第三局 VSメイドさん2 二本場 合コン? オフ会?
「てゆうか、お兄ちゃんの猫耳メイド服がどうとか聞こえて来たけど――着るの?」
「着ませんっ!」
どこからともなくデジカメを取り出す真琴ちゃんに、キッパリと断言。
オレの猫耳メイドなんて誰得だよ?
「それで? 何を騒いでいたの?」
「お騒がせして申し訳ございません。友也さまに本日のご予定を確認しておりました」
「そう……」
ご主人さまへ、仰々しく頭を下げるつばめさん。あながち間違いではないけど、騒がしかったのは別の話題でだったけどね。
「それで、先生? 今日は何かご予定があるんですの?」
「えっ? ああ、今日は大学の後輩に飲み会に誘われてるんだ。だから、夜は不在になるから」
「むっ!?」
「飲み会……?」
オレの口から出た飲み会というワードに、二人の目付きが一気に険しくなる。
「お兄ちゃん……その後輩って、女の人じゃないでしょうね?」
「いやいや、違う違うっ!」
まるで、兄離れ出来てない妹から向けられる様な真琴ちゃんの追求を、慌てて否定するオレ。
「飲み会に誘って来たのは。国無と三元だから」
「ああ、なんだ。クナッシーとミッチーか」
「そう。あのお二人ですの」
あからさまな安堵の声を漏らす二人。真琴ちゃんとは姉さん経由で面識があると聞いていたし、響華さんは拉致事件の時に会っているので、二人の事は当然知っている。
てゆうか、あの二人。真琴ちゃんから、クナッシー、ミッチーなんて呼ばれてんのか?
「まあ、あの二人なら安心かな。女っ気は全く無さそうだし」
「そうですわね」
うん。あえて否定はしないし、否定出来る要素もないコメントだけど、本人達の前では言わないようにね。アイツらマジ泣きしそうだから。
「まあ、男同士の付き合いもあるだろうし」
「今日は早めにお暇いたしましょう」
二人から漏れた言葉に、胸を撫で下ろすオレ。
まあ、とりあえずだ。
これで、この二人を説得するという、最大の難関は突破できたわけ……ぞくっ!?
難関の突破にホッと安堵した瞬間、オレの背筋に凍り付くような悪寒が走った。
な、なんだ……この獲物を狙う爬虫類から向けられる様な、ねっとりとした悪寒は……?
恐る恐る振り返ると、そこにはとてもニコやかな天使の微笑みを浮かべるメイドさんの姿があった。
堕天使の様な、ドス黒いオーラを背に……
「時に友也さま? 今朝方、わたくしが友也さまを起こしに部屋へ参りました折、件の国無さまからお電話がありました」
「へっ?」
「起こしていけないと思い、すぐに着信音を消致しましたら、留守電の方に繋がっておりまし――」
「ちょっ、まっ!!」
起こしに来たのに起こしてはいけないという、おかしな日本語を使うメイドさんが差し出す使い古された携帯電話。
慌ててそのガラケーへと手を伸ばすオレの両脇を、二つの疾風が吹き抜けた。
「貸せ……」
まるで縮地の如き移動速度でオレを追い越した幼馴染みと生徒会長さまは、メイドさんから奪い取った二つ折りのガラケーをパカッと開いた。
「ちょっと、真琴ちゃ――」
『友也先輩? まだ寝てるんッスか?』
呼び止めるオレの声へと被さる様に、スピーカーから流れ出す留守電の音声。
お願いしますっ! どうか、例の件に関する伝言じゃありま――
『今日の合コンの件ッスけど、向こうの娘達も全員参加出来るそうッス。なんで、時間と集合場所は予定通りでよろしくッス』
お、おおぅ……
オレの願い虚しく、一番知られてはいけないNGワードが飛び出してきた。
音声が止まり、静寂の中。パタンッとゆっくり閉じられた携帯の音が、とても大きく聞こえてくる。
「お兄ちゃん……」
「友也さん……」
大きく見開いた瞳で、ゆらりと振り返る二人。
その光の消えた瞳は、まさにリアルヤンデレ顔。
やだっ、マジ怖いんですけど……
「コレはどう言う事か――」
「説明していただきましょうか……?」
まるで井戸から這い出してきた貞子さんの様に、ゆっくりと、そしてユラユラと歩みを進める二人。
オレは真琴ちゃんが差し出す証拠の品を、引きつった笑顔で受け取りながら、逃げる様に後ずさった。
まずい……何とか、誤魔化さなければ……
でないと、一週間後どころか、今すぐこの貞子シスターズに殺されかねん。
「じ、実はじょう――」
「友也さま」
ネットで得た膨大な知識の中から、現状に最適な言い訳を口にしようとした瞬間。メイドさんのよく通る綺麗な声がオレの言葉を遮った。
「一応、先に言っておきますが、言い訳はコレ以外のモノでお願い致します」
そう言って、後ろ手に持っていたフリップをオレの方へと向けるメイドさん。
そして、そこには写植と見間違うほどの達筆な文字で、こう書かれていた。
『内緒で合コンに参加した事がバレた時の言い訳ベスト3
一位 上司|(取引先)の誘いで断われなかった
二位 ただの人数合わせだから
三位 合コンではなく、ただの飲み会だと思っていた|(聞いていた)』
なん……だと?
か、考えていた言い訳が、一瞬にして全て潰されてしまった……
てゆうか、そんな物まで用意してるとか、このメイドさんいい仕事しすぎだろっ!!
い、いや……そもそも、インターネットで得た知識に頼ろうとした事が失敗だった。オレもネットの知識には、それなりに自信あるけど、それはつばめさんとて同じだろう――
いや、もしかすると、オレ以上かもしれない。
それに当の真琴ちゃんも、ネットにはそれなりに精通している。
おそらく、ネットで得た言い訳など通用しなかっただろう……って、ネット?
そうか、ネットか……
「ちょっと待って。二人とも、何か誤解してるようだ」
「「誤解……」」
「そう、誤解。てゆうか、国無達の奴も誤解してるようだけど、コレは合コンではなくオフ会なのだよ」
そう、オフ会。
合コンとオフ会の定義は少々あやふやだけど、基本的にはオンライン上で知り合った人達がオフライン――つまり、現実世界で集まり親睦を深める事をオフ会と呼ぶ。
今回の飲み会もネットを通じて申し込まれたと言う事なので、オフ会という事で間違えないだろう。
なんでも、国無と三元が個人的にやっていた空手のSNSへ、とあるフォロワーから飲み会の打診を受けたそうなのだ。
聞いた話しでは、格闘技が好きな娘たちらしいけど、相手の身元はおろか面識すらないという事らしいし。
「オフ会ねぇ……」
「そう、オフ会。合コンなどという下品な集まりではなく、空手――とゆうか、格闘技が好きな奴が集まり、親睦を深めるという崇高な――」
「なるほど……親睦を深めて、オフパコに持ち込むつもりだと……?」
「そうそう、オフパコに――って、しないからっ!! てゆーかっ! 年頃の女の子が、そんな下品な言葉を使ってはいけませんっ!!」
だいたいっ、そんな簡単に物事が良い方に運ぶほど世の中は甘くない! もし世の中がそんなイージーモードなら、彼女いない歴=年齢なんて惨状は起こり得はせんわっ!!
人生の厳しさを噛み締めながら、兄貴分として、そして教師として、若者の言葉の乱れをビシッと注意するオレ。
しかし、下品なネットスラングを口にした幼馴染みの隣では、そんな言葉とは一生縁の無さそうな生徒会長さまがキョトンと首を傾げていた。
「オフパコ……? オフパコとはなんですの?」
「高貴な淑女は知らなくても――って、何してんのっ!?」
中華メイド、撥麗さん直伝の言葉で、話題の打ち切りを試みたオレ。
しかし、そんなオレの眼前で真琴ちゃんとつばめさんが、首を傾げる響華さんの両耳へヒソヒソと口を寄せていた。
色白の肌をみるみると紅潮させていく響華さん。
そして、説明を終えた二人は、やり切ったとばかりに不敵な笑みを浮かべながらコチラへと振り返る……
「『何を――』と申されましても……わたくしは、お嬢さまの護衛兼家庭教師。お嬢様の質問へお答えするのは、わたくしの職務でございます」
「それに、知識とは人生の選択肢を広げる糧。故に、無駄な知識など存在しないのですわ、お兄さま」
「いやいや、無駄な知識は存在しなくとも、知って害になる知識というのは存在するぞっ! そして、その害ある情報にフィルターをかけ、遮断するのも家庭教師の仕事ではないのかねっ!?」
オレの投げたド正論に、知らんぷりでソッポを向く二人。
そんな二人に挟まれていた響華さんは、耳まで真っ赤に染まった鬼の形相で足を一歩踏み出した。




