第二十九局 後始末 三本場『やらないか?』
「では、我々も、早々にお暇しましょう、でございます」
「そうですね……千鳥。言われた通り、車は二台以上で来ていますね。その中の、一番大きな車に友也さまを寝かせて下さい」
「はいっ! こんな事もあろうかと、屋敷近くの消防署から救急車を強奪――ではなく、接収して参りました。只今、備え付けのストレッチャーを持って参ります」
「いい判断です。千鳥」
「お褒め頂き、ありがとうございますっ!」
い、いや……た、確かに都合は良いかもしれないけど、救急車を接収するのは、やり過ぎではないかしら……
「とはいえ、どこに参りますの? 南先生は、医者は嫌だと仰っておられましたし」
「え~と……確かお兄ちゃん、二丁目の白百合の木がどうとかって……」
「白百合は、木などに咲きませんわよ。それに二丁目なんて、この日本には、それこそ星の数ほどありますわ」
「んん~……。二丁目には、何となく心当たりがあるけど、白百合の木は……」
「まあ、二丁目に心当たりがありますの? それはどこなのですか?」
「おそらく、高貴な淑女が近付いてはイケない『ウホッ!』的な場所だと思います」
「それでは、わたくしが参れないではありませんかっ!」
ストレッチャーに乗せられる南先生を見つめながら、白鳥さんと真琴さんの会話に耳を傾ける。
その『ウホッ!』的というのは意味不明ですけど、とりあえず真琴さんには、二丁目という場所に心当たりがあるらしい。
しかし、白百合の木の方は、彼女でも分からないようだ。
正直、真琴ですら分からないのなら、お手上げだ。先生には申し訳ないけど、やはり病院へ……
「白百合の君――」
「えっ?」
「おそらく友也さまは、白百合の木ではなく、白百合の君と言いたかったのだと思います」
先生をストレッチャーに乗せていた千鳥たちに、そのまま病院へと指示を出そうとした時だった。
撥麗さんとお互い耳打ちをしながら、何やら話し合っていたつばめが、会話に割って入るように口を開いた。
なるほど……白百合の君か。それを先生は、『白百合のき』まで言った所で気を失ってしまったのだとしたら、辻褄は合う。
「ところで、つばめ。その白百合の君というのが、何なのかは知っているの?」
「はい、お嬢様。二丁目の、とある飲食店の名前です」
「飲食店……? 先生は何故、そんな場所へ……?」
「その飲食店のマ――んんっ! 店主が元自衛隊の士官だからではないでしょうか?」
何かを言いかけて、それを誤魔化すように、淡々と答えるつばめ。
何を言いかけたのかしら?
それはともかくとして、自衛隊の士官か……
戦闘訓練や災害救助を行う自衛隊員は、怪我などの応急処置にも詳しいと聞いた事がある。そういう意味では、確かに適任なのかもしれない。
それにしても……
「やけに詳しいのね?」
「ええ。わたくしと撥麗さんが、行き付けにしているお店でもありますから。むしろ、友也さまが知っていた事の方に驚いております」
ふむ、元自衛官で、つばめや撥麗さんが行き付けにしているお店の主人なら、信用出来る人物なのでしょう。
「わかりました――千鳥、聞いての通りです。友也さんをその白百合の君まで運んで下さい。わたくしたちも、すぐに後を追いますから」
「かしこまりました、響華さま」
恭しく頭を下げて、先生の乗ったストレッチャーを運び出す千鳥たち。
さて、わたしたちも、急いでその白百合の君へ向かわないと――
「と、ところで撥麗さん?」
「なんでございまか、真琴さま? でございます」
「やはり、その……二丁目というのは、『ウホッ!』な二丁目の事のですか?」
「はい、『ウホッ! いい男……』な方々の集まる二丁目です。でございます」
「て、てことはっ! その白百合の君って、『そこの君、やらないか?』的なお店なんですか?」
「全部とは申しませんが……まあ、男性客の殆どは、『俺はノンケだって、かまわないで食っちまう人間なんだぜ』的な方々ですなぁ、でございます――ジュルッ」
「なっ……お、お兄ちゃんが……そんな、くそみその店に……」
何故か、恍惚とした笑みで口元を拭う撥麗さんと、両膝を着いてガックリと項垂れる真琴さん。ついでに、つばめまで恍惚とした笑み浮かべている……
というか、何語を話しているのアナタたちはっ! ちゃんと、わたしにも分かるように、日本語で話しなさいっ!
いやいや、今はそれどころではない。
千鳥たちは、もう出発してしまったのだ。わたしたちも、早く後を追わなければ。
「何を落ち込んでいるのかは知りません、そんなのは後になさい!」
「で、でも……お兄ちゃんがそんなトコに行ったら、ゼッタイ受けですよ……しかも総受け……」
「訳の分からない事を言ってないで、いいから来なさいっ!」
わたしは、この世の終わりに直面したかのように落ち込む真琴さんの襟首を掴んで、ズルズルと引き摺りながら歩き出す。
「受け……しかも、総受け……でございますか」
「総受け……なんて心地よい響きなのでしょうか……」
そして、わたし達の三歩後ろを、夢見心地で嬉しそうに着いて来るメイドたち……
なんで、真琴さんとつばめ達で、こんなにも反応が違うのだろうか?
その『総受け』とはいったい……?
「ねぇ、ちょっと、お待ちなさいっ!? そこは、高貴な淑女のわたくしが参ってもよろしいんですのっ!? ねえっ! よろしいんですのぉぉぉぉぉ~~~~っ!!」




