第十一局 出たトコ勝負! 02
怖い……
どうなっているの? 何でこんな事に――
『誘拐……』
西園寺の娘として、そういう事もあると覚悟はしているつもりでいた。
世界でも屈指の大財閥である西園寺家――その娘ならば、利用価値と利用手段はいくらでも有るのだろう。
でも、実際にこうゆう目に会ってみると、震えが止まらない。
気持ち悪い……
ここはどこなの? なんなの、この男達は……?
手は後ろで縛られているけど、目隠しまではされていない。
座らされいるのは、入り口から右手。壁際に置かれている薄汚れた長ソファー。
辺りを見渡すと、木造の建物で板張りの床、そして吹き抜けの大きな室内と、すぐ右手には二階へ上がる階段がある……
造り的には、ホテルやペンションのロビーのようだ。
ただ、窓ガラスは割られ、ゴミや酒ビンが散乱し、壁にはスプレーで意味の分からない無数の落書き。
そして、何かツンとする科学薬品の匂いと、アルコールやタバコの匂いが混ざり合っい、胸がムカムカする。
なにより、広い室内にタムロする男達――
先程、ザッと数えてみたけど、ちょうど三十人。一様に白くて太いズボンに、白く裾の長い上着……
各々、背中や裾、太ももに初めて聞くような詩が刺繍してある。
テロリスト? それとも宗教集団……?
色々な可能性が頭に浮かぶ。
しかし、こんな奇妙な格好した人には、どれも当てはまらない気がする……
なによりも年齢だ。色眼鏡やマスクをしている人も居てハッキリはしないけど、みんな私と同じくらいの年齢に見える。そんな若者の集団に誘拐なんてされる心当たりなんて全くない……
「あ、あなたたちっ!?」
私が意を決して声を上げると、そこにいる男達の視線が集中する。
こ、怖い……でもゅ!
「あなたたち、何者なの? 何が目的でこんな事するの!?」
西園寺家の娘として、こんな者達に屈せはしない。そんな思いから声を張り上げた。
近くに座っていた、ビニールに何か液体を入れて、それを口に当てていた男が気怠げに立ち上がる。
そして、濁った目で私を見下ろしながら――
「アンパン食う……?」
そう言って、ビニールを差し出した。
うっ……!
私は、鼻を突く変な薬品の匂いに顔を背ける。
な、何なのアンパンって……?
「ふんっ。もうすぐ先代が来るから、直接聞いてみろや……」
男は、そうんな私を鼻で笑うと、元いた場所に座り、再びビニール袋を口にあて始めた。
分からない……私がさらわれた訳も、この人達の目的も……
バンッ!
突然、大きな音と共に、入り口の扉が乱暴に開かれた。
そして、今までだらけていた男達が立ち上がり、そろって扉の方を向く――
「お疲れさまですっ!!」
その扉から現れた人物に一斉に頭を下げる男達。そんな中をゆっくり歩いて来る人物に、私は息を飲んだ。
「あ、あなたは……」
見覚えのある男……
その男は私を見て、卑下た笑いを浮かべいた。
「昨日は世話になったな、お嬢さん……」
忘れもしない、その顔……昨日、校門前で騒ぎを起こした男だ。
「もう引退したとは言え、こんだけのチームで頭ハッてたモンとしちゃぁよ。あんな所で赤っ恥じかかされたとあっちゃぁ、キッチリけじめ取らんと示しが付かんのよ」
なっ……!?
た、たった……たった、それだけの理由で、こんな事をしたと言うの?
「あ、あなたっ! 自分が何をしているか分かっているのっ!?」
私は声を張り上げた。
悔しかったから……いえ、許せなかったから! たったあれしきの事で、こんな大騒ぎを起こして、運転手に怪我までさせてっ!
しかし、私の剣幕にも男達は全く動じない気配はない。
そして、卑下た笑いを浮かべる男の代わり、後ろの男達が茶々を入れる。
「何してるって、けじめ取る言うとるやろ」
「いいガッコ行っとる割に、物分かりの悪いネェーチャンだな、おい」
「ハハハハハーーーッ」
部屋中に響く笑い声。見下すように集まる視線。 そして、私を取り囲むように近付いて来る男達――
怖い……
身体が震え、背中に冷たい汗が流れる。
しかし、それでも私は虚勢を張った。
「あ、あなた達……こんな事して、どうなるか分かっているの? 今からでも私を解放なさい、悪いようにはしないから……」
虚勢を張ったつもりだった……
でも、声が震えている。情けない……西園寺家の娘である、この私が……
男達は、そんな心の脅えを見透かすように笑った。
「どうもなりはしねぇよ。ちゃんと手は打つからよ――おいっ!」
男の呼び掛けに、後ろにいた男が何かを取り出した。
ビ、ビデオカメラ……?
「そ、そんな物、どうするつもり……?」
「だから手を打つって言うとるやろ! 今から、ここに集まってる奴らと、お嬢ちゃんのHなビデオ撮影会や」
男の言葉に、目の前が真っ暗になった……
「お嬢ちゃんが、どこのお偉いさんの娘か知らんがなぁ、もしオレらに少しでもちょっかい出して来たら、このビデオがインターネットで世界中にバラまかれるちゅう訳や」
全身から冷たい汗が流れる。
い、嫌……嫌だ嫌だ嫌だ、そんなの絶対嫌だ……
でも逃げられない……周りには下品な笑いをうかべた男達が、私を幾重のも取り囲んでいる。
お願い……誰か助けて……
「おうっ――お嬢ちゃんの縄を外して、腕押さえてろ」
「オースっ!」
二人の男が私の後ろに回り、ナイフで乱暴に縄を切った。そして、私の右腕を二人掛かりで押さえつける。
すると男は、スーツの胸ポケットからペンケースのような箱を取り出した。
蓋を開けて、中から取り出したのは注射器。そして、その注射器に小瓶に入った液体を注入していく。
「三十人も相手にする訳やからな……こいつを打っておけば疲れ知らず、おまけに快感倍増や」
「も、もしかして……ま、麻薬……?」
男はニヤリと笑うと、空の小瓶を後ろに投げ捨て、注射器を差し出した。
「ヘロインや――そこらに出回っている混ぜ物の安物なんかと違ごぉて高級品や。よぉ効くでぇ」
麻薬……
麻薬なんて物、ニュースや新聞でしか聞いた事がない。ましてや自分が関わるなんて、想像もいていなかった――
「おい、ソデ邪魔……」
「オースっ!」
男の言葉に、私を押さえ付けていた男の人が、ナイフを使って制服を肩口から破り捨てた。
露わになった右腕――それをまた二人掛かりで押さえ付ける。
「いやっ! 止めなさい、放してっ!!」
なんと抜け出そうと抵抗するが、右腕は全く動かせない……
「抵抗するのも、大声出すのも勝手やけどな、こんなトコ誰も助けになんか来ねえぞ」
そんな事は分かっている。でも、こんなのは絶対に嫌だ……
「なに、痛いのは最初だけ――すぐに気持ちよくなるから」
吐き気がするくらい、歪んだ笑い……腕に当たる冷たい注射針の感触……
「嫌だ、助けて……助けてよ……先生……」
先生……?
消え入りそうな情け無い声。こんな声を出したのは生まれて初めてだった……
そんな情け無い声の中、無意識に出た『先生』という言葉。
そう、先生は友達になってくれると言った。私に出来た初めての友達……
そして、助けてくれると言ってくれた。何を差し置いても助けに来るって……
現実的に、そんなのはムリだって分かっている。
でも、先生が悪い訳じゃない……こんなドコとも知れない場所、来られるはずがないのだから――こんな場所、見つけられるはずがないのだから……
それでも私は、叫ばすにはいられなかった。私に出来た初めての友達の名前を――
「助けて! 助けてよっ! 南先生ぇぇぇぇーっ!!」
ダァーーン!!
私が叫ぶと同時に、入り口の扉が吹き飛んだ。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ~ン!」
吹き飛んだ入り口から現れたのは、三人分の人影……
その人影の真ん中、見覚えのある顔――見覚えのある笑顔。その笑顔に、私の瞳から涙が溢れ出た。
「助けて来たでござりまするよ、ご主人さま」
そこに立って居たのは、来るはずはない――来れるはずはないと思っていた人……
だから嬉しくて私は、その人の名前を呼んだ――大きな声で!
「南先生ーっ!!」




