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タブンカキョウセイとは。

 エッセイ(駄文を)1度、ここで終了し。新たに、「山居中次のコタツ記事」として始めようと思う。


 Xで流れてくる記事の感想をメインに書いていく。


 タブンカキョウセイとは?


 クルド人問題をはじめとして、今後、日本に流入して来るムスリム(イスラム教徒)に対する世論の反応として、多文化共生が、他文化強制になっていないか?というのがある。


 余談であるが、石井隆明氏、庶民と言う名前でYouTube活動をしている山崎氏。この、クルド人問題を扱う両名によれば、クルド人はムスリムではない。彼等が元々住むべきトルコがムスリム国家であるから、勘違いされているとのことだ。ただ、ムスリム文化圏特有の男尊女卑の価値観は、共有している。その面で、日本人女性への暴力等でトラブルが耐えないらしい。


 多文化共生が他文化強制になっていないか?


 ムスリムであるにしろ、ないにしろ、文化の違いを理由に、日本は外国人に強く言えない節がある。元々、自分より、他人を気遣う文化であり、それが日本人の優しさであるが、その優しさ故に、自分の意見を飲み込身動き出来ない状態に陥りやすい傾向がある様に思う。


 そんな、傾向に陥り、市民の声が通りにくくなっているのが、タブンカキョウセイ問題だと思う。


 人に譲り、人を立てる。それは、お互い様が暗黙の了解で成り立つ場合である。受けた恩はいつか返す。それが、日本人のマインドだが、海外ではどうかは知らない。


 よく聞く話では、誰かの世話にったとしても、必ず返す人間は日本人に比べると少ないらしいと言う話。


 他人重視の日本とは違い、個人の自由主義が多い国では世話を焼くのは、世話好きの自由意志。つまり、好きでやってるのだから、好きにさせればいい。つまり、恩を返す必要はない。返すのであれば、チップ。(現金、小銭)をあげればいい。と言う感覚の違いがある。その為か、日本のおもてなしが、「日本人は損得なしに人の世話を焼くのが好きな民族だ」と言う認識としてとらえられ、その結果、ゴリ押しすれば、言う事を聞く。何でもやってくれると、なめられる要因ではないか?と言われている。


 文化交流は素晴らし事だが、表向きの華やかな部分だけでなく、価値観の違いを見極め、市民、世論の理解と同意が無ければ、共生は強制になってしまう。


 また、多文化と言いながら、実質日本に流入して来る文化圏の偏りにも気になる。確かに観光等でアメリカや欧州からも人は来るが、労働者として迎え入れようとしている人は、東南アジアや中東文化圏が多い印象がある。その文化圏を蔑む気はないが、貧しく、かつ、人の多い所から誘致しているように見えてくる。


 経済的な利権の話も上がってくるが、それはひとまず置いといて、やはり気になるのは誘致する文化圏の偏りである。


 アメリカの様に、様々な文化圏が混在しパワーバランス(それぞれの文化圏の人数比率)が取れていれば、多文化共生と言えるだろ。(アメリカのそれも、もはや州事に決めごとが違うため、1つの国と言えるのか怪しいが)


 だが、文化圏の偏りが起き、パワーバランス(人数比率)か崩れれば、国は変わってしまう。人数比率の多い方が必然的に発言力を持ち、文化、法律は書き換えられてしまう懸念があるのだ。


 これが、他文化強制と言われる所以である。


 ただ、外国人が居れば多文化共生ではない。


 価値観の違い、文化の違い。人数比率で生じるバランスを考慮し、市民、国民、世論の理解と同意を持って初めて、他文化強制ではなく、多文化共生が実現するのだと思う。



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