第一局 何気ない朝の風景 二本場 路傍に咲く一輪の薔薇
「それで、容態はどうですの?」
「はい。微熱も治まり、容態も安定しつつあります」
いや、まあ確かに……動くと時々、身体に痛みが走るけど、日常生活に問題がないくらいには回復している。
そして、それが肉食系メイドさんズと桃色熊さんによる、適切な応急処置のおかげである事も理解しているし、その点には感謝もいている。
でも、気付いて下さい。痴女メイドのご主人さま。
今、彼女の手にある、診察や怪我の手当には全く不必要な『デジカメ』という文明の利器の存在に……
「そう。それは良かった。では先生? 私は朝食の支度に戻りますので、準備が出来ましたらダイニングにいらして下さいまし」
「………………はい」
ベッドの隅で縮こまるオレに上品な笑みを向け、踵を返して部屋をあとにする響華さん。
どうやら、そんなオレのささやかな願いは、西園寺家次期当主さまに届かなかったようだ……
いや、そればかりか、その願いは若干斜めに逸れて、オレの妹みたいな存在である幼馴染みに届いてしまったようである。
目敏く、つばめさんの手にあるデジカメを見つけた真琴ちゃん。
真剣な表情を浮かべ、つばめさんの耳に口を寄せた。
「それで、どこまで撮れました? ま、まさかっ、ゾウさんまで……?」
「いえ。残念ながら、トランクスまででございます……」
「トランクスッ!? 女性下着ではなく、男性下着だったんですね!?」
「はい……非常に残念ながら……」
せっかく耳に口を寄せているのに、ここまで丸聞こえのヒソヒソ話し。
何やら、ホッと胸を撫で下ろす真琴ちゃんと、ガックリと肩を落とすつばめさん。
てか、朝から何の話しをしてるんだ、キミ達は……?
「じゃあ、その画像データ。私のPCアドレスの方に送っておいて下さい」
「かしこまりました」
「って!! かしこまりまるなっ!!」
さすがにここまで来ると、寝ぼけた頭も覚醒し、眠気も異次元の彼方に吹き飛んでしまていった。
「色々とツッコミたい事あるけど、とりあえず着替えるので二人共部屋から出てって下さいっ!」
布団に包まったままで、部屋のドアを指差すオレ。
しかし、当の本人達はオレの指差す方とは、全く別の方へと動き出した。
「わたくしの事ならお構いなく。路傍に気高く咲く一輪のバラとでも思って、気にせず着替えをなさって下さいまし。お兄様」
そう言って、ベッドの横まで移動して、正座しながら真剣な表情を浮かべる真琴ちゃん。
「いやいや、路傍にバラなんて咲いてないからね。道端に一輪のバラが咲いてたら、逆に気になってしょうがないわっ」
何やら、口調まで気高く変わってしまった真琴ちゃんにキッチリとツッコミを入れてから、今度はクローゼットの方へと向かった、つばめさんに目を向ける。
「それで? つばめさんは、何をしてるんですか?」
「友也さまこそ何を仰れております? 先程も申し上げた通り、主の着替えのお世話はメイドの特権でございますっ!」
もはや、言い直しすらしなくなったッ!?
「それで、友也さま? 本日のお召し物はいかがなさいましょうか? わたくし達とお揃いの衣装も、ご用意しておりますが」
「いらんわっ!!」
クローゼットから、ある意味見慣れたメイド服を取り出して広げるつばめさんに、荒げた声を上げるオレ。
そもそも、何でオレのクローゼットからメイド服が出てくるっ!?
「左様ですか。では、初夏らしく、こちらのワンピースなどいかがでしょう?」
「いや、だからね……」
次いで出てきた水色のワンピースに、オレは頭を抱えてため息をついた。
「ささっ、友也さま。お手伝い致しますので、早くお着替えを。ワンピースがお気に召さないのであれば、黒ゴス服も用意しておりますゆえ」
「そそっ、お兄ちゃん。早くお着替えをっ!」
両手にワンピースとゴスロリ服を持って、にじり寄るメイドさんと、目を輝かせて身を乗り出す幼馴染み。
その姿にオレがもう一度、大きくため息をつくと――
「あなた達……何をしておりますの……?」
そんな彼女達の背後に、魔王の如きドス黒いオーラを纏った絶対無敵生徒会長さまが降臨あそばされた。
まるで壊れて錆びいた機械人形の様に、ゆっくり後ろへと振り返る二人……
「お、お嬢さま……こ、これは、あの……メ、メイドの特権……ではなく職務として、お着替えのお手伝いを……」
「そ、そう……バラの運命に生まれた者としての気高い義務と言うか何と言うか……」
ラスボスの登場に身を震わせる腐メイドとバラの幼馴染み。
しかし、そんな二人の言い訳を、
「で?」
の、ひと言で――いや、一文字で切り捨てる、無敵生徒会長さま。
「…………………………申し訳ありません」
「…………………………ごめんなさいした」
その迫力に、下手な言い訳は通じないと観念したのか?
長い沈黙のあと、つばめさんと真琴ちゃんは揃って頭を下げた。
「そう……では、疾く速やかに部屋を出て、居間で正座でもしてなさい」
「「サーッ! イエッサーッ!」」
直立で敬礼を返すと、我先に居間へと逃げ出す二人。
あの二人を簡単に服従させるとか、マジパネェなウチの生徒会長さまは……
「先生もです。もうすぐ朝食が出来上がりますので、早く支度を済ませて、居間へいらして下さい」
「サ、サー……イエッサー……」
布団に包まったままで敬礼を返しつつ、生徒会長さまのメイド服という激レアな後ろ姿を見送りながらため息をひとつ。
女三人寄れば姦しいとは言うけれど――なんか、朝からドッと疲れたわ……




