そして今、その二人が頭を下げている。
姉さんなら――姉さんだったら、こうゆう時どうするだろうか……?
「二人共、頭を上げて――」
オレの言葉に黙って頭を上げる二人。
そして、真剣な目を――強い意志の籠った目をオレに向けて来る。
こんな時、姉さんなら……
「恩とか借りとか言うな。私らはダチだろ?」
こんな時、姉さんなら…………
「まぁ、でも――そのダチに頭下げて頼まれたら、イヤとは言えないよな……」
「友子さん、それじゃあ……」
二人の表情が、パッと明るくなる。オレは、そんな二人の顔を見ながら口元に笑みを浮かべた。
そう、こんな時、姉さんならこう言うはずだっ!
「よしっ! そうと決まれば作戦なんていらない! 正面突破で出たトコ勝負だ! いっちょう派手に暴れるよっ!!」
「押忍っ!」
「押忍っ!」
懐かしい、空手部流の返事を響かせながら、オレ達は正面入り口の前に立った。
『助けて! 助けてよっ! 南先生ーーーーっ!!』
まるで、示し合わせたかのようなタイミングで響く響華さんの悲鳴。オレのアイコンタクトに無言で頷く二人。
そして、オレ達三人は目の前にある扉を、力いっぱい蹴り飛ばした。




