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馬鹿じゃ無いのか?

 フキハラと言う言葉を知ってるだろうか?


 不機嫌ハラスメント。


 不機嫌な態度が、周りに不安感を与えてそれがハラスメントになる。と、言うものらしい。


 馬鹿じゃないのか?


 思わず僕は叫んだ。


 会社の教育資料を見て叫んだ。


 まあ、解らなくもない。独裁的な上司の顔色ばかりをを気にする職場はそれだけで意見の多様性を失い一つの思想しか通らなくなる。それが間違った方向に行っても誰も止められない。それを抑止する為の決めごとなのかもしれないが、意見の強い人が居ることで組織が纏まる側面もあるそう考えると、安易に不機嫌ハラスメントなんてものを叫ぶのは如何なものかと思う。


 そもそも、人間には感情がありいつもニコニコとしてはいられない。不機嫌な時もある。ましてや、たまたま表情が固く不機嫌に見られやすい人は自覚なく不機嫌と捉えられて仕舞うこともある。


 そんな事でハラスメントなんて言われたらたまらない。


 ハラスメントが年々多すぎる。


 昔はセクハラしか無かった。


 それからパワハラから始まり、スメハラ(スメル匂いハラスメント)ノミハラ。(飲み会ハラスメント?飲み会参加を持ちかける)など多種多様に増えてきた。そのうち、存在すらハラスメントになる時代が来るのではと不安になる。


 確かに相手に不快な思いをさせては行けないが、それを規制する事が正義かと考えれば疑問が出てくる。


 ハラスメントを1つも起こさない。


 それはも最早人間じゃない。


 個人の都合のいロボットだ。


 ハラスメントの乱立には多様性と個人主義が強く関わってきていると思う。多様性は否定しないし、個人の尊重はあるべきだが、矢張り、社会性とは人との関わりで譲り合い、ある程度の我慢と妥協だと思う。


 極論を言えば意味解らず不機嫌な奴は相手にしなければいい。


 それだけだ。


 正直バカバカしい。


 多様性、個人主義、人権は確かに守られるべき人類の財産だが、それは、わがままや、勝手を押し通す為の物ではない。


 人権、多様性を免罪符に都合の悪い事を排除していては、そこから漏れてしまった人達の居場所がなくなる。


 これは可愛く言えばいじめだし、強く言えば人権侵害だ。


 昨日記したクルド問題でも同じ事を僕は書いた。


 権利の主張はしても良いが、権利を振りかざし、不都合をなぎ払うのは確実な暴力だと思う。


 僕らは人権と言う武器を持っている。その武器が自分や大切な人を守るために使われているのか?それとも、誰かの人権を破壊するために使われているのかを今一度冷静に考え無いと行けないのかも知れない。



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