号泣
少し、昔の話しをしようと思う。
号泣議員を覚えているだろうか?
あの、政治資金を不正に使い込んだかなんかして、挙げ句の果てには、会見で号泣し、意味不明な事をほざきまくったあの男である。
世論は、さんざんぱら、彼を叩き、ネット上の暇人どもは、これでもかと、彼を笑い者にした。あの、某テレビ局の美人看板アナもその男の姿に爆笑していた。
実にムナクソがわるい。
あの男に対してじゃなくて、あの男を指さして笑う、この風潮に対して、イラつく。
大の男が大泣きし、意味不明な事を言ってまともに責任の取れない姿は確かにみっともない。しかし、もしも、あなたが、あの様に、何かしらのミスを犯し、あの様に大勢の前で謝罪しなくてはならなくなったとして、なんの心の動揺もなく、可もなく不可もない答えを淡々とパーフェクトに吐き出す事ができようか?
罪を犯した人間をかばう訳では無いが、少しでも、何か間違いを犯した人間を寄ってたかって好き放題叩き、笑うのは、どう見ても、社会規模のイジメに見えて仕方が無い。
あの男にだって、家族や、友達が居るはずである。そんな人達からすれば、自分の愛する人が世の中から、必要以上に叩かれるのは、やりきれない思いだとおもう。
人は、間違いを必ず起こす。
けれど、それを、指摘するのは良しとしても、必要以上に叩いたり、笑うのは、悪意以外の何物でもないと、僕はおもう。
99回笑ったら、百回めには、許すくらいの余裕を持って、生きたい。
そうしないと、自分以外の他人はみんな馬鹿になってしまうよ。己の馬鹿さを見れないままにね。




