第二十六局 決戦 一本場『好色一代男』
異種格闘技試合――
先生の前で木刀を構えるあの男は、そう口にした。
しかし、空手と剣道で試合になるのだろうか……? いや、そもそも、コレが試合とよべるのだろうか?
お互いに防具は身に着けておらず、先生に至っては、相手が竹刀ではなく木刀を持っているのだ。
あんなもので殴られては、人体の骨くらい簡単に折れてしまうし、当たりどころが悪ければ命にも関わってくる。
こんなモノは、とても試合とは呼べない――いえ、試合などと認めるワケにはいかない。
しかし……
「ねえ、つばめ……」
「なんでしょうか、お嬢様?」
「この勝負……止められないのよね?」
「はい、お嬢様――なにより友也さま自身が、止められる事を望んでおりません」
「そう……」
きっぱりと、そう断言するつばめ。
これ以上の問答は不要とばかりに言い切るつばめのその姿に、わたしはそれ以上、口を開く事が出来なかった。
「ところで撥麗。先程、あの男達が口にしていた『剣道三倍段』と言うのはどういう意味ですの?」
そういえばさっき、桐ヶ谷と呼ばれた男が、確かそんな事を言っていた。
剣道三倍段――コレも始めて聞く言葉だ。
「それはですな、葵さま。長物を持つ剣道に対して、無手の空手や柔道が挑むには、段位にして三倍の力量差が必要という意味だ、でございます」
「だ、段位にして三倍ですってーっ!?」
「はい。詳しくは、空手○カ一代を読むといい、でございます」
さ、三倍……そんなに必要なの?
確か先生の空手の段位は二段だったはずだから、相手が初段だったとしても足りないではないか。
ましてや、あの男達の言う事が本当なら、相手は剣道四段……
もし、空手で挑むなら、十二段も必要なの?
「まあ、実際には、そんな単純なモノではありませんし、今の剣字さんに全盛期ほどの力が出せるとは思えませんけどね。しかし――真琴さまだけでは飽き足らず、ウチのお嬢様まで誑かした空手バ○一代ならぬ好色一代男さまには、スカッと勝って頂いきたいものです。そうすれば、わたし達も清々しい気持ちで、集まっている小僧共の大掃除に取り掛かかれるというものです」
ちょ、まっ! つ、つばめっ!? 誑かすとか、なに言ってますの、この子はっ!? 誰も誑かされてなんかいませんっ、訂正なさいっ!!
――と、言ってやりたかったけど、上手く声を発する事が出来ず、口をパクパクさせながら赤面するわたし……
「つばめさん、訂正してください――」
そんなわたしに代わって、つばめに向かい睨むような視線をぶつけながら、静かな口調で訂正を求める真琴さん。
いいですわ、真琴さん。主人のわたしが許可しますから、ビシッと言っておやりなさいっ!
「お兄ちゃんがホントに好色一代男なら、わたしも響華さまも苦労はしませんよ! お兄ちゃんの鈍感さは、ハーレムラノベの草食系主人公並なんですっ!! わたしや響華さまが、壊れるほど愛しても1/30も伝わらないんですからっ!!」
ちょーーっ!? 訂正って、そっち!?
とゆうか、あなたまで、あっ、あああい、あっ、あ愛だとか、なっなななに言ってますのっ!?
「なんとっ!? そこまで、純情な感情が空回っている状態だったとは……大変失礼致しました。謹んで訂正させて頂きます」
「うむ! 分かれば結構!」
スカートを摘んで頭を下げるつばめに、満足そうな得意顔で胸を張る真琴さん。
こうゆうのを、確か『ドヤ顔』と言うのだったかしら……?
「とゆうか、死神少年と怪盗少年のコスプレでデートの尾行とか、愛し方がズレているだけなのでは? でございます(ぼそっ)」
「何か言いましたか?(ギロッ)」
「いえ、単なる独り言だ、でございます」
いや……確かにアレは、わたしも方向性が間違っていたと思――
「!?」
撥麗さんと真琴さんのやり取りに、思わず苦笑いを浮かべかけた時だった。
盛り上がっていた観衆の歓声が、更にヒートアップする。
なに? なにが起こったの……?
わたしは状況は確認すべく、慌てて視線を先生達の方へと戻した。
先程までと同様、お互い向かい合って構える二人。
しかし、違う点がひとつ……
「上段の構えとは……剣字さん、本気ですね……」
そう、つばめの呟き通り、相手の男が木刀を振り上げて、上段に構え直したのだ。
ふと、その綺麗で無駄のない構えが、先生と試合した時の北原さんが構えた上段の構えと重なった。
あの試合の後に真琴さんから聞いた話では、上段の構えは火の位とも呼ばれ、一撃必殺にしてニノ太刀不要の構えなのだそうだ。
しかし、逆に胴の防御を捨てた上、放った後は隙も大きい背水の剣でもあるらしい。
いくらブランクが長いとはいえ、かつては北原流で師範を務めていた人が、そんな上段の構えを出してきた……
「南先生……」
わたしは、胸が押し潰されそうになるのを堪えるように、ギュッと手のひらを握り締めた。




