第二局 ホットケーキは好きだよ 二本場 藁に木槌に五寸釘
「ふうぅぅぅぅ……」
ビターな大人の味のするホットケーキ三枚を、甘めのコーヒーと共に気合いと根性でどうにか胃袋へと流し込んだオレ。
口の中に残る苦味を中和する様に、二杯目のコーヒーを一気に飲み干した。
「お疲れ様でした、友也さま」
よく通る澄んだ声でねぎらいの言葉を発しつつ、つばめさんは空いた安物のマグカップへと三杯目のコーヒーを注いでいく。
アキバあたりでティッシュを配っている『なんちゃってメイドさん』とは比べるのも失礼なくらい、洗練された綺麗な所作。
叶わぬ夢と思いつつ、本物のメイドさんのいる生活に少なからず憧れの様なモノがあったオレだけど――
オレの視線を受け、ニッコリと微笑む西園寺家のメイドさん。
そこからオレは、同じテーブルに着くメイド服の生徒会長、そして幼馴染みへと視線を移動させていく。
こんな美人のメイドさんに囲まれているのに、全く感動も喜びも感じないのはなぜだろう……?
そもそも、なぜこんな安アパートにメイドさんがいるのかといえば、原因はあの日の夜――北原さんが拉致され、それを助け出した日の夜に遡る。
そう、あの日の夜――女装の師匠でもある桃色熊から、再度の泊まり込みと再教育を提案された日に……
その提案に、生命と貞操、更には人としての尊厳の危機を感じたオレは、戦術的撤退とばかりに夜の歓楽街へと一目散に逃げ出した。
とはいえ、コチラは全身打撲の満身創痍状態。
そして、そんな弱った草食動物的オレを追いかけるのは、肉食系野生動物並みの身体能力に肉食系腐女子の心を持つ二人のメイドさん。
結果は火を見るより明らかで、アッと言う間に捕食――ではなく、捕獲されたオレ。
しかし、その後も頑なな抵抗を示した事が功を奏し、何とか同居だけは免れる事が出来た。まあ、代わりに、GW中は、彼女達の訪問を拒否出来なくなってしまったけど。
ちなみに、今は三人しかいないけど、昨日はここに白鳥さんと撥麗さん、そして北原さんの姿までもあったのだが……
「ところで白鳥さんと北原さん、今日は来ないのか?」
「ん? 白鳥さんは撥麗さんと一緒に、ぎっくり腰で入院してるお父さんのお見舞いをしてから来るって」
チッ……来るのか……
幼馴染みからの返答に、眉を顰めるオレ。
「北原さんの方は、道場の方に用事があるとかで、今日は来られないと連絡がありましたわ」
チッ……来ないのか……
続く生徒会長さまからの返答へ、更に大きく眉を顰めるオレ。
この個性派揃いの美女軍団の中で、あの和風美少女は唯一の癒やし的存在なのに……
まあ、一応2LDKとはいえ、この古い安アパートに全員集合すると、かなりの手狭になってまうけど。
いや、手狭という以前に、こうも姦しいとご近所の方々へ迷惑になってしまう。
特に、三浪中のお隣さんは、ピリピリしてるだろうし。
なにより……
オレは、コーヒーに口をつけながら、メイド服姿の三人を見回した。
「ね、ねえ、三人とも……ウチに来るのはいいけど、せめてメイド服を着るのはやめない?」
「え? でもお兄ちゃん、メイド服好きでしょ?」
お茶請けのせんべいを噛りながら、キョトンとした顔を見せる真琴ちゃん。
あれ? オレってば、幼馴染みから一体どんな目で見られているのだろう……?
まあ、メイド服が好きなのは、あえて否定しないけど。
「いや、好き嫌い以前に一般常識というか、ご近所さんの目というものがあるだろ? だから――」
「ご心配には及びませんわ、友也さま」
オレの説得を遮る様に口を挟む、つばめさん。
「ご近所へのご挨拶は、昨日のうちに済ませておりますから。メイド服のまま」
「うおぉぉぉ~いっ!?」
なんて事してくれちゃってんの、この人たちっ!?
「そういえば、お隣の方――私達の格好を見て固まったかと思ったら、なぜか泣きながら走り去っていったわね。ジェイフルがどうとか、五寸釘と木槌がどうとか叫びながら……」
あっ……ああ……あああああ…………
「まあ昨晩、水戸から取り寄せた本格藁包み納豆をお贈り致しましたので、少しは気も晴れておられるでしょう」
「そういうモノなの?」
「はい、そういうモノなのでございますよ。お嬢様」
キョトンと首を傾げるご主人さまに、ニッコリと微笑むメイドさん。
って、藁に木槌に五寸釘……だと?
夜中に聞こえて来た『カーン……カーン……』とかいうあの音ってもしや……
昨夜、ベッドの中で聞いた不気味な音を思い出し、オレは左胸を抑えながら顔を青ざめさせた。
「まあまあ。コレもハーレム系主人公の宿命だよ、お兄ちゃん♪」
いやいや、オレはそんなモノになった覚えなど、全くないのだがね?
 




