第八局 親友と書いてマブダチ 02
「とある所に、空手をやっている姉と弟の双子がいました。姉弟とも、高校時代は全国大会に出るほどだったそうよ」
誰の話しかなんて分かっていると思うけど、あくまで第三者視点で話しを進めていく。
そう、大学二年の夏の終わり――秋期大会の直前にあった、あの事件を思い出しながら……
大学に入り、姉さんは空手を止めたけど、オレは空手部に入り一年の最後の大会では全国大会で決勝に進むほどになっていた。
そして二年になり、後輩が出来た。
特に、その中の二人とはオレも姉さんも気が合った事もあり、すぐに四人で遊ぶような仲になっていた。
だがある時、同じ大学の女の子が、ガラの悪い男達に絡まれている所にその後輩の二人が出くわす。
当然、その二人は女の子を庇って、その男達を追い払った……
ただ、厄介な事にそのガラの悪い男達は、当時勢力を伸ばしていた「轟猛羅」という暴走族のメンバーだったのだ……
翌日の夜、暴走族達に集団で闇討ちにあい、病院送りにされる二人。
それまでも、その族とは小さなイザコザが有った事もあり、オレも含め部員のほとんどが二人の仇を討つ事に同意してくれた。
しかし、当時の部長が報復を禁止したのだ――
理由は秋期大会を控え、怪我や問題を起こす訳には行かないという事。
それは分かる。部長にしてみれば、最後の大会だ。出場辞退なんていう事態は避けたいだろう。
また、オレも去年、形だけは全国大会で準優勝という事もあり、大学側も期待しているという。
それでも納得が行かないオレ。最後まで部長を説得したが、やはり聞き入れて貰える事はなかった。
オレは肩を落とし家に帰ると、その事を姉さんに話した。
そして、その話しを聞いた姉さんは――
そこで、一旦話しを区切る。あまり面白い話しではないだろうけど、響華さんは興味津々と言った感じで話しを聞いていた。
暴走族とか報復とか、全く縁がない話しだろうから、興味があるのかもしれない。
「さて、落ち込んで帰って来た弟の話しを聞いたお姉さんは、どうしたと思う?」
一方的に話すのも何なので、少し話しを振ってみる。
「えっ? それは……家族が落ち込んでいたら、心配して励ましたり、慰めたりするんじゃないですか?」
まぁ、それが普通の反応だよなぁ……
でもご存知の通り、あの姉さんは普通ではない。
響華さんの答えに、オレは首を横に振った。
「ぶん殴った……思いっ切り、手加減なしで」
「殴ったって……」
そう、姉さんは殴った……オレは殴られたのだった――
こうして、始まった姉弟喧嘩。もっとも姉弟喧嘩でオレが勝った事なんて、ほとんどないし、ヤッパリあの時も――
「あいつらは、ダチだろう!? お前は、ダチがやられているのに、自分可愛いさに下を向いちまう男なのかっ!?」
「分かっているよ! オレだって悔しいんだよ! でも部長がっ!」
「人のせいにするなっ! 何が部長だ。もし、自分の言っている事が正しいと思うなら、そこは部長をぶん殴っても我を通す所じゃないのか?」
「…………くっ」
この時オレは、姉さんの言う事に何の反論出来なかった。
「あいつらは、私にとってもダチだ。でも、今回は空手部の問題だから空手部の奴らに任せよう――そう思っていた。でもヤメだっ! 空手部がそんなに腰抜けの集まりだっていうなら、この件は私が一人ででもケジメを着けるっ!」
姉さんはそう言うと、壁に掛けてあった真っ赤なサマージャケットを羽織った。
「待てよ姉さんっ!」
「何だ? 腰抜けの言う事なんて聞かないぞ」
そう言って、オレを冷たい瞳で睨み付ける姉さん……
しかし、ここはオレも引く訳にはいかない。姉さんを睨み返すように口を開いた。
「…………1日だけ、待ってくれ」
お互い視線を外す事なく、沈黙が流れる。
長いような、それでいて短い沈黙のあと、姉さんは目を伏せて微かに笑みを浮かべた。
「1日だけだぞ」
「ああ……」
「じゃあ、お姉ちゃんは景気付けにパチンコにでも行ってくるから、晩飯は精の付く物よろしく♪」
そう言い残して部屋を出て行く姉さん。
後日、オレは部長に退部届けを叩きつけた。
そして、駅前で姉さんと合流。その足で、轟猛羅達の溜まり場になっていると言う、潰れたクラブに乗り込んで行った。
と、ここまで話すと、響華さんの顔が少し青ざめていた。
「たった二人だけでそんな所に……それで、どうなったのですか?」
「さぁ~、私も聞いた話しだから詳しくは分からないけど……」
もう誰の話しかなんて、バレバレなんだろうけど、少しだけもったい付けてみた。
「でも、次の日の新聞には『地域最大の暴走グループ壊滅』、なんて三面記事に載っていたような気がするわね」
まぁ、オレも姉さんも空手の有段者である。
あいつらだってそうだ。不意打ちの闇討ちでもなければ、喧嘩早いだけの素人には、そうそう遅れは取らない。
だだ、その話しにお嬢様は、もう絶句っ……と言った感じだった。
そして、独り言のように、ポツポツと呟きだす。
「有望されていた部活を辞めて、たった二人でそんな怖い所に乗り込んで行ける……それが友達……」
「そう、損得勘定なしで付き合えるのが友達……いや、この場合はマブダチかな」
「マブダチ……?」
お嬢様は、初めて聞く言葉に首を傾げる。
「そう、親友と書いてマブダチ」
「親友……マブダチ……」
「ちなみに、本気と書いてマジ、好敵手と書いてライバル。強敵と書いてトモと読んだりもするわね」
よくある、マンガの当て字をあげてみた。
ただ、お嬢様にとっては、全て初めて聞く言葉だろう。
「先生は、とても物知りですね……今まで、何人もの家庭教師に色々と教わりましたけど、先生の言う事は私の知らない事ばかり」
誉められているのか……?
正直、こんな事をいくら知っていても、なんの役にも立たないぞ。
「先生……もしも……もしも私が、先生の友達にれたとしたら……私が本当に困った時、先生は助けに来てくれますか?」
「はぁぁ……もしも? なれたとしたら?」
オレは大げさにため息をついた。
「ねぇ、響華さん。友達の定義って何だと思う」
「…………」
響華さんは、少し考えてから小さくクビを横に振る。
「まぁ、友達の定義なんて人それぞれかもしれないけど。ただ、わたしの友達の定義は、一緒にいて楽しいと思える事、バカな事を言って笑いあえる事、そして腹を割って悩みを話し合える事……」
「…………それって?」
「響華さんは今、楽しくなかった?」
オレの問いに、今度は大きくクビを振った。その姿が微笑ましくて、オレもつい笑みがこぼれた。
「私は、もう響華さんとは友達……いや、マブダチのつもりだったんだけど、そう思っていたのは私だけ?」
「先生……」
「助けに行くわよ……何を差し置いてでも」
オレの言葉を聞いて、響華さんの大きく見開いた瞳から、大粒の涙が溢れた。
えーっ! な、なぜ泣く!? 今の所って泣く所?(←泣く所です)
友達になるの、泣くほど嫌って事?(←バカ)
と、とりあえずハンカチ、ハンカチ!
オレは慌てて、ハンカチを取り出し……って、昨日の娘に貸したままだーっ!
「大丈夫です、先生……」
あたふたしているオレをよそに、自分のハンカチを取り出して、涙を拭う響華さん。
「ありがとうございます、先生……とても嬉しかった」
えっ? 嬉しかった……? じゃあ、嬉し泣き?
その言葉に、オレはホッと胸をなで下ろした。
ピーンポーン♪
と、ちょうど話が一段落した所で、玄関のチャイムが鳴った。
「誰よこんな朝から――新聞屋かしら? 洗剤は欲しいけど、新聞はいらないわよ」
そう言って、席を立ったオレを見て、響華さんはクスクス笑っている。
「何? どうかしたの?」
「だって先生……弟さんと同じ事を言っていたから。ヤッパリ双子なんですね」
えっ? 全然意識していなかった……てゆうか、同一人物ですから。
「それに、今のは多分、ウチの運転手です」
左手の腕時計を確認しながらそう言うと、一緒に席を立つ響華さん。
並んで玄関まで移動してドアを開くと、そこに立っていたのは、ピシッと正装をして白い手袋をはめた中年の男。
「お嬢様、そろそろお時間でございます」
「わかりました、すぐに戻ります。下で待っていなさい」
「はい、かしこまりました」
きっかり四十五度に頭を下げる運転手さんに、毅然とした態度で指示を出す響華さん。この時すでに、彼女の顔は西園寺響華の顔に戻っていた。
この歳で、西園寺家の娘というものを毅然と演じる彼女。でも本当の彼女は、とても脆く弱々しい……
オレはそんな彼女が、とても不憫に思えてならなかった。
「先生? よろしければ、学院までお送り致しますよ」
「勘弁してよ……昨日、あれだけヤドカリ先生にお説教されたのに、西園寺家のお車でご登校なんていったら、今度は何を言われるか……」
彼女のお申し出は、丁重にお断りする。
「ヤ、ヤドカリ先生……ですか?」
「居るでしょう? ヤドカリみたいな大きな巻き貝を頭に乗せた、お説教大好き先生が」
「それって……学院長先生?」
響華さんの答えに、オレは大きく頷いた。直後、部屋中に二人分の笑い声が響く――
その後、オレは車に向かって歩く二人を、二階の廊下から見送った。
ウチの前の道は狭いので、大きなリムジンは入って来れず、少し離れた場所に止まっていた。
しかし、何で金持ちは大きな車に乗りたがるのだろう?
小回りは効かない。狭い道は入れない。スーパーやコンビニに行っても、駐車場スペースもない。
ないない尽くしで、いい事ないと思うのだが――それでもやはり見栄を張りたいのだろうか。
ただ、よく見るとナンバーの『31―02』って、サイオンジの語呂合わせか?
結構やる事が、お茶目だな西園寺家。
しかし、もう少し時間があれば朝飯を作っても良かったかな……
でも材料がないか。さすがに、西園寺のお嬢様にカップ麺を食わせるワケにも……って、朝飯!
オレはダッシュでキッチンに戻り、そして膝から崩れ落ちた――
カップ麺……お湯を入れて、すっかり忘れていた。
しかし、そこは貧乏性のオレ。冷めていようが、伸び切っていようが、しっかり全部食べ切った。




