第九局 大事件発生! 01
うぷっ……
朝から伸び切ったカップ麺は、胃がもたれるぜ……
っと、ダレてばかりもいられない。本日は新学期二日目。当然、通常授業が行われる。
しかも、本日の一限目は我が二年F組での授業だ。
ちなみに教壇に立つのは、今日が初めてと言うわけではない。
大学時代、単位を取る為に一度、教育実習に行った事がある。もっとも、その時は男子高だったので、今回とは勝手が違うだろうけど。
相変わらず、中からは物音一つ聞こえない教室のドアの前で、オレは大きく深呼吸をする。
そして、ついさっき緑先生と朝のHRに訪れたばかりの教室に、今度は一人で乗り込んで行くオレ。
「皆さん、おはようございます」
元気に挨拶をしながら教室の中に入って行くと、やはり生徒達は全員キッチリ席に着いていた。
机に座って話してるヤツ、トランプやゲームをしているヤツ、早弁しているヤツ、寝ているヤツ……なんていうのは一人もいない。
オレが言うのも何だが、オレ達が通った高校の教師が、もしこれを見たら卒倒するんじゃないか……?
オレがそんな事を考えながら教壇に立つと同時に、委員長が号令をかける。
静かなのはいいが、これはこれでやりにくい……
とても冗談なんか飛ばせる雰囲気じゃないし、下ネタなどはもってのほかだ。
と、愚痴ばかり言っていても仕方ない。ピシッと気合い入れて授業をやりますか!
「はい、では教科書の6ページを開いて下さい」
そう言って、チョークを持ち、黒板に向かった瞬間――
ピンポンパンポーン♪
『南先生、南先生、至急、学院長室までいらして下さい。繰り返します。南先生、至急、いえ大至急! 学院長室までいらして下さい!』
静まる教室。そして、重い沈黙……
てゆうか、背中に刺さる三十人の視線が痛い……
オレの初授業、黒板に最初に書いた文字は――
『自習』
「すみません白鳥さん、あとお願いします」
窓際最前列に座る委員長に声を掛けるオレ。
「かしこまりました、あとはこの白鳥家の次期当主、白鳥葵にお任せ下さいまし」
「葵様は、仕切りたがりの目立ちたがりなので、自習の仕切りはお手の物だ、でございます」
「誰が、仕切りたがりの目立ちたがりですかっ!?」
「ついでに鍋武将でも、ございます」
「それを言うなら、鍋奉行ですわっ!!」
相変わらずだな、この二人……
「撥麗さん。ご主人さまをからかうのは程々にね」
「かしこまりました、でございます」
「じゃあ、よろしくお願いします」
そう言い残し教室を出て、一路学院長室に向かった。
※※ ※※ ※※
建物全てが豪華な造りのこの学院で、輪をかけて豪華な造りの学院長室。
その、豪華な造りの木製両開きのドアをノックして中に入るオレ。
「失礼しまーす」
入って正面、大きなアンティークデスク。昨日はそこに居たヤドカリ頭が、今日は見当たらない――
「こっちです」
声のする方の目を向けると、大きな部屋の右手にあ、応接セットに三人の人間が座っていた。
三人の内、一人は見覚えのあるヤドカリ頭。その正面に、スーツ姿の小太りオバさん。
そしてその隣はに、ピシッと正装した中年男性……
ただ、その中年のおっさんは、頭に包帯を巻き、右腕を首から吊り下げていた。
それに、顔にも痣がいくつか見えるし――結構な怪我じゃないのか、これは……
しかしこの男、どこかで見覚えの有るような、ないような……
「南先生、こちらへ」
「し、失礼します……」
学長の隣を勧められ、普段座り慣れないクッションの効いた革張りのソファーに腰を下ろす。
「初めまして、南先生。わたくし、こういう者です」
「あっ、これはご丁寧にどうも……」
小太りオバハンから差し出された名刺に目を落とす。
え~と、なになに。三谷法律事務所、副所長――弁護士さんか。
で、名前が…………ん?
「え~と、ピンフっ子さんですか?」
「平和子です!」
あぁ、なるほど。『たいら』さんか……
「失礼しました……それで、その弁護士先生が、わたしなんかに何のご用意でしょうか?」
「コホン。わたくし、西園寺家の顧問弁護士を務めております」
西園寺家? 響華さんっちの……?
って! 思いだした! 正面に座ってるこのおっさん、響華さんの運転手じゃないかっ!?
それが、こんな大怪我してるって……
「響華さんが、どうかしたんですかっ!?」
「その件で、いくつかお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
「えっ? は、はい……」
はやる気持ちはあるが、話しを聞かないと始まらない。
とにかく今は、このオバハンに従うしかないのか――
「では……運転手の話ですと、今朝早くに、響華さんが先生の自宅を訪れたのは間違い有りませんね?」
「は、はい」
オレの返事を聞き、学長が隣で大きなため息をついた。
「ではその後、六時四十五分に運転手が迎えに行くまでは、ずっとあなたの部屋に居たわけですね?」
「正確な時間はわかりませんが、だいたいそのくらいの時間だったと思います」
「ふむ……では、部屋へ運転手が迎えに来てから、お二人が車に戻るまでの時間は分かりますか?」
「ん……迎えに来て直ぐに帰りましたから、二~三分程度じゃないですか」
いったい何なんだ? そんな事が関係あるのか?
「ふむふむ……運転手の証言と一致しますね。学院長、やはり間違いないようです」
「そのようですね。細かい話しは後で。まず、こちらはマスコミ対策を……」
「分かりました、こちらはSSの方に連絡致します」
そんなやり取りのあと、学長は内線電話を、弁護士先生は携帯を取り出した。
「ち、ちょと、いったい何があったんですか?」
「あなたは少し黙っていなさいっ!」
学長は、オレの呼びかけを一喝して、内線の操作を続けた。
何なんだいったい……?
一方的に呼び出して、一方的に話しを聞くだけ聞いて――
とりあえず、先に電話が繋がったのは学長の方。
「教頭先生、例の件は間違いないよです。マニュアルBを参照に、マスコミ対策をお願いします……」
だから何なんだよ、マニュアルBってのはっ!?
その後も教頭と何やらやり取りをしている学長。その直後、弁護士先生の方も携帯が繋がったようだ。
「もしもし、平です……はい、はい。二人の証言は一致しました。響華さんの誘拐は間違いないよです……」
「――――!!」




