第八局 親友と書いてマブダチ 01
只今の時刻は午前六時。
そんな早朝から、Tシャツにトランクス一丁というラフな格好で台所に立つオレ。
「よし、完成!」
そして、目の前には二つのお弁当&早弁用のおにぎり。一つは昨日約束した真琴ちゃんのお弁当だ。
しかし……
オレの方はともかく、真琴ちゃんの方は姉さんの弁当箱を使ったので、普通の女の子には大き過ぎたかな?
まぁ、育ち盛りだし大丈夫だろう。
久しぶりの弁当作りという事もあり、気合いを入れて早起きし過ぎたようだ。これから朝の準備をしても、三十分以上は余裕がある。
まぁ、久々にリラックスした格好で、のんびりと朝の時間を過すのもいいだろう。
ついこの間まで、姉さんの部屋に桃色熊さんが住み付いて居たからなぁ……
もし、少しでも気を抜こうものなら、すぐに食べられてしまっていただろう。だから、こんな格好でリラックスするなんて出来なかったし。
じゃあ、とりあえず朝飯を――
と、思ったけど、余ったご飯は全部おにぎりにしてしまったか……
しゃーない、カップ麺でも作るか。
キッチンの戸棚からカップ麺を取り出し、お湯を注ぐ。
ピーンポーン♪
そして、お湯を注ぎ終わってフタをすると同時に、玄関のチャイムが鳴った。
誰だよこんな時間に……新聞屋か? 朝早くからご苦労な事だ……
「ハイハ~イ、洗剤は欲しいけど、新聞はいらないよ~。バイト先に売る程あるか…………ら」
そんな軽口を言いながらドアを開けた瞬間、。言葉を失い、思わず固まるオレ。そこに立っていたのが、予想のはるか斜め上の人物だったから――
そして、オレが固まっている様に、やはり向こうも固まっていた。
しかも顔を赤くして、オレの下半身を凝視しながら――
「………………」
「………………」
「うわぁ、ご、ごめん!」
「こ、ここ、こちらこそ、し、失礼致しました!」
自分がトランクス一丁という格好だった事を思い出し、オレが慌ててドアの影に身体を隠すと、相手も長く綺麗な黒髪をなびかせながら、慌てて後ろを向いた。
見覚えのある黒髪……
そう、ドアの外に立っていたのは、生徒会長こと西園寺の響華さまだった。
な、なんで会長さんが、こんな朝早くにこんな所へ……?
「あ、あの……み、南先生はご在宅でしょうか?」
あまりの事態に頭が真っ白になっていたが、会長さんの言葉にオレは慌てて現在の状況を整理する。
そう、設定上はオレと南先生別人で、オレと彼女は初対面で、この場合の南先生は姉さんの事だから、え~と……
「ね、姉さんは、まだ寝てるんじゃないかな……? ちょっと見て来ます」
オレは慌てて部屋に戻ると、脱ぎ捨ててあったGパンを穿いて、すぐに玄関へとUターン。
ドアを開けると会長さんが、さっきと全く同じ場所に後ろを向いて立っていた。
「ごめんなさい。姉さん、まだ寝てるみたい……」
オレが声を掛けると、ビクッと反応するお嬢様。そして恐る恐ると言った感じで、ゆっくり振り向いて、オレの格好を確認する……
そして、今度はちゃんとズボンを穿いているという事を確認すると、ホッとした顔をして正面を向いた。
「申し訳有りません……まだお休み中でしたか」
「あの~、良かったら、中で待っていて下さい。姉さん叩き起こしますから」
「よろしいのですか?」
「え、は、はい、どうぞ」
そう言って、オレは会長さんを中に促した。
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
しかし……なんか違和感があるなぁ。
てか、昨日とは雰囲気がだいぶ違う感じがするぞ。
まぁ、それはさて置き。
西園寺のお嬢様をお迎えするにはかなり見窄らしい部屋だけど、とりあえず会長さんを名ばかりのリビングにお通して、オレはキッチンへと飲み物を用意しに向かった。
まず冷蔵庫を開けて中を確認する。中にある飲み物は、牛乳・午前の紅茶・発泡酒・プロテインの4択だ…………
って! 迷うまでもねぇ!
2Lのペットボトルを掴み取ると、グラスに氷を入れ紅茶を注いだ。
とてもお嬢様の舌に耐えうる代物じゃないけど、あの中では一番マシだろう。
紅茶の注がれたグラスにバイト先でガメてきたストローを挿してトレーに載せ、リビングへと戻るオレ。
「すみません、こんなモノしかなくて」
礼儀正しく、正座をして待っていた会長さんに紅茶を差し出すオレ。
「そんな、こちらこそ気を使わせてしまいまして……すみません、頂きます」
そう言って、差し出された紅茶を一口。
「あら、美味しい……」
何ですとぉぉ~っ!?
スーパーの特売で買った、お一人様2本限りの午前の紅茶が、まさかお嬢様の口に合うなんて……
「これは、なんて飲み物ですの?」
「えっ? あ、あぁ、午前の紅茶って言います」
「午前の紅茶――そういえば昨日、先生が話しをしておりましたわ。でも……これが紅茶ですの?」
そう言ってもう一口……
「そう言われれば、紅茶の風味がしますけど……でも、紅茶と思って飲まなければ、とても美味しいです」
なるほど――
紅茶としては落第だけど、飲み物としては合格らしい。まぁこうゆう紅茶は、美味しく感じるように色々混ぜ物が入っているからねぇ。
「じゃあ、姉さん起こして来ますので、少し待っていて下さい」
そう言い残して、姉さんの部屋の前に立つ。
「姉さ~ん、入るよ~!」
などと、リビングまで聞こえる様に一人芝居をしつつ、自分の部屋に入った。
さて、急がないと! 今こそユリさんとの特訓の成果を見せる時っ!
そんな事を考えながら、急いで姉さんへの変身を開始する。
……
…………
………………
そして約十分後……
ふふふっ……変身の最短記録を更新っ! これも、ユリさん直伝の速攻メイクテクのおかげだな。
とりあえず、全身鏡の前でクルリと一回り。
よし、どこから見ても姉さんだ。
そして、鏡を覗きながら、自分の両頬をバシッと叩いて気持ちを切り替え、部屋を出る。
「ごめん、ごめん、お待たせ~」
相変わらず礼儀正しく正座をしている会長さんに、明るく声を掛けオレ。
「あっ、先生、おはようございます」
「うん、おはよ」
挨拶を返しながら正面の席に座ると、会長さんの手にある文庫本が目に付いた。
「あれ、その本……?」
「あっ! すみません、勝手に――」
会長さんは慌てて本を閉じると、それをテーブルの上に置いた。
その見覚えのある表紙は、昨日読み終えたばかりのライトノベル。田舎の生徒会を舞台にしたドタバタラブコメディものだ。
おそらく、タイトルにある『生徒会』という文字が琴線に触れたのだろう。
「あっ、いいのいいの。どうせ弟が読みっぱなしで、散らかしておいたんでしょ――なに? 面白かったの?」
「今までこうゆう本を読んだ事はなかったのですけど、とても興味深いです――普通の学校の生徒会っていうのは、こうゆうモノなのかなって……」
そりゃまあ、お嬢様が読むような本じゃないしね。てかラノベに出てくる生徒会を、普通とは言わんけど。
「それに……登場人物がイキイキしていて、みんな楽しそう……」
「ん? じゃあ、ラファールの生徒会は楽しくないの?」
「楽しい……?」
会長さんは、オレの問いを更に自問するようにポツリと呟いた。
そして――
「楽しいと思った事も、楽しくしようと考えた事もありません――いつも考えていたのは、西園寺の娘として完璧でありたい。誰からも認められる会長でありたい。そんな事ばかりでした……」
なるほど……さっきから感じる違和感の原因が、何となく分かった気がする――
今、目の前にいるこの娘が本当の西園寺響華であり、昨日会った彼女は、自信に満ち溢れ誰からも認められる完璧な生徒会長を演じていただけなんじゃないだろか?
そう、だから今の彼女は、こんなにも弱々しい……
「ねぇ。それ、続きが気になるんなら、貸して上げるわよ」
ここで一緒に沈んでも仕方ない。オレは場の空気を和らげようと、努めて明るく振る舞っった。
「えっ? でも、これは弟さんのじゃ――」
「大丈夫、大丈夫。よく言うでしょう『弟の物は姉の物、姉の物は姉の物』って」
姉さんがよく言うセリフだが、自分で言ってもムカつくな~、このセリフ。
「クスッ……そんなの初めて聞きました」
「ウソっ!? じゃあ覚えて置きなさい。これは『ガキ大将理論』と書いて『ジャイアニズム』と読むのよ」
「じゃあ先生は、ガキ大将なんですね?」
「ま、まぁ~、そうゆう事になるのかしらね」
ようやく笑ってくれた。確かに姉さんは、ガキ大将がそのまま大人になった感じだし。
「ところで、弟さんはどうしたんですか?」
ギ、ギクッ!
「な、なんかコンビニに行くって出ていったわよ」
「えっ? いつの間にですか?」
「え~と……私を起こしてすぐに、窓から……」
く、苦しい言い訳だな……
「窓って、ここ二階ですよ!?」
おっ! でもなんか信じてるぽいぞ。
「二階って言っても、落ちて死ぬ高さでもないし――上流階級の人は知らないだろうけど、下々の者は普通に窓から出入りしてるわよ」
「そ、そうなんですか? 初めて知りました……」
ちょっとビックリした顔をしながらも、納得したご様子。
なんか信じちゃったみたいなんですけど……ちょと面白いな。
「ちなみに庶民のあいだでは、幼なじみ女子と呼ばれる人種は、窓から出入りして毎朝幼なじみ男子を起こしに行かなければいけないという、暗黙のルールもあるのだよ」
「そんな……女性もなんて……」
完全にカルチャーショック状態のお嬢様……
ダメだ、笑いが止められない――
「くっ、くくくくくっ………」
「あぁぁっ! もしかして、ウソですか?」
「はい、ウソです。ごめんなさい」
「もう、先生っ!!」
なんか頬を膨らませて怒っているけど――その姿もなんか微笑ましくて、また笑ってしまうオレ。
そして、それにつられるように会長さんも笑い出した。
良かった。何にしても、女の子は笑っていた方がいいよな。そして、弟の事も、うやむやになったし、結果オーライだ
じゃあ、リラックス出来たようだし、この辺りで本題に入ってみようか。
「それで会長さん――」
「会長さんは止めて下さい――響華でいいです」
「そう? じゃあ響華さん。こんな朝早くから、何しに来たのかしら?」
そう、単刀直入に切り出すオレ。そして、少しの沈黙のあと、響華さんはゆっくりと話しを切り出した。
「昨日の話し……昨日先生が話していた友達について、あれからずっと考えてました……先生の言うよな友達の関係って、本当にあるのでしょうか? いえ、それ以前に人を――他人を、どうしてそこまで信用出来るのですか?」
ゆっくりと区切るように、そして、溜め込んだモノを吐き出すように、疑問をぶつける響華さん。
「響華さんは、利害のない友人関係は成立しないと思っているのよね?」
「はい……私は小さい頃から、そう言われて来ました。人が集まるのは、そこに利があるから。人を惹き付けるのは利。しかし、西園寺家の人間として、その利を安売りする事なく上手く人を使え……と」
「う~ん……まぁ、確かにそれも真理なんだろうけど――それってさ、財界の世界の話しであり、西園寺家のお嬢様としての話しなんじゃない?」
「えっ……?」
上流階級や財界の事なんて詳しくは知らんけど、オレからしたら利益が有るとか無いとかで、付き合いが変わるなんていう方が信じられん。
「西園寺の響華様としての立場で居ないといけない時もあるだろうけど、それ以外は家なんて関係ない。ただの響華ちゃんで居ればいいんじゃないかな?」
「西園寺ではない私――?」
オレの言葉に、また悩み始めてしまった響華様。
オレからすれば、そんな深く考える事でも、悩む事でもないんだけど……
まあ、これが生まれた世界の違いなのか。
オレは、横目にDVDレコーダーへ表示されている時間を確認する。
この部屋、時計ないからなぁ~。今度、壁掛け時計でも買ってこよう――百均で。
っと、まだ少し時間あるな。
「あまり参考になるか分からないけど、こんな話しがあるの」
「はい……」
オレの切り出しに、顔を上げて真剣な表情を見せる。
いや、そんな真面目な話しでもないんだけどね。




