第二十四局 挫折 四本場『お金で解決してはいけないモノ』
「そう、ゲームだ――ココに集まってんのが約百人。こんだけの人数でテメェをフクロにしたら、すぐに終わっちまってツマんねぇだろ? だからその百人分を、オレ達五人が代表してテメェをブン殴る」
「順番に一人二十発。計百発だ。もし、百発殴られてもテメェが立ってられたら、女には何もしねぇで返してやるよ」
「だがっ、もし途中で泣き入れたり気ぃ失ったら、残った分だけこの女が輪姦されるって事だ」
男達の提案したゲームとやらの内容……
その、あまりに一方的なルールに、異議を唱えようと口を開きかけたとき――
「ちょっと待ちなさいっ! そんな、野蛮で一方的なルールがありますかっ!?」
「そうですっ! それに、そちらが約束を守る保証もないのに、そんな条件が飲める訳ありませんわっ!」
「そうだ~っ! とても約束なんて守る様な顔に見えないぞ、この悪党ヅラッ!!」
と、オレよりも先にお嬢様達が口を開いた。
まあしかし、当然の如く向こうも黙っている訳がない。響華さん達の言葉に、差し歯男の後ろに並ぶ男達が即座に反応し、怒声を上げる。
「じゃかましぃーっ!!」
「テメェらはコイツがノされた後、この女が輪姦されるとこを、黙って見学してりゃあいいんだよっ!」
「何なら、オメェらも一緒に輪姦してやんぞ、コラッ!!」
男達の口汚い言葉に憤り、更なる反論を口にしようとお嬢様達。
しかし、リーダー格の差し歯男が次に発したセリフで、その動きが止まった。
「まあ、どうしてもって言うなら、金で許してやってもいいけどな――ココにいる全員にキャッシュで一人百万ずつ、計一億でどうだ?」
下卑た笑みを浮かべる差し歯男。
一人百万で合計一億とは、随分との大きく出たなぁ、おいっ。
一億の現金なんて、オレも含めココにいる社会的ヒエラルキー最下層の人間にとっては、見た事もない金額であろう。
だか、世界的セレブのお嬢様にとっては――
「つばめ、今すぐキャッシュで一億円用意しなさい」
「撥麗、コチラでもすぐに用意しなさい。あの下衆な男達が提示した倍の金額で、そのニヤけた横っ面を引っ叩いて差し上げますわ」
二人合わせて、合計二億……
オレの生涯賃金に匹敵しそうな額を、サラリと用意しようとする二人。
ホント羨ましい限りだ。
しかし、その二人の命を受けたメイドさんは、そっと目を閉じて、静かに首を横に振った。
「ちょっ、つばめっ! わたしの言う事が聞けないのですかっ!?」
「撥麗っ、あなたもですっ! 早くなさいっ!」
声を荒げる主人に対して、二人のメイドさんはゆっくりと顔を上げて、主を見据える様に口を開く。
「お嬢様……世の中には、お金で解決出来るモノと出来ないモノ。それと――」
「お金で解決してはいけないモノ、というのがありやがる、でございます」
目を丸くして言葉を詰まらせるお嬢様達とは対象的に、オレは二人の言葉に笑みを浮かべた。
「二人の言う通りだよ、響華さんに白鳥さん。そして、コレは金で解決しちゃいけないケースだ」
「し、しかし先生……」
「わざわざ痛い思いなどをせずとも、お金で解決出来るなら……」
オレは何か言いたげな響華さん達の言葉を、片手を上げ制する。
「それにほら。真琴ちゃんだって、それが分かっているから何も言わないじゃん」
お金の話なった途端、無言のまま睨む様な目付きで男達を見据える真琴ちゃん。
ん? いや、無言じゃないな。よく聞くと何やらブツブツと呟いているし――
「よし、金髪鼻ピーの顔は覚えた……その隣りの特攻服の男の顔も……よし、覚えた。ふっふっふっふっふ……ココにいるヤツ全員の顔覚えて、どんな手を使ってでも社会的に抹殺してやるわ。手始めに、まずはお前だスタジャン。お前には痴漢の冤罪を着せてから、ネットに写真と実名を付けて拡散してやる。インスッターフォロア、2万人超えの真琴様を舐めるなよ――って、何か言った? お兄ちゃん♪」
悪魔の如き氷の微笑から、一瞬にして天使の微笑みに変化する真琴ちゃん。
怖っ!! 怖いよ真琴ちゃん。
そしてお兄ちゃん、キミの将来がとても心配だよ……
てか、インスッターフォロア2万超えとか、何気にスゲーな、おい。
真琴ちゃんのエンジェルスマイルから逃げるように、オレは頬を引きつらせながら男達の方へと向き直った。
「おい、差し歯っ! 概ねは、さっきルールでいい……ただ、オレの事は泣きを入れようが気絶しようが、そのまま殴り続けてかまわねぇから、その娘は先に解放しろっ!」
「誰が差し歯だっ、コラッ!? っんなの、ダメに決まってんだろ!」
「ゲームには、景品がねぇとつまんねぇだろうが?」
「だいたい、気絶した人間殴って何が楽しいんだよ、バカがっ!」
チッ……
正直、ゲームだなんだ言ったところで、あのバカ共が約束を守るとは、到底思えない。
なんとか北原さんを先に助けたかったけど……
「オラ、友也っ! ギャラリーが待ちくたびれてんだ。とっとと前に出ろや」
くっ……
この状況じゃ、ゴネたところで事態が好転するとはないだろう。とりあえず、ここは奴らの言う事に従うしか――
「少々お待ち下さい――」
腹を決めて、前に出ようと一歩踏み出した時だった。
丁寧なちょっと待ったコールと共に、ゴシックのメイド服がオレを追い越す様に前へと出る。
「そのゲームとやらを始める前に、知人へご挨拶を済ませておきたいのですが、よろしいでしょうか?」
その丁寧語なちょっと待ったコールを発したのは、西園寺家次期当主の専属メイドのつばめさん。
とてもこんな最下層のバカ共に、知人どころか接点すらあるようには見えないけど……
オレだけでなく、正面に居並ぶ男達ですら訝しげな視線を向ける中、つばめさんは優雅にスカートを摘んで頭を下げた。
「お久しぶりですね、剣字さん。あまりに見る影もないほど落ちぶれたお姿に、貴方だと認知するまで少々時間を浪してしまいました。わたくしの洞察力もまだまだですねぇ。申し訳ありません」
挑発的な笑みで、つばめさんが慇懃無礼な言葉を向けたのは、パイプ椅子に座る北原さんのすぐ後ろ――
安物のウィスキーの瓶を片手にもち、事の成り行きになど興味なさそうに、木製のコンテナの上へ横向きに座る中年の男。
「ふん……つばめか……」
年の頃は三十半ばと言ったところだろうか?
痩けた頬に無精髭生やす、やさぐれた感じの男は、つばめさんの言葉に視線だけをコチラに向け、興味なさ気に呟いた。
つばめさんは、あのオッサンを知人と言っていたけど……
接点などなさそうなこの二人に、どんな関係があるのだろうか?
 




