プロローグ
ある所に、とても仲が良くそっくりな双子の姉弟がいました。ホントにそっくりな双子姉弟――
豪快で気が強くケンカも強いが、面倒見が良く優しい姉。そして、そんな姉をずっと後ろから見ていた弟。
いつも姉に守られているのが悔しくて、逆に姉を守れるようになりたくて、小学生から空手を始めた弟……
しかし、それを見ていた姉も面白そうだからと言う理由で空手を始めると、あっと言う間に弟を追い抜き、全国大会で優勝するまでになってしまった。
何をやっても人並み以上にこなしてしまう姉は、弟に取って自慢の姉であり、憧れであり、目標でもあった。
それは大学の卒業を目前に控えた今でも変わらない。
でも……
「姉さん……」
オレは呟きながら、白一色に塗られた扉を開き部屋を出た。
静かな白い廊下。窓からは、早春の若葉が芽吹き始めた木々が顔を覗かせ、消毒用のアルコールの匂いが微かに鼻をつく。
ここは大学病院にある入院病棟の一角。そして、今オレが出て来た扉には、入院患者名『南友子』と記されている。
オレ『南友也』の姉の名前だ。
病室を出たオレは多分、かなり沈痛な面持ちをしているだろう。
オレは力なく扉にもたれ掛かり、天を仰ぐように染み一つない天井を見上げた。
姉さんがここに運び込まれたのは、今日の昼前――大学の卒業を控え、友人達と卒業旅行にスキーへ出掛けていた姉さん。
そして、この時期にまだ就職の決まっていなかったオレは、当然のごとく家でお留守番。
今期の就職を半ば諦めつつも、見るもなしに就活雑誌を眺めている時に鳴った一本の電話……
電話の主は姉さんの友達で、一緒にスキーに行っていたチィさんこと河井千歳さん。
何度か面識があったけど、落ち着いた大人の女性というイメージであった。そのチィさんの、珍しく慌てた様子に若干驚きつつ、告げられた内容に更に驚愕した。
『トモちゃんが大きな雪崩に巻き込まれて、病院に運び込まれたのっ!!』
その言葉にオレの顔は一気に青ざめ、目の前が真っ暗になった。
ね、姉さんが雪崩に……?
膝の力が抜け、崩れ落ちそうになる。
それでもオレの名を呼ぶチィさんの声に、何とか正気を取り戻すオレ。
その後、病院の住所と連絡先を聞いたオレは、取る物も取り敢えずバイクに乗り、東北道を一路北へと走らせた。
そして、病室で対面した姉さんは――
「くっ!」
オレは天井を見上げたまま、拳を強く握り締める。
「どうかしましたか? 具合でも悪いの?」
その姿がどのように見えたのだろうか? 通り掛かった看護師さんが、心配そうに声を掛けてきた。
結構若い、女性の看護師さんだ。歳は学生のオレより少し上くらいだろう。
「いえ……大丈夫です」
力ない作り笑顔でそう告げて、ゆっくりと出口に向かい歩き出した。
ここに居てもしょうがない……
そう思いながらも、数歩だけ歩いた所で立ち止まり、オレは心配そうにこちらを伺っていた看護婦さんへと振り向いた。
「あの~、参考までにですけど……オレの見かけってどう思います?」
突然、訳の分からない事を聞いてしまったオレ。
その看護師さんにも質問の意図が理解出来なかった様で、キョトンという顔をされてしまった。
「ど、どうって……?」
「いや、見た目というか、第一印象とゆうか……」
ホントに何を言ってるんだ、オレは? しかも初対面の人に……
しかし、そこはさすが白衣の天使。オレの意味不明な質問も聞き流す事なく、オレの顔を覗き込んで真面目顔で考え始めた。
そしてニッコリ笑って出て来た言葉は――
「ん~~。可愛い系の男の子……って、感じかな?」
グサッ!!
か、可愛い? 男の子ぉ!?
これでも一応は、成人男子なんですけど……てゆうか、たいして歳は変わらないのに男の子って……
「ハ、ハハ……ハハハ…………そ、そうですか……失礼しました」
軽く頭を下げると、さっきよりも更に力なく、ガックリと肩を落として歩き出すオレ。
『アハハハハーッ!』
そして、まるで今のやり取りを見ていたようなタイミングで、病室からドア越しに豪快な笑い声が聞こえて来た。
もしかしたら勘違いしている人が居るかも知れないので言っておくと、姉さんは右足の骨折と靭帯を断裂したものの、他には目立った怪我もなく、すこぶる元気である。さっきの笑い声も、オレが地下売店で買って差し入れたマンガを見て笑っていたのであろう。
じゃあオレは、何んであんなに落ち込んでいたのか?
それは――