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『オレの生徒はお嬢様!?』  作者: 宇都宮かずし
第一部 オレの生徒は生徒会長!?
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第一局 姉さんとオレ 01

「はぁ……まったく、何やってんだか」


 オレはベッドの脇にあった椅子に腰を下ろし、バツの悪そうに笑う姉さんに呆れた目を向けながら大きくため息をついた。


「いや~、面目ない」


 チィさんから電話を受けて、慌てて病院に駆けつけてみれば、ベッドの上にあぐらかいて暢気にお見舞いのバナナを食べているし……


 スピード違反で捕まるのを覚悟で、高速を飛ばして来たのが馬鹿みたいだ。


 もっとも、右足の骨折と靭帯の断裂――

 それなりの大怪我だし、右足のギブスは痛々しいと言えなくもない。


 まあ、ベッドの上であぐらをかいて無ければの話だけど……


「でも、大きな雪崩に巻き込まれたて聞いたけど、その程度の怪我で済むって、どんだけ頑丈な身体してんだよ姉さんの身体は?」

「んっ? 見てみるか?」

「見ねぇよっ!!」


 いきなりパジャマのボタンを外し始めた姉さんに、お見舞いのバナナを投げつけた。


 しかし、それを難無くキャッチすると、何事もなかったように頬張り始める姉さん。


「ほぉもやひってふか……」

「食べながら話さない!」


 ピシャリと注意すると、半分以上残っていたバナナを一口に頬張り、一気に丸呑みにする姉さん。

 豪快過ぎるにも程があるぞ……


「友也、知ってるか? 雪崩に巻き込まれたら、流れに逆らわず雪の中を泳ぐといいんだぞ」

「ホントかよ……」


 サイドテーブルのフルーツ籠からバナナを一本ちょうだいしつつ、オレは胡散臭そうに聞き返した。


「友也――バナナはいいけど、そっちの桃缶に手を出したら窓から叩き落とすからな」


 オレの命やすっ! 桃缶以下かよっ!


 まあ、ここは3階だから、落ちても死ぬ事はないだろう。ただ、姉さんの隣のベッドに送られる可能性はある。桃缶には手を付けないよう気を付けよう。


「で、姉さんは雪の中を泳いで生還した訳だ」

「あぁ、昔に読んだ漫画に、そうするといいって描いてあったのを思い出してな。中々気持ちよかったぞ」


 そんな事を実践しようとするのは姉さんぐらいだ。


「まぁもっとも、最後の着地に失敗してこの有様だけどな、アハハハッ」


 なんて笑いながらギブスをポンポンと叩いてみせる。

 どこまで楽天的なんだか。オレはともかく、一緒に来ていた人達にも心配と迷惑を掛けているというのに……


 ちなみに、一緒に来ていたチィさん他、ポンちゃんこと本田鈴乃、カンちゃんこと管直子の三人は一足先に電車で帰宅した。


 ずっと旅先の病院に入院するのは大変だからと、うちの近くの病院に入院の手続きをしてくれた上に、電車で移動は難しいからと、一度戻ったら車で迎えに来てくれるというのだ。


 ホントになんとお礼を言って良いのやら。近いうちに菓子折りを持って、お礼に行かなくては。


 一通り状況が把握出来た所で、あとはこれからどうするかだ。

 卒業目前で、まだ就職先の決まっていないオレと違い、夏前にはしっかり就職先が決まっていた姉さん。


 しかも、何を血迷ったのか業種は教職――そしてその学校と言うのが、またとんでもない学校で、カトリック系中高大一貫教育の全寮制女子校。

 更に政界や財界の娘ばかりが通うという、超お嬢様学院なのだ。


 オレ達みたいな一般庶民には本来一生縁のない学院のはずなのに、いったいどんなコネを使ったのやら……


 卒業式まであと3日。姉さんなら式の方は車椅子なりで出席出来るだろう。けど問題はその後だ。


 以前に姉さんから聞いた日程を思い出す――


 確か卒業式から5日後の4月1日から新卒教員は研修が始まり、そして4月6日には新学期……


 つまり、8日後には研修が始まり2週間後には新学期が始まる訳だ。


 それに対して姉さんの方はといえば、骨折はともかく断裂した靭帯の方が深刻で、完治にはリハビリを考えると3ヶ月は掛かるらしい――


 こんな姉でも、たった二人の姉弟。なにより5年前に両親を事故で亡くしてからは、たった二人の肉親だ。

 出来れば幸福(しあわせ)になって欲しい。まして、倍率何十倍なんてゆう、お嬢様学校の教員になれるチャンスは潰して欲しくない。


「で、姉さん……あっちの方はどうするんだ?」


 声のトーンを少し落とし、真面目な口調で問いかけた。


「あっちか……」


 長年一緒に暮らした姉弟だ。それだけで質問の意図を察してくれたらしい。姉さんも真剣な表情を浮かべながら、ゆっくりと口を開く――


「やっぱり病室に男を連れ込む訳にはいかないからな……しばらく性欲処理は、一人Hで我慢を……」

「って、そっちじゃねぇよっ!! 仕事っ! 教師になるって方っ!!」


 前言撤回だっ! オレと姉さんでは思考回路が根本的に違うらしい。


「友也……病院で騒ぐのは、姉さん感心しないぞ」


 騒がせた元凶が、したり顔で何言ってやがる!


「それに、そっちなら大丈夫だ。ちゃ~んと考えてある」


 そう言うと姉さんは、オレの座る方とは逆のベッドサイドから大きめの紙袋を取り出した。

 そして中身を覗くように確認すると、笑みを浮かべながらその紙袋をオレの方へと差し出した。


「友也が来る前に、カンに頼んで用意して貰っんだ。あいつは美容師志望だから、こうゆうの詳しいし」


 そういえばカンちゃんは、地元の有名美容室に就職が決まってたっけ。ちなみに余談だが、チィさんは保育園の保母さん、ポンちゃんは大手自動車メーカーのデザイナーにそれぞれ就職が決まっている。

 ホント羨ましいかぎりだ。


 とりあえず、渡された紙袋の中を覗いて見るオレ。


「何これ……ズラ?」

「ズラじゃない、ウィッグ……と、言うらしい」

「何が違うだ?」

「知らん」


 まぁ、オレも姉さんもオシャレやファッションには疎い方だし、余り気にせずに中の物を取り出してみた。


 色は黒髪でオレや姉さんの髪質に似ている。長さはロングで、オレが被ったら姉さんと同じ、腰の下くらいまであるかな……


 ……

 …………

 ………………って、まさか!?


 驚きの表情を浮かべ、顔を上げたオレを見てニッコリ笑う姉さん。


「おっ、気付いたか友也? さすが双子、考える事は同じだな」


 い、いや、そんな事はない! オレと姉さんの思考回路が全く違う事は、さっき証明されたばかりだっ!

 それにいくら姉さんでも、そんな事を考えるはずがない……多分。


「ね、姉さん……も、もしかして……?」


 その予想を否定してくれる事を祈りながら、掠れた声で姉さんに問いかけるオレ。

 しかし、そんな希望を打ち砕く攻撃力の、爽やかな笑顔で出て来た言葉は――


「そう、あたしの怪我が治るまで、友也が代わりに先生やってくれ」


 ……………………

 ……………………


 呆けた顔のオレと満面の笑みを浮かべる姉さん。無言で見つめ合うこと約五秒。


 そして――


「アホかぁぁぁぁーーっ!!」


 沈黙を破る大絶叫が病室に響き渡る。


 しかし、そんな怒声にも全く動じる事なく、またまたしたり顔の姉さん。


「だから友也、病院で騒ぐのはよくないぞ」


 ホントにそう思うなら、騒がせるような事を言うなっ!


「だいたい、そんなことムリに決まってるだろ!」

「友也……やりもしないうちからムリだなんて……姉さんは、お前をそんな子に育てた覚えはないよ」


 安心しろ。オレも育てられた覚えはない!


「どうしてもダメか?」

「ダメ!」


 キッパリと断言。強引な姉さんの事だ、ここで少しでも引いたら、うやむやの内にやらされる事になるに決まっている。


 しかし姉さんは一つため息をつくと、ワザと視線を外すように遠くを見つめながら話を切り出した。


「時に友也よ……就職は決まったのか?」

「ま、まだだよ……」


 さすが姉さん、痛い所を突いてくる。


「そうか、やっぱり第一希望は、アニメの制作会社なのか?」

「わ、悪いかよ……」


 さっきまでの、おちゃらけた態度とは打って変わった姉さんの真剣な表情に、若干たじろぎ、声を詰まらせるオレ――


 そう、姉さんの言うように、オレはアニメやゲームの制作会社を中心に就職の面接を受けていたのだ。


「バカを言うなっ! 悪い訳ないだろう。たった二人の姉弟だ、どんな事があっても姉さんは友也を応援しているぞ」

「姉さん……」


 そんな照れくさいセリフを真顔で言う姉さんに、ちょっとだけ感動した。


「仮に友也が、アニメヒロインの等身大ポスターを持って来て『今日から一緒に暮らすオレの嫁だから……』とか言い出しても、姉さんはちゃんと受け入れるから」

「そこまでディープにハマってネェよっ!!」


 てゆうか返せ! さっきのオレの感動を返せっ!!


 まったく……


 確かにアニメやゲーム自体は嫌いではない。いや、むしろ好きな方ではあるけど……


 しかし、姉さんは知らないだろう。それが、そっち方面に就職を希望している理由ではないのだ。


 小さい頃から、何でも人並み以上にこなしていた姉さん。オレが先に始めた空手も、あっさりとオレより強くなっていた。


 子供の頃、そんな姉さんよりもオレが、唯一上手く出来ていたのが絵を描く事だった。

 それが嬉しくて、一時期は絵やイラストばかり描いていたっけ――


 まぁ結局は、姉さんに負けない分野の仕事がしたいってだけなのだ。

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