第二十九局 後始末 一本場『たんたんコンビ♪ 再び……』
「い、医者はいい……そ、れより、も……二丁目に……ある、白百合のき………………」
「友也さんっ!!」
「お兄ちゃんっ!?」
床に寝かされ、目を閉じたまま何かを言いかけた南先生。
その、絞り出すように紡いでいた言葉が途切れた瞬間、わたしと真琴さんは、同時に声を上げた。
顔中に……いえ、おそらく身体中にアザや裂傷を作り、ぐったりと横たわる南先生。
つばめが、そんな南先生の傍らに膝を着き、脈や瞳孔を確認する。
微かに上下する胸板。まだ呼吸をしてあるのは確かだけど……
「どいて下さい、つばめさん! こうなれば、不肖このわたくし、東真琴による乙女のキスで、スリーピング・ビューティーの目をっ!! ムチュゥゥゥ~……」
「アナタは、少しジッとしてなさいっ!」
突き出した唇を、南先生の顔へと寄せる真琴さんの頭を両手で掴んで、その動きを阻止するわたし。
まったくこの子は、この非常時に……
いや、この子はこの子なりに、この潰されそうな重苦しい雰囲気を、少しでも――
「ノオォォォ~~ッ!? 一回だけっ! 先っぽだけだからぁ~っ!!」
いえ、それは考え過ぎかしら……
「ふむ……先っぽだけなら構いませんが、出来る事ならこのまま眠らせてあげて下さい」
「つ、つばめっ! 友也さんの具合はっ!?」
「ご安心下さい、お嬢様。怪我のせいで微熱が出ていますが、呼吸も脈拍も安定しております。緊張の糸が切れて、気を失っただけでしょう」
「そ、そう……良かった」
つばめの言葉に、ホッと胸を撫で下ろす、わたしたち。
良かった……大事に至らなくて、本当に良かった……
心の中でそう何度も呟くわたしの目に、ゆっくりと涙が溢れ出す。
そんな、涙で霞んだ視界の端。静かに目を閉じる先生の傍らに、藍色の着物が膝を着いた。
「申し訳ありません、南先生……わたくしの……わたくしのせいで、こんな……」
とても綺麗な姿勢で正座する北原さん。
悲しげな色を宿した瞳を向け、先生の頬へとゆっくり手を伸ばしていく。
おおよそ、剣道などをしているようには見えない、細く白い指――その指が、先生の青く変色した頬へ触れる直前、躊躇うようにその動きが止まった。
「…………」
しかし、その逡巡の時間は、ほんの一瞬だけ。男性恐怖症であるはずの彼女の指が、先生の頬に出来たアザをそっと撫でていく。
「北原さん、あなた……」
「忍ちゃん……」
白鳥さんと真琴さんから漏れる声……
そして、慈しむかのように先生へと触れる指先に、わたしの胸がギュッと締付けられる。
「つばめさん、任務完了しましたっ!」
「そう、ご苦労さまです。ゴミ共は適当に縛って、スミにでも寄せておいて下さい。間もなく回収が来るはずですから」
「了解ですっ!」
街中の喧騒のように、頭の中を素通りしていくつばめと千鳥の会話。まるでわたしとは無関係な、遠い世界のやり取りのよう……
北原さん……やはり、アナタもなの……?
そんな思いが、胸に湧き上がって来た時だった――
「お嬢さんっ!?」
突然、大きな音をたてて入り口の扉が開き……いや、開いたと言うより、扉が吹き飛んで、ジャージ姿の大柄な女性達がなだれ込んで来た。
見覚えのある七人の女性たち。
今朝、先生と北原さんの待ち合わせ場所にいた女性たちだ。
「あ、有子さん? それにみなさんも……?」
驚きに目を丸くしながらも、綺麗な所作で立ち上がる北原さん。
ジャージ姿の女性たちは、その北原さんの姿を確認すると、物凄い勢いで駆け寄り、興奮気味にその周りを取り囲む。
って、気を付けて下さいっ! 足元には南先生が居るのですから、間違えても踏み付けないようにっ!!
「お嬢さん、大丈夫ですかいっ!? 怪我はありやせんかっ!?」
「だ、大丈夫ですよ、怪我はありません。それより、みなさん、まずは落ち着いて……」
「落ち着いてる場合じゃねぇッスよっ! 変な事されなかったッスかっ!? 膜はっ!? 膜はまだちゃんと有りますかっ!?」
「へ、変な事なんてされてませんし、膜もまだちゃんと有りますよ。有りますから、まずは落ち着いて――って、なんて事を言わせるんですかぁーっ!?」
急に顔を真っ赤にして、声を張り上げる北原さん。
「「まく……? まくとは――」」
「「「高貴な淑女は知らなくてもよい事ですっ!!」」、でございます」
わたしと白鳥さんが同時に首を傾げると、つばめたち三人が被り気味に声を揃える。
「なるほど。では、わたくしは知らなくて結構ですわ。お~、ほっほっほっ~っ!」
得意気に声を上げて笑う白鳥さん。
このやり取りも、もう何度目だろうか……?
しかし、ここまでの傾向を見るに、このやり取りは説明するのが面倒な時に使われているように思う。
なのでわたしは、『わたしにその手は通用しませんよ』という意味を込めて三人を睨みつけた。
しかし、その視線を受け、揃って視線を逸す三人……
仕方ない、帰ったらインターネットで調べてみよう。
そんな事を考えていると、つばめの逸した視線の先に、二人の女性がやって来る。




