第二十五局 ゲーム開始 三本場『異種格闘技試合』
「くくくっ……どうした雨宮ちゃん? 残るはお前一人だぞ。早く掛かって来いや」
「ちっ……」
このくだらないゲームも、すでに終盤。
残りは、五人の中で一応リーダー格っぽい、前歯六本が差し歯の男。
そしてこの状況に、集まったギャラリー達のテンションも、ドンドンと落ち始めていた。
まっ、当然か……
ココに集まった連中は、無様にヤラれたオレが、泣きながら詫びを入れる姿を見に来たワケだし。
「どうした? 前歯の借りを返すんじゃねぇのか? 雨宮ちゃんよ?」
不敵に笑いながら、雨宮に対して手招きをするオレ。
……と、余裕ぶってはいるけど、オレの方も実はかなりキツイ。正直、立っているのも辛いくらいだ。
こんな一方的に殴られたのは、大学空手部の新歓スパーリング以来だろう。
しかも、その空手に至っては、何年も実戦から離れていたというブランクもある。ちょっとでも気を抜いたら、すぐにでも気絶てしまいそうだ。
しかし、そんなオレの挑発を受けても、苦々しく顔を顰めて中々前に出ようとしない差し歯野郎。
まあ、気持ちは分からなくもない。
あれだけ粋がっておきながら――ましてや、あれだけ有利な条件を出しておきながら、オレを倒せなければ、百人のギャラリーを前に赤っ恥を晒す事になるわけだし。
あくまで虚勢ではあるけど、まだまだ余裕という表情を見せるオレと、すっかり腰の引けた雨宮。
そして、そんな弱腰の雨宮へ、徐々にギャラリー達からのヤジも飛び始めている。
ココに来て、形勢は完全に逆転したように見えた。
しかし……
雨宮に対するヤジが、どんどんと大きくなって行く中、その全ての声をかき消すような、『バキッ!!』という轟音が廃工場に鳴り響いた。
突然の轟音に、この場にいる全員の目が、その発信源の方へと向けられる。
「おい、雨宮――」
そう、そこにあったのは破壊された木製のコンテナと、そのコンテナへ向け、手にした木刀を振り下ろしているやさぐれたオッサン。
「こんな茶番にいつまでも付き合ってられる程ヒマじゃねぇんだ。オレがとっとと終わらせるから、代われや、雨宮」
「け、剣字さんっ!!」
オッサンが、腰をおろしていたコンテナから立ち上がると、それを歓喜の声で迎え入れる雨宮――
いや、雨宮だけじゃない。真打ちの登場に、さっきまでヤジを飛ばしていたギャラリー達からも、一気に歓声があがった。
「へっ、親ビン自ら登場か? ダメな子分を持つと、大変やねぇ~」
「…………」
まっ、実際は雨宮達が雇い主で、オッサンが雇われ用心棒らしいけど。
その、しがない雇われ用心棒さまは、オレの挑発を総スルーして、気だるげな表情のままゆっくりと歩き出した。
「おい、松本、桜井、桐ヶ谷、下がって女、見張ってろ」
「おっ!? おめでとう。この終盤になって、ようやく名前が出たな、モブキャラ軍団」
「誰がモブキャラ軍団だっ、コラッ!!」
「お前らに決まってんだろ? しっかし……雨宮ちゃんに、松本くん、桜井くん、そして桐ヶ谷くんねぇ~。そうすっと、カルシュウム不足のデブ公はさしずめ坊主くんか? それとも禿山くんか?」
「月山だよっ!! ってか、誰がハゲだっ、コラッ!?」
「いや、だからぁ、お前の事に決まって――って、ちょっと待て、オッサンッ!?」
全身の痛みを堪え、それを隠すように軽口が叩いて虚勢を張っていたオレは、慌ててオッサンの方へと向き直った。
「いくらなんでも、木刀は反則だろう!? 木刀はっ!!」
そう、オレの前まで進み出たオッサンは、事もあろうに手にしていた木刀を両手で持ち、正眼に構えたのだ。
今はどうか知らんが、元は仮にも北原流の剣道家。
竹刀ならともかく、そんなモノを持ち出されたら骨の一本二本で済めば安いモノ。下手すりゃ、命の危険すらある。
いくら緑先生の弟君とはいえ、それは看過できねぇぞっ!
しかし、オレの抗議を受けてもオッサンは、構えを解く事はなく、歪んだ笑みを口元へと浮かべた。
「別に無抵抗で受ける必要はねぇし、反撃してもかまわねぇぞ」
「なに……?」
オッサンの意図が理解出来ず、オレは訝しげに眉を顰める。
「お前……空手やってるんだってな?」
「それがどうした?」
「簡単な話だ――二十発殴らせろだなんて面倒な事は言わねぇ。剣道と空手の異種格闘技試合、一本勝負だ。オレに勝ったら、女は返してやるよ」
オッサンの宣言に湧き上がるギャラリー。
てか、剣道と空手の一本勝負……だと?
「ははははは~っ! そりゃいいやっ! 万が一にでも剣字さんに勝てたら、この女は喜んで返してやるよっ!」
「なんなら、テメェの奴隷にもなってやってもいいぞっ!」
「てゆーかお前、剣道三倍段って言葉知ってるか?」
「剣字さんはなっ、剣道四段だぞ」
可愛い美少女奴隷ならともかく、テメェらみてぇな品性の欠片もない野郎の奴隷なんているかっ! ついでに、剣道三倍段も知ってるよ!!
しかし……さて、どうするか?
正直、オレの身体も限界に近い。短期決戦は、歓迎したいところではある。
だだ、この勝負方法だと負ける要素も大きい。
いくら限界に近くても、素手の拳ならあと二十発くらいなら、なんとか耐えられるだろう。
しかし、木刀の一撃だとそうはいかない。上手くガードしても、ガードの上から腕をへし折られるという可能性があるからだ。
何より、この勝負で全てが終わりなのではない。コイツらが、約束なんて律儀に守るとは思えんし、それを踏まえた上で、無事に北原さんを助け出すというのが大前提。途中でリタイヤする訳にはいかない。
そう、遠足は家に帰るまでが遠足なのだ。
そう考えると、この勝負はリスクが――
「南先生っ! 何を迷ってやがるっ!? でございますっ!!」
方針を決めかねているオレの背中に、撥麗さんの声が飛ぶ。
首を捻り、後ろへと振り返ると、今度は撥麗の隣に立つつばめさんが、ニッコリと微笑みながら口を開いた。
「友也さま――先程、わたくしが掛けた言葉を、お忘れですか?」
つばめさんが、オレに掛けた言葉……?
つばめさんが、オレに向かって最後に掛けた言葉といえば――
『後の事はご心配なく。友也さまは心置きなく、ご自身の我を通して下さいませ』
後の事はご心配なく……か。
「それとも――西園寺家、白鳥家双方の時期当主に仕えるわたくし達が信用できませんか?」
いえいえいえいえっ! 滅相もありませんっ!!
ニッコリと笑顔を見せるつばめさん。その微笑みを向けられ、背中にスーっと冷たい汗が流れた。
そんないい笑顔で、殺気を出すのは止めて欲しい……
とはいえ、あの二人が任せろと言うのであれば、後を託してもまず間違いはないだろう。
撥麗さんの方は、若干抜けてる所もあるけど、つばめさんの方は、Dr.大門○知子バリに失敗はしなさそうだ。
むしろ、早々にバトンを渡した方が、事態の収束は早そうな気もするな。
ならば――
「OKだ、オッサン。その勝負、受けた!」
オレは、正面に立つオッサンに向かい左手を軽く突き出し、右手を腰の位置に引いて構えた。
「ふっ、身の程知らずが……」
オレの構えに対して、不敵な笑みを浮かべるオッサン。
そして、相対する双方が構えを取った事により、ギャラリー達のボルテージも一気に上がって行く。
さて……
はたして『身の程知らず』なのは、オレかオッサンか……




