第二十八局 メイド達の狂宴 二本場『私怨』
「男の娘……」
「男の娘が、こんな酷い目に……」
って……えっ?
「もし、そこに愛があったのなら、それもプレイの一環として受け入れましょう……」
「しかし、愛もなく、いたぶるだけの行為は、ただの暴力……」
「くっ……男の娘への暴力とは、なんと許し難い蛮行か……」
え、え~と……何を言ってんの、この人たちは?
コンテナの上からオレを見下ろすメイドたちが、怒りに身を震わせながら絞り出した言葉……
ただ、オレにはその言葉の意味が全く理解出来ない……いや、理解する事を、脳が拒否していた。
しかし、その言葉を聞いて、嬉しそうに一歩前へと踏み出すつばめさん。
「その通りですっ! そして、その蛮行を行った愚か者たちに、わたくしたちは罰を与えなければなりません――しかし、間違えてはならないのが、その罰を与えるという行為は、徹頭徹尾わたくしたちの私怨だと言う事。この者たちが、北原家の忍さまを拉致した件とは無関係。あくまでも、男の娘への蛮行に対する私怨から、彼らを罰するのです。いいですね?」
「はいっ!」×5
「よろしい――では、その愚か者たちを蹂躙なさいっ!!」
「はいっ!!」×5
気合の入った返事と共に、一斉に走り出すメイドたち。
その怒りの形相と迫力に、はまるで蜘蛛の子を散らすように逃げ出す男たち。
しかし、西園寺お抱えの格闘メイドさんが五人もいれば、あの馬鹿共を取り逃がす事はないだろう。
とはいえ、せっかく助けに来てくれたの人達に、こんな事を言うのは何だけど――
全然、嬉しくねぇ……
そもそも、私怨だ何だって、何か意味があるのか?
「上流階級の世界というのは、色々と複雑なモノなのですよ、友也さま――」
そんな不思議顔を浮べるオレの疑問を察してか、ニッコリと微笑みながら語り出すつばめさん。
「他家の揉め事に首を突っ込めば、家同士に要らぬ軋轢を生んでしまいます」
「特に北原家は、体面を重んじる武家の家系ですからなぁ、でございます」
「ですから、わたくしたちが動くには、本件とは別に何らかの理由が――何より、北原家が納得するだけの理由が必要なのですよ」
う~ん……相変わらず、金持ちの考えは良く分からん。
まぁしかし、話を要約すると――
「つまりオレは、体よくその大義名分に利用されたってわけですか?」
「いえいえ。ただの大義名分だけでは、わたくし達も彼女達も、ここまで本気になんてなりませんよ」
本気に……ねぇ。
オレが顔を顰めながら視線を前方へと戻すと、そこで繰り広げられていたのは、阿鼻叫喚の地獄絵図が再び……
ある者は、竹刀で滅多打ちにされ。またある者は、ボコボコに殴り倒され。またある者は、多彩なキックで蹴り飛ばされ。またある者は、硬いコンクリートの床へと投げ飛ばされ。そしてある者は、関節を非ぬ方向へと捻じ曲げられていた。
一方的に相手を蹂躙するメイドたち。
その形相は、触れてはイケないモノ……まさに、彼女たちの逆鱗へ触れてしまったかのようである。
確かに大義名分だけではないようだけど……
「はぁ……ところで、つばめさん?」
オレはげんなりとため息をつきながら、隣にいるつばめさんへと声を掛けた。
「なんでしょうか? 友也さま」
「もしかして、西園寺家のメイドさんって……みんな腐ってんの?」
「まさか。腐っているのは、ほんの八割程度ですわ」
それだけ腐っていれば、充分『みんな』だ。
「まあ、家のメイドが一人でも腐り始めると、他のメイドもみんな腐ってしまうと言いますからなぁ、でございます」
「コレをわたくし達は、『腐ったメイドの方程式』と呼んでおります」
何それ? 最近のメイドさんは、みかんか何かなの?
「とはいえ、あとは西園寺家の若いのに任せておいて、問題ないでしょう」
「まあ、やり過ぎてしまわないかダケが心配ですが、でございます」
「まっ、その時は戸籍ごと抹消して、存在ごと消えてもらいましょう」
怖っ!? 上流階級、怖っ!!
とはいえ――
オレは軽く後ろを振り返り、横目にお嬢様たちの様子をうかがった。
なにやら楽しげに話すお嬢様たち。その中で、北原さんも微かにだけど笑顔を見せている。
彼女には言いたい事、そして謝らなくてはイケない事がたくさんあるけど――今、あの笑顔に水を差すのは野暮ってものだろう。
でも、北原さんが――そして何より、みんなが無傷で解決出来て、ホント良かった。
そう思った瞬間だった。突然全身の力が急激に抜けていき、目の前が真っ暗になっていく。
「ちょっ!? み、南先生っ!? でございますっ!!」
「友也さまっ!?」
まるで、ぶ厚い壁越しに聞こえくる様な、撥麗さんとつばめさんのこもった声……
ヤバ……この感覚、姉さんにチョークスリーパーをかけられて、落とされる直前の感覚にソックリだ……
「友也さんっ!?」
「お、お兄ちゃんっ!?」
「ちょっ! せ、先生っ!!」
続いて、コチラに向かって駆け寄る、お嬢様たちの声……
ただ、その声も遠近感が疎らで、どの方向から聞こえて来ているのかも定かではない。
何より、身体の感覚もなくなってきて、今自分がどんな体勢なのかもハッキリしなくなってきた。
「お兄ちゃん、しっかりしてっ!! わたし、お兄ちゃんのツイ垢削除したり、パソコンのHDを破壊するのなんてヤダからねっ!!」
それは困る……
オレにもしもの事があった時には、HDを完全に破壊してくれ。そして、ツイ垢は裏垢もあるから、そちらも忘れずに頼む……
ただまぁ、今回は心配しなくても大丈夫だよ、真琴ちゃん……多分、気絶するだけだから……
「つばめっ! 急いで医者と車の手配をっ!」
「かしこまりました、お嬢様っ!」
医者? 医者はやだなぁ……
万が一、姉さんの隣のベッドに運ばれて、今回の体たらくがバレたら、なんて言われることか……
そう言えば、こういった怪我に詳しい人がいたなぁ……
正直、あの人には、あまり頼りたくないけど……今回は仕方ない……
「い、医者はいい……そ、れより、も……二丁目に……ある、白百合のき………………」
オレは、最後まで言葉を発せたのだろうか……?
それは分からないし、確かめる手段もない。
なぜならオレの意識は、そこで完全にブラックアウトしてしまったのだから……




